自分が皆と同じようにサッカーが出来ないのを、心底後悔した。今まで何度もそれは感じたことがあったけども、今日これ程にまで感じたことは ない。目の前で皆がやられていくのを、何もできない自分はただただ見るしか出来なかった。あたしは、今まで授業を受けてきた自分の学校を、ずっと過ごしてきた部室を、大切な仲間を、幼なじみを、そして大好きな人を、守れなかったのだ。

病院のあの独特の消毒液の匂いは、好きじゃない。気持ちがぼうっとして、白いそれのように意識が飛んでいきそうになる。
しっかりしろ、あたし。病室の前に立って、深呼吸をした。震える手で扉に手を当てたら、簡単に開くはずなのに思ったよりも力が要った。


「あ、間宮。」

半田に名前を呼ばれただけで、涙が堰を切ったようにぶわりと零れ落ち始めた。
彼はそんなあたしに驚いて慌てふためく。「ど、どうした?」半田の問いに、あたしは答えられずただただ涙を流すばかりだった。弱い自分に腹が立つ。泣かない、と決めていたのに、ベッドに伏せる彼を見たら、耐えられなかった。ぼろぼろ、と涙は止まることを知らずに零れ落ちる。

「どっか、痛いのか?」
違う、違うと首を振り続ける。
ちがう、痛いのは あたしじゃなくて半田の方だよ。


「ま、間宮?」
「あ たし、エイリアンとか、訳分かんないよ。何でわざわざ、みんなが傷つかなきゃ いけないの。」
皆は強くて、真っ直ぐに立ち向かおうとしている。だけどもあたしは正直、もう嫌だった。どうしてわざわざ辛い方に向かうのだろう。もう、皆が傷つく姿を、見たくない。ああ、どうしてあたしはこんなに弱いのだろう。

「…何で、あたしじゃなくて 半田なの…」
あたしが、傷付けばよかったんだ。アメリカに居た頃一之瀬に教えてもらったのにも関わらず、才能のなかったあたしの足。それなのに、どうしてサッカーの出来る皆が傷付かなくちゃいけなかったのだろう。


「美桜。」
ふいに肩を掴まれた。名前で呼ばれたことにも驚いたけれども、私の肩を抱く彼の腕が、小さく震えていたのにもっと驚いた。

「俺、あいつら相手に何も出来なくて、怪我したのも、すげえ悔しい。」
それでも半田は真っ直ぐに、前を向いている。そう、未来だ。
「守れるくらい、強くなりたい。」

「半田。」耐え切れず彼の名を呟いたあたしはもう涙でぼろぼろだった。
あたしの大好きな人達はもう、前を見据えている。強くなりたい。彼の言葉が、強く胸に響く。あたしも、前を向いてしっかりと歩かなくちゃいけない。立ち向かって行く彼らの、力になりたい。


「…あ、たし、サッカーは出来ないけど、だけどね、あたしに出来ることで、みんなの、力になりたい。」
言ってみたものの不安で、出来るかな、と呟けば半田は優しく、「…うん。」と頷いてくれた。
半田がそう言うと、あたしは何でも出来る気がしてしまうから不思議だ。きっと彼が言ってくれるからあたしは大丈夫だ。あたしの中で奇跡みたいに彼が輝いてその光をたえているから。きっとその感情が、あたしの全てを突き動かしてくれる。
あたしの肩を優しく抱くこの腕を守りたいと、心から思った。あたしの、大好きな人。


「…もう、泣かないよ。」
そう言うと、半田は淋しそうに、笑った。
「…うん、頼むから、俺のいないところで泣かないで。」

半田はそう言ってから、あたしの頬に触れた。あたしは彼が触れたところから一気に熱が込み上げてきたけれども、それと同じくらい、熱い手だった。心臓があまりにも鳴りすぎて、あまりにも熱くて、あたしの頼りないこの身体は、目の前のたった一人の男の子を想って壊れてしまいそうだった。
「はん、だ」緊張で溜め息のような声しか出なかった。喉の奧が、熱い。半田も、同じくらい真っ赤な顔で、言葉を漏らす。
「あの、な。うまく言えないけど、俺。」息をするのも辛い。息をするだけで、"すき"が漏れてしまいそうだ。


「あれ、間宮。来てたの」
ガラリ、と空気を切るように勢い良くドアが開いた。
一気に離れるあたし達。半田は真っ赤な顔をしながら、「マ、マックス!」と声をあげる。マックスは心なしかにやにやとした表情を浮かべていた。

「あ、う、うん!えっと、あの、あっ、あとでまたくるね!」
急に恥ずかしくなってきてしまって、慌てて病室をあとにする。半田に呼ばれた気がしたけれども、耐えられずに駆けて行った。ずっと頬は熱を帯びたままで、半田にまだ、触れられた時から変わらない。「美桜。」瞳を閉じれば、いつまでも彼のその声を聴くことができる気がした。もう彼に会いたくなってしまったあたしは、本当に駄目なやつだ。



*二期はんみお

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