夕暮れが訪れて、練習もそろそろ終わりになるだろう。皆はラストスパートをかけて、掛け声も一層大きくグラウンドに響く。一方あたしはというと皆の使ったサッカーボールだとかを片付けながら一人悶々としていた。
口を開けば溜め息が一つ、小さく零れた。彼を想うと、心臓が煩くてどうも上手く息がしづらい。

偶然、聞いてしまったのだ。隣のクラスの女子の会話だった。
確かにサッカー部の皆は目立つしかっこいいけれど、実際に自分の好きな人を他の女子が褒めるのを聞くのは、少し胸の辺りがもやついた。「半田くんもかっこいいよね。」
思い出す度に、少しダメージを受ける。そりゃ半田はかっこいい。
だけどあたしが言えたことではないけれども半田は普通だし、円堂や豪炎寺だとかみたいに特別目立つというわけでもなかった。だから、半田のかっこいいところとかはあたしだけが知っている気になっていた。あたしだけが、知っている姿。ばかみたいだ。

何だかんだ半田とは仲良くなってきた(と思う。思い、たい)し、距離も近付いた(ような気がする。思いたいだけかもしれない)から、どこかで安心していたのだ。
あたしは彼を好きでいることでいっぱいいっぱいだったけれど、結局あたしは半田の何でもない。あたし達はただの部活のマネージャーと部員だ。あたしは臆病で進めずにいたのだ。
いつかは半田も好きな人ができて、否もういるかもしれない。彼も、あたしのように誰かを想って泣くのだろうか。それを考えたらあたしは悲しくて、だけど酷くときめいてしまって、訳が分からなくなって、また泣けてきた。あたしは馬鹿だ。


「あれ、また半田?」
「……」
泣きそうなあたしに一之瀬は笑いながら話し掛ける。こいつは意地悪だ。土門や秋に言い付けてやろうか。睨むと彼はわざとらしく手をひらひらと上げる。

「はあ。何ですぐ泣くのさ。」
「…分かんない」
「何で泣くのに半田が好きなんだよ。」
「…分かんないってば…」
「あー、ほら。泣くなって。」

あたしは本当に弱い。だってあたしは半田を好きなこと以外何もなくて、空っぽだ。
ただ涙を流す馬鹿なあたしを、一之瀬は面倒そうに肩を叩いた。多分彼は呆れているんだけれど、それが酷く心地よくてなだめてもらい続けた。


だけども、突然強い力で手を引かれた。
一之瀬かと思ったけれども、あたしはその顔を見て酷く驚いて、だけども胸が切なくて余計泣きそうになってしまった。一之瀬はにやりと笑ってみせた。やっぱりあいつは意地悪だ。
彼は黙ってあたしを連れて手を引いたままに走り続ける。あたしを掴むその手は、予想外に大きかった。
息も切れ切れになりながら彼を呼ぶ。彼の名前を呼ぶときはいつだって泣きそうになった。「は、んだ。」

「…ご めん。」
「ううん。あの、どうして」
半田は手はまだ離さなかった。地面を見ながらぽつり、ぽつりと言葉を漏らす。

「分かんない、けど。間宮が、一之瀬といてさ。泣いてたみたいに見えて、さ。」
「う ん」
「何か、勝手に動いてた。…ごめん、訳分かんないよな。」
「…ん」

あたしは返事をするのに精一杯で、半田も手を引いたくせに急にぎこちなくなり、あたし達はお互いに目も合わせられずに俯いていた。繋いだ手を離すタイミングすら分からず、ただただ、立ち尽くしていた。
ふと顔を上げると、夕陽に彼が縁取られるのがそれはそれは綺麗で、あたしはまた泣きそうになる。この時間を瞬間を知っているのは、一生あたしだけだといいのにと、本気で願ってしまった。
すき。泣きそうな言葉は、喉の奥で引っ掛かる。結局あたしと彼は何も進んでいない。きっと今日も、明日もずっと。あたし達はどうして茫然と立ち尽くしてしまうのだろう。

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