初めて見た時から、目立つ存在だった。多分それは彼女の大人びた容貌とかもあったのかもしれないが、それだけではなかった。まあこれといった理由も分からなかったから、そのまま気付かないフリをしていたのだけれども。
 全校生徒参加の肝試し、だなんてうちの学校も全く馬鹿なことをするものだ。何度目か分からない溜息を吐く。一方ペアになった奴はというと、「ちょっと、斗真。」こいつも不機嫌そうに後ろから名前を呼ぶ。振り向けば、随分後ろの方に榎本はいた。

「少しはゆっくり歩いてくれない?」
「おっせえな。」
 そう言ってからしまった、と思う。「はあー、女の子がそんなにすたすた歩けるわけないでしょ。」案の定愚痴を言われた。これ以上何も言われまいと榎本の方に戻る。確かにこの辺りの道は補装されていなくて石とかも多いから女子には歩きにくいのかもしれない。榎本の方まで戻り、二人でゆっくりと歩き始める。何だ、女子ってこんなに歩幅が小さいのか。ちらりと足に目をやるとひょこひょこと引きずって歩いていた。「榎本、足。」そう言うと、気付かれたくなかったのかどこかばつの悪そうな表情を浮かべる。懐中電灯で足元を照らし見てみると、少し赤く腫れていた。
「お前、これ。」
「ご、ごめん。さっき、くじいちゃって…。」
 急にしおらしくなるから調子が狂う。さわさわと木が夜風に吹かれて音を発てた。「さっさと言えよ。」懐中電灯で照らしながら榎本の足を見る。変にひねったのか、赤い。痛かったのではないか。「迷惑かけたくないし。」こいつは変なところで強がる。
 本当は早く冷やした方が良いのだが、残念ながらアイシングなどそんなものはここにはない。となると、頭を捻り考える。

「と、斗真?」
「…あー、くそ。ほら。」
 後ろ向きでしゃがむ。榎本は何のことだかさっぱりとでもいったように「え?なに?」と聞く。察しろよな。
「あー、だから、おぶってやるって意味だよ。」
 聞くなり榎本の表情が豹変した。ころころ表情が変わるやつだな。「い、いや!」おまけに失礼なやつだ。

「仕、方ねえだろ。それ以上動かすともっと悪くするぞ。」
 榎本はうんうん考えている。もうひと押し、「誰かに見られたら下ろしてやっから。それ、いてえだろ。」とうとう折れたのか、苦い表情を浮かべながら小さく頭を下げた。「…よろしくお願いしマス。」余程不服なのか、嫌そうな表情である。
「ん。」そう言って背中を示せば、榎本はのろのろと背中に乗った。立ち上がり、進もうとすると何だか甘い匂いがする。当たり前だけども、おんぶって距離が近え。調子が狂う。取り繕うかのように、「…行きますか。」言葉にすれば、「う、うん。」後ろから小さく返事が聞こえた。
 歩き始めるも、何を話せば良いのか思いつかない。先程まで何を話していたのだっけか。沈黙が妙に落ち着かない。何より俺がこうして必死に話題を探しているのもおかしい話である。何だか首の後ろがくすぐったい。そんな中口火を切ったのは榎本だった。

「…ごめん、迷惑かけて。」
「べ、つに。」
 妙にしおらしいから調子が狂う。返事は随分と素っ気ないそれだった。慌てて、「仕方ねえから。気にすんな。」と返せば、榎本は背中でくすくすと笑う。だからそれ、くすぐったい。

「ありがと。」
「ん。」
「…ね、斗真は肝試しとか怖いタイプ?」
「い、いや。普通じゃね。」
「わ!!…びっくりした?」
「うっせ。」
「なんだ。」

 初めて会った時の印象は大人っぽい奴だな、というものだった。実際周りからの榎本への印象も同じようなもので、その容姿からも一目置かれる存在だったように思う。だから最初は随分と澄ましているようで、気に食わない、というか話すこともないように思えた。だが、部活とかで関わっていると榎本の印象は大きく変わった気がする。いつも澄ましているのかと思いきや、すぐ怒るし、よく笑う。今も背中ではしゃぐ榎本は大人のそれからはかけ離れていた。
 夏といえど夜はもうすっかり涼しい。辺りは随分と静かで、リーリーと虫の鳴く音のみ聞こえる。「風、きもちいいね。」榎本の髪がそよいで、匂いが鼻を掠めた。
 何というか、こいつも、普通の女の子だ。


「…彩姫?」

 声のする方を見ると、懐中電灯を片手にした向井が立っていた。見回りなのだろう。それを見るなり、榎本は声をあげ、背中でじたばたと動く。「か、かか、かずくん!」
 そういえば、こいつは向井のことが好きなんだっけか。いつしかそんなことを聞いた気がする。家が近所で昔から顔馴染みだったらしい。「かずくんは昔からヒーローだったの。」いつしか頬を赤らめながらそう呟いていた榎本を思い出した。よくもまあそんな恥ずかしいことを言えたものだ。教育実習生とはいえ相手は先生と随分離れた存在だな、そう言うと表情が曇り、しまった、と思ったのだったか。「…うん。だから、近付くの。もっと、大人にならなくちゃ。」

 榎本は下ろせと言っているのか、背中を叩いた。鈍く痛む。結構力強いじゃねえか。でも下ろさなかった。何というか、意地、なのだろうか。自分でもよく分からなかった。
「先生。榎本が足ひねったみたいで。」
「あ、そうなのか。あやちゃん、大丈夫?」
 榎本は小さく、俺にも聞こえるか怪しいくらいの声で「は、い。」と返事をした。

「もうそこを曲がればすぐゴールだから。そこで救護してもえば大丈夫だ。」
 先程ころころと笑っていた榎本は終始黙ったままだ。向井は「如月。ありがとうな。」そう言って、再び見回りに戻った。別にお前が礼を言う必要はないだろう。
 ざわざわと木々が夜風に揺られる音がする。向井の背中が小さくなり歩を進めると、榎本が漸く喋った。「…なんか、あたしばかり、ばかみたいね。」背中を握る手に力が込められた。俺はというとろくに返事も出来ずに細い腕だな、とか馬鹿みたいなことをぼんやり考えていた。榎本は気付いていないだろうが、先程の俺達を見た瞬間の向井の表情は、いつもの”教師”のそれではなかった。何だかむかつくから、教えてやらないけど。








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