好きな人が、自分のことを好きでいてくれる世界って、どんなものなんだろう。
昔から考えていたことだ。好きな人が出来た、ただそれだけで奇跡みたいなのに、何もないあたしを、あたしだけを好きでいてくれる。そんなこと、奇跡以上の何物でもない。浅ましい。そう思うけれども、それでもあたしは馬鹿だから考えてしまうんだ。馬鹿の一つ覚えのように、何度も、何度でも。



「…はん、だ?」

小さい頃から、自分のことを言うのが何となく苦手だった。
みんなみたいにサッカーが上手い、とかそういった特技とかがあれば良かったけれども、あたしは何をやらせても中途半端だったし、特別なものなんて、何一つも持っていなかった。だから、あたしなんかが出てきちゃ駄目だ。いつ頃からだったか、そう思う癖がついてしまって、自分を押し出すのを、やめた。だから自己紹介だとか自己アピールだとか、そういったものはかなり苦手な方だ。
それなのに、どうして。こんなあたしでも、気付いてくれる人がいるんだろう。目の前の半田は、何だかいつにもまして硬い表情をしていた。緊張があたしにまで伝わって背筋がぴんと張る。


「…あー、その、間宮。あの、さ」
半田に名前を呼ばれると、いつだって泣き出しそうになった。背中がきゅう、と甘い音を発てる。喉の奥が締まって、声を出すと震えるし、心音が煩くて上手く喋ることができない。
本当はあたしだってもっと上手く笑うし、もうちょっとくらい可愛く話すことだってできる。何度も練習したって、おはようすら上手く言うことさえできない。それもこれも全部、恋をしているからなんだろう。きっと。
改めて思うと、何だかもう泣けてきた。あたしは本当に涙腺が緩い。「う、うん」慌てて堪えて声を出す。流れる沈黙に、二人で固まる。ああ、本当はもっと気が利くことぐらい言えるんだけど。半田の前だと、どうも上手くいかない。それも恋をしているからだとしたら、世の中で上手く結ばれる恋人はどうやったのか至極不思議だ。


「…これ」
半田は、あたしから視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに包みを渡した。「……え。」あたしの喉から遅れて漏れた声に、半田は更に顔を赤くして、慌ててみせた。あ、耳まで赤い。

「あー、あの、迷惑かもしれないけど。一応…」
「え、あれ?これ…あたしに?」

尋ねると、半田は酷く驚いた表情をした。え、何か、あたし変なこと言ったかな。「当たり前、だろー…」途端に酷く脱力してみせる半田に、あたしは戸惑うばかりだ。
それから半田はしっかりとあたしを見て、咳払いをしてみせた。半田に目の前で視線が絡み合い、あたしはものすごく恥ずかしくて視線を逸らしてしまいたかったけれど、ここで逸らすのもおかしいし、何よりずっと、見ていたかった。だから、逸らさずに彼のことを見る。何だか、吸い込まれそうで息が詰まりそうで、あたしは呼吸の方法を忘れたかのように息苦しくなった。
「…あー、じゃあ、さ。改めて言うからな。」好きな人が、あたしを見てくれる。そんな世界があるなんて、思ってもみなかったんだ。


「間宮、その…誕生日おめでとう。」

半田から小包を渡されて、それを手にした瞬間、耐え切れずにあたしは泣いた。ああ本当あたしってば涙腺緩い。いきなり泣き出すなんて可笑しいじゃないか。目の前の半田だって、驚いてしまっている。「わ、わりい、嫌だったらそんな、俺持って帰るし!」あたしの好きな人は、いまいち鈍い。嫌じゃない、嫌なわけない。声が上手く出ないから、代わりに半田から貰ったプレゼントをぎゅう、と抱きしめてみた。何だかすごく、胸が苦しい。



「間宮、何でまた、泣いて」
「…う、うれしいの。」

半田はまた恍けた表情を浮かべる。「は」口をポカンと開けてみせて、相変わらず分かってない。だけどあたしは、そんな半田がだいすきなんだよ。

「は、半田からプレゼントもらえて。うれしくって、」
「そんなにかよ…」
溢れ出る涙を半田に拭ってもらうと、とうとう心臓が止まってしまった気がした。半田の方も、固まって、だけどじっとあたしを見つめる。本当に、時間が止まって世界に二人だけしか居ないように思えた。それが叶ったのなら、どれだけ幸せなことだったのだろう。それほどにまで、今この瞬間が、愛おしかった。


「いっしょう、宝物にする」
「お、大袈裟だって」
「あたしなんかに、本当、勿体ないよ」
「…それは、」

ぎゅっと、手を握られた。同時に心臓までもが握られたような錯覚に陥る。ぎゅっ、高鳴る鼓動は、まるで半田への想いをはかるようで。あまり目立って感じることはなかったけれども、こうして手を握られるとあたしとは違った少し骨ばった大きな手を感じる。あたしがずっと、触れたくて焦がれ続けていた彼。ずっと、憧れてやまなかった。


「俺は、間宮の誕生日を祝いたくて、これを買ったから、」
「…はん、だ」
「…だからもっと、さ。間宮は自分に自信もっていいと、思う。今日もいっぱいプレゼント貰ったんだろ?」

あたしだけのために。そんなことしてくれる人なんて、あたしには居るのだろうか。だけど沢山の人にお祝いして貰えて、本当にあたしには勿体なくて、また涙が出てきた。半田は驚いて、また困ったようにしてあたしの涙を拭う。「…ほんと、間宮は相変わらず泣き虫だな。」「う、るさい」「…俺の前以外で泣いてないか、ほんと不安になる。」

あたしのために、誰かとか、好きな人が何かしてくれる世界。何もないあたしには、本当勿体なくて、ただただ眩しいばかりだった。だけども、今日もらった宝物や今こうして目の前に居る彼。それは全て現実で、本当にあたしには勿体なくてだけど手放したくなんかなくて、何だか泣けてきた。
願わくば、あたしに関わってくれた全ての人たちに優しく幸せが降り注ぎますよう。あたしは何もないのに、本当に優しい人たちに恵まれたと、つくづく実感してならない。だから彼らの幸せを、願わずにはいられないのだ。
そして、どうか神さま、彼と過ごすこの時間が少しだけでも長く続いてくれたら。浅ましいことこの上ないけれど、大好きな彼があたしのことを少しだけでも、思っていてくれたのなら。彼と結ばれて見える世界は、どんな色をしているのだろう。それはすごく、想像もつかないほどに美しい景色なのだろう。



ゆららかに恋きららかに春

4/28 Happy Birthday!美桜


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