若菜は、どんな壁にぶつかっても回っても道を見失っても、それでも必死に足掻いて前に進もうとしていた。ぼろぼろの身体で、痛くて辛くて、それでも前を向く。私はそんな若菜の背中をずっと見ていたから、弱くて甘ったれた私にとって、眩しかったのだ。この学校で誰にも話しかけられなかった私に一番最初に話しかけてくれたのも、若菜だった。「天音、か。綺麗な名前だね。」いつだって立ち止まったとき、若菜は私の背中を押してくれた。ああ、私は若菜みたいになりたかったんだ。

そんなことを言ったら、若菜は笑ってみせた。悲しそうな、笑顔だったのを覚えている。
「そんなこと、ないよ。」
「…若、菜。」
「天音は、私みたいになっちゃだめだよ。」
私はいつだって若菜のその背中を見ていて、憧れていたから、そんな悲しい風にして笑うだなんて思ってもみなかった。だから、思わずその手を握った。

「で、も。」
珍しく私が強い力を入れて握るものだから、若菜は驚いて「天音?」目を丸くさせた。だけど、必死に言葉を探す私の手を、握り返して微笑んでくれた。

「自分を。蔑ろにして生きないで、って。若菜。いつだか言ってくれた、でしょう?」
「そ、うだね。」
「私、若菜に、救われたんだ。」

背中を押してくれて、私なんかに笑ってくれて、力をくれて、ありがとう。若菜。「若菜は自分なんかって、言うけど。」ああ、どうか、彼女に降り注ぐ全てが、優しいものでありますように。そう願わずには、いられなかった。
「私と、か。一ノ瀬くんも、みんな、若菜に、いてほしいよ。」

上手く言えなくて、思わず俯いたら、握った手に強い力が込められた。「天音、ありがと、う。」泣きそうな、それはそれは透明で綺麗な笑顔だった。

「私は、強くなんかないけど、ね。」
「う、ん。」
「それでも、トキヤの隣にいたいから、足掻くの。」

そう言って強く前を向いたその横顔は、強くて真っ直ぐで、それでも今にも泣きそうなのを必死に堪えているような脆いそれにも見えた。私は今すぐにでも一ノ瀬くんにここに来て、彼女を抱きしめてほしかった。抱きしめて、彼女をここに繋ぎ止めて。そしてどうか、彼女を幸せにしてあげてください。きっとそれは、一ノ瀬くんにしか出来ないんだ。

「…若菜は。一ノ瀬くんの隣にいるの、怖いって、思うことある?」
「…あるよ。」少しだけ暗い表情をして答える。だけどそれから、目を細めて言う。「だけど、それでも、トキヤが一緒じゃないと、駄目なの。」

「…私も、できるかな。」
押しつぶすのが怖くて、離してしまったその手を。音也。怖がらずに隣にいれるのなら。若菜はもう一度強く手を握ってくれた。「だいじょうぶ、だよ。」二人で手を繋いで、泣きそうになりながら、笑った。私たちはどこか似ているようで、違う。二人ぼっちだったけれども、ちっとも大丈夫だった。私はこの温かい手の彼女の幸せを、強く祈った。








若菜ちゃんと天音。
央たん若菜ちゃんお借りしました。


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