普通、中途半端、平々凡々。よく言われてきたことだ。
それなりのサッカーの腕前にそれなりの成績。これまでも俺はずっとそれなりであったし、きっとこれからもそうで在り続けるのだろう。これからもずっと、目の前にはそのそれなりの人生が長く横たわっている。云わばそれはある意味一種の呪縛のようなものであった。一生それに囚われ続けるような類のもの。平々凡々、中途半端。可もなく、だからといって不可もない。

これからも永遠にそうなのか、目の前に横たわる漠然とした果てしないそれを考えるだけで気が滅入ってしまいそうになるけれども、それでも、そんな平凡な俺の世界の中で、唯一光り輝くものが、あったんだ。それはまるで青天のへきれきのようで、そうだ、彼女の言葉を借りるであれば”奇跡”のようなそれだ。


簡単に言ってしまえば、自分に自信がないし、関係を崩したくなかった。俺なんか普通だし、中途半端だし。いつかは、言う。そう心に決めてからどれ程時間が経っただろうか。気が付けば、俺らはもう卒業だった。

「ま、みや。」
やばい、名前を呼ぶだけでも声が上ずった。緊張しているのだ。間宮は振り返る。少しだけ泣きそうな顔して笑った。

「半田。」
「ん。ちょっと、さ。いい?」

肩を並べて二人で校庭を歩く。「もう卒業、なんてね」「早いよな。ほんと」もうこれで最後だというのに、俺達はぎこちなく他愛もない話をするだけだった。何やってるんだ、俺。だけども、間宮の隣にいるだけで精一杯だ。

ふとその時、目の前に薄桃色の世界が広がる。桜の木だった。
それは満開で、薄桃色の花弁をそこら中に散らしていた。辺り一面、何だか少し夢みたいな心地になる。
「桜。」
「あ、理事長が植えたって夏未さんから聞いたよ。」
「へ、え。さすがだな。」
「ほんと。」

それにしても本当、綺麗。
そう呟く間宮の横顔に、不覚にも胸がざわついた。何だか舞散る桜の花びらだとか、それにうっとりとした表情を浮かべる間宮だとか、本当に全部が綺麗でとってかわることのない、夢みたいだった。
このまま時間が止まればいい、と馬鹿みたいなことを本気で祈った。世界が二人だけであれば、と。それほどにまで、今この時間は本当に美しかった。

「…あれ、間宮。頭。花びらついてる」
「え。うそ、どこ?」
そう言って間宮は振り落とそうと手をかけるけど、ちっとも落ちそうにない。薄桃色のそれは、小さく揺れていた。
「ちょっと、待って」それを取ろうと、間宮の髪に触れた時に、桜だか間宮だかの甘い匂いが鼻をくすぐって何だか、やばい、と思った。
そういえば、間宮には桜がよく似合う。元々昔からずっと間宮に付いていたみたいな顔して桜の花びらは揺れる。手にとると、淡い淡い、陽に透かすと消えてなくなりそうな薄桃色の花びらだった。

「とれ、た?」

あまりにも間宮には桜が似合うものだから、こっそりそのままにしておいた。花びらは間宮の頭の上で相変わらず淡い薄桃色をたえていた。
とれた。そう嘘をついて、手を下ろす。間宮に触れた指先がじんじんと熱い。それから俺達は二人黙って、また桜の木を見上げる。舞散る桜に眩暈を覚えた。いつまでも俺達は臆病で進まない。そんな中、沈黙を切ったのは間宮だった。

「…さくら、綺麗だね。」
「う、ん。…間宮によく似合う。」
やばい、俺は何を言っているんだ。思わず口を突いて出てきた言葉に間宮は「え?!」と顔を赤らめ慌てる。それから、思い出したようにして言った。
「あっ、名前のこと?」
そういえば間宮の下の名前は美桜、だったか。美しい、桜。なるほど間宮にぴったりな名前な気がする。だから桜が似合うのか。それだけじゃない気がした。
美桜。こっそり彼女の名前を胸内で呟くと、何だかものすごいことをしてしまった気分になった。いや、実際は何もしていないんだけど。
間宮はそれから少し考えて、目を細めて笑った。風に間宮の髪と桜がなびいて、それがびっくりするくらい綺麗で、何だか酷く心地が良かった。

「…じゃあ、半田にはサッカーが似合うね。」
予想外の間宮の言葉に思わずむせた。今度は俺が慌てる。サッカーが似合う。そんなこと、初めて言われた。心なしか、何だかすごく嬉しい気がする。俺はやっとの思いで、言葉を返した。「え、何で」
「あ の、半田のサッカー、すごいなって思うし。」
「い、や。俺、普通だし。もっとすごい奴、いっぱいいるしさ。」
「あ たしは、半田のサッカーが、すき。」

間宮が褒めているのはサッカーのことだ。期待してしまう浅ましい煩悩にそう繰り返し聞かせるけれども、俺は心臓を不意に捕まれた気分になった。
本当に、嬉しかった。こんな俺でも、見てくれる誰かが居てくれたことが、本当に嬉しくて堪らなかった。そして同時に彼女の一言でこんなにも舞い上がる自分を殴りたかった。桜吹雪で目が眩む。間宮は泣きそうにも微笑んでいるようにも見えた。

「あ たし、半田のサッカーが、誰のよりも、残っててね。何もないあたしにとって、」
「俺、なんか」
間宮は泣きながら、微笑んでいた。ああ、こんなに綺麗な涙を俺は見たことがあるだろうか。その涙にずっと、俺は。

「半田は、あたしの奇跡。」

胸がざわついて止まなかった。あの日からずっと、ああ間宮、見ていてくれてありがとう。あの日、俺は平々凡々な諦めていた世界が音を発てて色付いていくのを確かに聞いたんだ。
可愛らしく笑う間宮に、思わず触れた。間宮は驚いて小さく声を漏らす。ああそうだ。その涙に、本当はずっと、ずっと触れたかったんだ。


「間宮は、何もなくなんか、ないよ」

もう充分すぎるくらいだ。何もない俺の世界に突如として現れた、間宮、間宮の方が俺の、奇跡なんだ。
思わずその肩を、抱いた。腕の中にすっぽり収まる間宮は、思ってたよりずっと、小さく頼りなかった。桜吹雪に一緒に消えてしまいそうだ、とか馬鹿みたいなことを考えてしまう。だけども、間宮がいなくなるのが、本当に怖いと思った。俺の知らないところで、いなくなってほしくない。

「たとえ何もなくたって、いいから。」
間宮はやっぱり泣いていた。
いつも一番近くで、見ていたかった。笑った顔が可愛いのとか、すぐ泣くところとか、俺だけが一番に知っていたい、と、どれ程思っただろう。

「二人で一緒にいられたら、それだけで、」

あんなに言えなかった言葉たちが、堰を切ったように溢れ出てくる。
間宮、これを言ったら間宮は泣き止むかな。ずっと、もうずっと思っていたことなんだけど。桜吹雪に、眩暈を覚える。何だかそれはひどく綺麗で、何より美しかった。美しい、桜。俺の、奇跡。



「俺は、美桜が、好きだよ」



きみは、ぼくのたったひとつの奇跡




桜の木の下

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