酔い覚ましに店の外に出ると、茅ヶ崎くんが立っていた。姿を見かけないと思っていたら、スマートフォンを片手にしているのでどうせゲームだろう。「どうも、望月さん。」偽物の笑顔に薄っぺらい言葉。私も負けじと返す。「ドーモ、茅ヶ崎くん。」完璧な偽物を演じるのはお互い様だ。

彼と気兼ねなくやり取りするようになったのはいつ頃からだったろうか。社内には彼が王子様ではなく廃人だと知っている人は私一人だし、私が天然ではなく計算高い性悪女だと知るのも彼一人だけだ。
自分を偽らなくて良いのは大変楽ではあるが、ありのままの自分でいるのは、例えるのであれば装備なしで敵に挑むかのようで、不安で仕方なかった。彼の前にいると、いつもそんな心のざわつきがあった。

「茅ヶ崎くんやっぱり人気者ね。」
建前は王子様であるため、この懇親会では彼の隣を狙う女子社員の抗争が繰り広げられていた。
ゲーム画面越しに顔をしかめ、暴言を吐く彼を見たら彼女らはどう思うのだろう。ぼんやりと横顔を眺めていると、相変わらずゲームに夢中な王子様はお見通しとでも言うように、にやりと笑った。

「何、やきもち?」
「まさか。」
「俺は妬いたけどね。」
茅ヶ崎くんは漸くゲーム画面から目を外し、私を真っ直ぐと見た。絡み合う視線に、あ、まずい、と直感的に思う。
目の前の表情はいつもの人形のような完璧なそれではなく、おもちゃを取られた子供のようだ。そんな顔も、するのね。背中がきゅん、と音を発てた。

「望月さん、やっぱりちょっと可愛いかもね。」
「ちょっと?」
冗談交じりに笑うと、今度は意地悪に笑う大人の顔だ。
本当は店に戻らず、少し肌寒い外で二人きりでいることの意味も、分からない程もう子どもではなかった。お互いに気持ちの端っこは見えているが、手を伸ばせずに立ち尽くす。これは所謂、大人の駆け引きってやつだ。

「すごく可愛いって言ったら、どうする?」

ぐらりと視界が揺れたのは酔いのせいか、この男の仕業か。自然と近付く距離に、これ以上私の中に入ってくるなと子供のように泣きついてしまいたかった。大人はこういう時、どうするのだろう。正解を必死に探すが、本当は駆け引きなどなしに目の前のこの男がほしい、と、全身が五感が求めていた。

やばい、掴まれた、そう思った時にはもう遅い。彼の唇は先程まで飲んでいた赤ワインの味がする。茅ヶ崎くんから痺れを切らしたのだから、私は何となく勝負に勝ったような子どものような優越感があった。
大きく息を吸えば私の中は彼でいっぱいになる。もう子どもでもなく、完全にもなりきれる程大人でもない私達は、どこへ向かって行くのだろう。これ以上、どうか。祈るように彼の背中に手を回した。

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