初詣に出ると、見慣れた小さな背中を見つけた。「あれ、沙雨ちゃん。」と声をかけると、振り返って笑う彼女は、やっぱりあたしの想像していた彼女だ。嬉しそうに駆け寄る沙雨ちゃんは本当に可愛くて、これは新年早々いいことがあったな、と思ってしまう。


「沙雨ちゃんも初詣?」聞けば、沙雨ちゃんは「はい、サッカー部面子で。」と少し残念そうな表情で答える。なるほど、そういうことか。
「マネージャーはハブられてるのか。」
やっぱり、マネージャーはサッカーをやる皆とはどうしても一緒になれないものだ。いくら応援したって、あたしには彼らの傷だとか苦労だとか、欲しくても一緒に感じたくても、共有できない。あたしにもサッカーが出来たなら良かったなあ、と張り切って着物に合わせた下駄を履いた足を見た。大してボールを蹴れそうにない足だ。

「女の子連れまわすのはーってことらしいですけど、ひどいですよね。」
俺も女の子なのにー、と笑う沙雨ちゃんの後ろに、まだかと待ちくたびれている男を見つけた。鬼道だ。鬼道はあたしに沙雨ちゃんをとられて心なしか不機嫌な表情を浮かべている。
声をかけると、鬼道に気付いていなかった沙雨ちゃんは「ゆ、有人さん!」なんて顔を赤らめながら驚いてみせた。やっぱり、鬼道と一緒にいる時の沙雨ちゃんが一番可愛い気がする。鬼道は贅沢者だなあ。

「今年もよろしく頼む。」鬼道にちょっとした意地悪で「沙雨ちゃんを?」と聞くと「バカを言え。」とやはり、ばつの悪そうな表情を浮かべた。あの鬼道が、だ。多分一番知られたくなかったのは彼自身だろう。

「? お二人は何の話を?」
状況が掴めなさそうに戸惑う沙雨ちゃんに、鬼道は少し焦って「気にするな。」
あの鬼道が、たった一人の女の子にこんなに苦戦するのも、やっぱりどうしてもおかしい。

「沙雨ちゃんは今年もそのまま、ピュアでいてね。」そう言うと彼女は更に疑問の表情を浮かべた。可愛いなあ、と頭を撫でようとすると、「沙雨、行くぞ。」これ以上あたしにボロを見せたくないのか、また沙雨ちゃんとの時間を邪魔されたくないのか、鬼道は彼女の手を引いた。鬼道に沙雨ちゃんをとられて少しむっとしたけれど、焦る沙雨ちゃんが可愛くて、何より手を引く鬼道の耳がすこし赤くて、やっぱり笑ってしまう。この二人にはうまくいってほしいと心から思う。


笑っているあたしに、沙雨ちゃんは最後に、「半田さん、そこにいますよ、美桜さん!」と声をあげた。「え!?」沙雨ちゃんの指す方を見れば、遠くからでも分かってしまった。思わず胸が跳ねるのを感じる。
声をかけるか、かけまいか。そう悩んでいた隙に半田がこちらに気付いた。声をかけるしかない。ぎこちなく「は、半田。」と言えば、彼も「お、う。」とぎこちなく応じて近付いた。

「…マネージャーは呼んでくれなかったん、だね。」

しまった。緊張のあまり思わず不満を言ってしまった。半田はギクリとした表情を浮かべた。
やってしまった。何より新年に半田に会えたことが嬉しかったのに。口をつく言葉は随分可愛くない。
「…い、いや、女子を連れ回したら、危ないだろ。」

思いがけず、半田に女の子扱いをされたことにドキリとしてしまい、何も言えずに彼を見た。半田は少し照れ臭そうに、「着物、いいじゃん。」と笑ってみせる。

あたしだって、皆みたいにサッカーがしたかった。あんな風にボールを蹴って、グラウンドを駆け回って。傷つく皆を見て、いつも自分にもその傷が欲しくてたまらなかった。皆と同じものを感じたかった。
だけど、今だけ半田の隣で、女の子でいられるのが、嬉しくて仕方がない。「は、半田にね、着物 みてほしかった。」勇気を出して言うと、半田も同じ顔で照れ臭そうに笑った。「…ん、似合ってる、とおもう。」
あたしはボールを蹴れそうにない下駄を履いた足を見下ろしながら、サッカーが出来ない分、半田の隣で、鬼道の前での沙雨ちゃんのような可愛い女の子になれればいいのに、と願ってしまった。今年も、いい年になりますように。




inzm/沙雨ちゃん(央たん宅) 美桜 鬼道 半田
沙雨ちゃんお借りしました

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