さて、どうしたものか。
今日は２月１４日。いわゆるバレンタインデー、だ。女子は色めき立ち、男子はそわそわ。学校は普段より甘くてキラキラとした匂いがする気がした。きっと恋の匂いってこんな香りがするのかもしれない。
一方あたしはというと、バレンタインのそういった浮き立ったそれとは正反対に、一つの包みを持ったまま深く深く溜め息をついていた。胸に抱いたそれは何故だか酷くずしりと重く、熱い気がする。
「バレンタイン、か。」
あたしは手にしているその包みを恨めしく睨んでみた。薄ピンク色に可愛らしくラッピングされてあるそれは、あたしが前々から選んで買っておいたやつだ。あの時は、ただ楽しかったのに。どうしてこうも本番になるとあたしは弱い。もう一度深く溜め息をつくと、途切れて冬の喧騒に埋もれた。薄ピンク色が笑っているように見えた。
あたしは今日クッキーを焼いてきて、サッカー部の皆に配った。それはそれは何の気兼ねもなく、ただ「はい、バレンタインだよ。」とか言って。いとも簡単にやってのけたのだ。ただし、たった一人を除いて。
どうして、別にしてしまったのだろう。彼にもー半田にも、皆と同じようにクッキーを渡せば良かった。
激しい後悔の渦に飲まれている今、あたしが手にしている包みの中身は、半田用に作った小さなチョコレートケーキだった。そうだ、サッカー部にあげたクッキーが義理チョコだというなれば、こちらはまさに、いわゆる”本命チョコ”というやつだ。
こんなの、あからさますぎる。ばかみたい。
頭の中はぐるぐると不安が渦巻くばかりだ。どうしよう、半田はどう思う？手作りって重いかも？本命チョコってばれたらどうする？胸に抱いた包みは、気のせいかずしりと重く酷い熱を帯びていた。
ああ、どうしてあたしはこんなに弱虫なのだろう。だけど、こんなの。気がつけば帰りのチャイムが響き、一人葛藤している間に、もう学校は終わろうとしていた。どうしよう、結局あたしは半田にチョコを渡せないまま、終わってしまうのだろうか。
その時、後ろから声をかけられた。「美桜。」
「土門、一之瀬。」
振り返ればいつもの二人だ。二人はあたしが泣き出しそうな顔をしていたから、ぎょっとしてみせた。
「美桜、どうした。」
「は、半田にチョコ、つくったんだ、けど。」
「何だ、また半田か。」
「おい、一之瀬。」
「き、嫌われたら、どうしよう…。」
もし、断られてしまったら。
考えただけで、怖くてたまらなかった。だって、このチョコは、あたしの思いが詰まってしまっている意味のあるものなのだ。皆へあげたものとは違う、いわば下心が入っていた。こんなの、どうしよう。
泣き出しそうなあたしに、二人は溜め息をついてから困ったように笑った。
「美桜は、どうしたいんだ？」
「あたし、は。」
「半田が嫌がるわけないだろ？」
「だ、けど。もし断られたら。だって、本命で。意味が、入っちゃってるんだよ、あたし、」
「大丈夫大丈夫。もし断られたら、俺らが半田をぶっ飛ばしてあげるから。」
「そ、それは、やめてよ。」
とにかく。二人はそう言って、あたしの背中を押した。振り返ればいつもの二人だ。
「あげたいんだろ？美桜の好きにしろよ。まあ、俺達もついてるから、さ。」
あげたい。半田にチョコを、あげたい。
ふと、急に持っていた包みが熱を帯びた気がする。胸がきゅうと甘い音を発ててつまりそうだ。昨日の、このチョコレートケーキを作っていた時のことを思い出す。中々納得がいくものが出来なくって、何度も何度も作ったんだっけ。こんなに頑張ったのに、あげないとあたしのチョコが可哀想だ。
あたしは二人に頷いてから、一気に駆け出した。
それまで内に秘めていたもやもやだとかが一気に溢れ出して、ただひたすらに半田を探して、走る。あたしは持久力もないし足もそんなに速くないものだから、すぐに息が切れて足がもつれて何度か転びそうになった。だけど、半田を探し続けた。
彼にチョコを、あげたい。断られるのは怖いけど、それでもあたしは、あげたいんだ。彼のことが、きっと、すごく好きなんだ。
人混みの中、必死に彼を探す。いや、だけどきっとあたしはすぐに見つけるだろう。だってずっと、見てきたんだから。
茶色の髪、双葉の寝癖。ほら、見つけてしまった。あたしは周りより彼が浮かんでくっきりと見えてしまうんだ。あの日からずっと、まるで魔法のように、あたしの奇跡。
「は、んだ。」
あたしが振り絞って出したその声は枯れていてびっくりするくらいに小さくて、ほぼ呟きに近かった。人混みにかき消される。それでも半田は、振り返ったんだ。