俺がこれまで生きてきた世界には、いつだって美冬がいた。生まれた頃から美冬が隣に居て、それは当たり前のことのようだった。そう、思い続けていた。
家が近くなければ俺達は出会わなかったのだろうか。時々、ふと考えてみる。偶然幼馴染だったから、こうして今二人一緒にいられるのだろうか。もしも、幼馴染じゃなければ二人は、関係のない他人同士だったのか。ありもしない"もしも"の話が連なって輪になっては圧し掛かる。馬鹿みたいだ。俺も絶対、そう言うだろう。だけども美冬のことになると、いつだって不安で仕方がないんだよ。俺たちを繋ぎ止めているものなんて、一筋の偶然という、あまりにも脆く儚いそれだ。美冬がいる世界を当たり前のように感じていたけれど、彼女はいつだって俺が手を離してしまうと飛んでいってしまいそうだった。どこか、俺の知らない遠くの空へ。だから、今日も俺はそれをひたすらに紡ぐのだ。自由に翔けている美冬が、好きだ。いつだって追いつきたくて、だけども追いつけなくて。なあ美冬、自由に走り抜けていて、だけども、俺に捕まえさせて。2秒先にいる彼女の背中は絶望的に遠く、俺はその背中に恋焦がれてばかりだ。


―――
いちはたまに私を見るとき、何だか不安そうな瞳をしている。それは私でも上手く分からないのだけども、本当に時々。私はいちのその表情を何とか変えたくって、だけどどうしたらいいのか分からなくて、ただ黙って隣に居る。いちの隣はやっぱり落ち着いて、私はあまりにも居心地が良くって、ああ、やっぱり私にはいちしか居ないんだ。そう思ってしまって、どこまででも駆けていける気がする。もっと速く、いちの風に乗って、走っていきたい。私は何よりも速く、走り抜けていきたい。


「美冬。」
「なあにー」
帰り道、二人で手を繋いで歩く。子供みたいにふざけてぶらぶらと手を振り回してみたら、いちは「ばか。」とか茶化しながらも笑ってくれた。
夕陽は温かいオレンジで、隣にいるいちを、そして一緒に歩いていく二人を、優しく縁取っていた。河川敷、横目に見える河は夕陽に染まり、キラキラと綺麗に輝いている。

「俺たち、いつから一緒にいるんだったっけか。」
突然そんなことを聞いてくるだなんて、変な一郎太。だけどその表情は何だか真剣なそれだったものだから、私は俯いて黙ってしまった。いつから傍にいる?

「…物心ついたときから、いちは傍に、いた、よ?」
覚えているのは、いつだって隣にいて、私の手を引いて一緒に翔けていったいちの背中。あの頃はいちに引かれるがままに走っていた。だけど今度は私が、私がいちの手を引いて走りたい。そう思って始めた陸上も、今では私に無くてはならないものだ。一時期走ることが怖くなったこともあった。だけどそれでも、私は走り続けることを決めた。やっぱり私には、これしかないから。いつだか、キャラバンで美桜ちゃんに言った言葉を思い出す。走り続けていれば、誰かを、守れるかもしれない。

「わたし、ね。何よりも速く、走っていたい」
「ん。…美冬は、速いよ。すごく」

速い。一朗太はそう呟いてから何だかまた、寂しそうな表情をした。どうして。私は今、いちの隣にいるじゃない。繋がれた右手に、ぎゅうと力を込めてみる。ぎゅう。胸までが、詰まるようなそれ。いち。その名前をこっそり胸の内になぞれば、思い出す。いつだっていちのことを想えば、こうして胸が高鳴って、仕方がなかった。
握られた手に力を込めると、次は一朗太が私のことを抱きしめていた。昔と同じ彼の匂いに包まれて、だけどもやっぱり昔とは違う、いちの心地がする。だけど変わらないのは、お互いの高鳴る心臓の音だ。どくどく、同じスピードでリズムを刻むそれは、まるで二人の呼吸のようで。ねえ、私たちは同じ速度の中で、こんなに近くにいるよ。


「いち、私は、生まれてからずっと、変わらないよ。わた、し」
「…ん。俺、さ。美冬が遠くに行きそうで、こわかった」
「そ、んな」
「だけど」

いちは、私を真っ直ぐに見つめて、言う。夕陽は絵具のオレンジをありったけキャンバスにぶちまけたそれみたいに、眩しかった。だけど私は、その視線を逸らしたくなんか、なかった。

「だけど、俺はいつだって、美冬を追いかけ続けてるから」

生まれてから、ずっと。そう言って私を抱きしめる一朗太を見たら、何だか涙が出てきた。

「誕生日、おめでとう。」
「…ありがと、う。いち」
「俺たちはまだ子供で、これからまだ長い人生が待ってるけど、さ。これからも、こうして美冬が誕生日を迎えて、大きくなっていく姿を。一番近くで見たいんだ。」
「…う、ん」
「誰よりも、俺が。ずっと一番近くで見ていたい」


何それ。意味分かって言ってんの。涙声でそう言えば、一応そのつもりだ、とぶっきらぼうに言ってのける。
これから先、私たちには莫大な時間が残されていて。そこには今まで経験しなかった大きな不安や、悲しいことが待っているかもしれない。だけどもいち。いちがいるなら、私はいつだってどこだって、大丈夫な気がしてしまうんだよ。私が生まれてから、ずっと、かかっている魔法だ。死ぬまで、覚めることのない夢を。いちが追いかけ続けてくれるから、私は安心してどこまでへも駆け抜けていくのだ。いつか、捕まえてくれると信じているから。
いち、堪らずその名前を呟けば、美冬。彼が、私の名前を呼ぶ。いちは私の手を引き、私たちはもう一度、同じ速度で歩き出した。夕陽は優しく二人を縁取り、地面に映る二つの影は、何だか一つに見えて、私はまた泣けてしまうんだ。




この世はどうしてこんなに美しいのですか

Happy birthday!!美冬ちゃん
央たん 美冬ちゃん拉致りました

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