夜のまにまに



 それは、八月十三日の夜。お盆休み。何となく薫は、今ハマっているスマホゲームに勇人を誘ってみた。
 三人称視点でのシューティングゲームだ。制限時間内にアイテムを集めながらフィールドから脱出するのが目的。オンラインに繋いで多人数プレイも可能だが、四人以内のフレンドとNPCで全員無事に脱出するといったチームプレイもできる。
 あまりメジャーではないので勇人は初めてプレイするゲームだった。しかし、やってみると意外と楽しい。ボイスチャットをしながらスマホの画面をタップする。
『ごめん、アイテム取ってない!』
『大丈夫。ここでマップが繋がっているからあとで回収できる。ボクは後ろを守るから、前の方よろしく』
 そうやってステージをクリアした。薫はゲーム全般が得意なようで、とんでもない反応速度で敵を狙撃していく。システムエンジニアってこういうのも得意なのかなと勇人は思いながら、慣れない手つきでアイテムを拾ったり銃を強化する。
『これ、初めてやったけど楽しい』
『周りにハマってくれる人がいなかったから嬉しいな。ストーリーもすごいよね。実は序盤に出てきたヒロインの正体が……』
『えっ、何それ!』
 薫がゲームに関する気になる情報を言いかける。ストーリーも面白いと思っていた勇人はその話がものすごく気になってきた。
 しかしゲームのボイスチャットでは画像やURLも貼れないので情報が伝わりづらい。無料通話アプリに切り替えて、話をすることになった。


 勇人の都合で一時間ぐらいしてから通話をすることになったので、薫はその間にアプリをインストールした。基本はビデオ通話。説明をするときは画像を貼れるタイプのアプリだ。勇人をフレンド登録して接続ボタンを押す。
 ぱっ、と画面が明るくなって……勇人の姿が映った。
『あ、映った。見える?』
 それはベッドに寝転んだ勇人だった。薫がアプリをインストールするまでの間でシャワーを浴びたのだろうか、ほんのりと頬がピンク色に染まっている。服装はラフなルームウェア。大きく開いた襟のグレーのシャツと、膝より少し上の紺のボトム。ちらりと太もものタトゥーが見えていて、ほのかに色気を放つ。
『……見える』
『良かった。無料だから接続が悪い時は全然繋がらないんだよね……じゃあ、色々教えて?』
 はにかむような笑顔で手を振る勇人。ふんわりと揺れるワイン色の髪の毛。かわいい。薫はグッと色々なものをこらえた。思わず違う事を教えそうになる気持ちをこらえて、ゲームの攻略やちょっとした情報を画像を添付しながら説明する。
『あっ、あそこに落ちてるアイテムってそうだったんだ?』
『うん、まさかあれがヒロインに関する核心的なネタバレアイテムなんて思わないよね』
『今度から違う視点でプレイできそう…………教えてくれてありがと』
 勇人が小さな声でお礼を言って、恥ずかしくなったのかプイと顔をそらした。そして照れ隠しにとんでもないことを言いだした。

『お礼に何か教える……そうだ。明日、俺の誕生日なんだ』

『え!?』

 薫は慌てて時計を見る。八月十三日、二十三時五十五分。あと五分で誕生日? 薫は自分の格好を見返してみた。一応ビデオ通話なのでシャワーは浴びたが、完全にルームウェア。黒のスウェットの上下だ。
『ちょ、ちょっと! もっと早く言ってよ……十四日、予定入れちゃった……』
『…………』
 なぜか勇人は口ごもる。その理由は薫には分からない。でも、お祝いの言葉を伝えた。


『誕生日、おめでとう』


 ちょうど、日付が変わる瞬間だった。勇人は少し驚いた顔をして、でもほんのりと微笑んだ。
『薫に一番乗りでお祝いされた』
 満更でもないという顔だった。それほど悪い気分でもない・結構いい・非常にご満悦。そのどれか。そんな顔で可愛いことを言われたら、薫もたまらない。
『……ちゃんとプレゼントを準備してお祝いしたかった!』
『別にいいよ。あ、でも……来年覚えてたらよろしく』
 勇人はひらひらと手を振って、おそらく仕事用のタブレットでお客さんのおめでとうメッセージを返信していた。勇人には真面目にホストの仕事をやる気はないし面倒だが、お店から指定されている大事な仕事である。薫と話しながら、半ばマニュアル的にこなす。
 その姿を見て、薫の心は揺らぐ。来年……来年、プレゼントを用意して誕生日を祝えるような関係になっているんだろうか? 
 そう考えるとつくづく予定を入れたことが悔やまれる。しかし急なのでどうしてもキャンセルできない。薫はとてつもなく後悔しながらも、勇人に悪いので代替プランを提案した。
『来年はさすがに先すぎるから、次会った時に何か渡したい。欲しいもの、ある?』
『…………いっぱいあるから、見ながら買いたい』
 それは遠回しな「一緒に出かけたい」のお誘いだった。薫は枕に顔を埋めた。かわいい、かわいすぎる。いきなり枕に顔を押しつけた薫を見て、勇人は不思議そうな顔をしていた。
『来週の土曜日に買いに行こうか。予定どう?』
『あいてるー』
『じゃあ土曜日にこの前と同じところに集合して……』
 薫はほんのりと染まる頬を押さえながら、サクサクと予定を決めた。それから少し話をして……気がつけば三時近く。勇人が少しうとうととしながら、ベッドを転がる。

『……ねえ、勝負、しよっか……』
『勝負?』
『先に、寝た方が負けー』

 それは寝落ち通話ではないか?
 薫の眠気が吹き飛んでしまった。しかし、勇人は相変わらず眠そう。かなり薫に有利だった。薫は首を傾げる。
『……勝ったら何がもらえるの?』
『んー……次会った時に何かする……』
『何するの!?』
『んむー、何にしようかな……うーん……』
 気になる薫と、考え込む勇人。色々と考えながら……しかし寝る前に考え事をした為、一気に眠くなってしまう。結局、勝った方は何がもらえるのか分からないまま、勇人が寝落ちしてしまった。
 寝息を立てて、枕に顔を埋めている勇人。その可愛い寝顔を見ながら、薫は戸惑う。これは通話を切っていいんだろうか? 
 息をするたびに膨らむ頬や、閉じられた瞼、くしゃくしゃに乱れた髪。薫はいつまでも通話を切ることができなかった。
 スマホリングを動かしてスマホを横向きに置いて立てた。その横に寝転ぶ。まるで、一緒に寝ているみたいだった。不思議な気持ちになる。
 薫は通話終了のボタンを押そうとして……でも少し考えて、スマホに充電ケーブルを繋いだ。それから、隣にスマホを置いたまま、ベッドにもぐりこむ。
 切るのがもったいなかった。勇人の規則正しい寝息。たまに寝返り。ちょっとだけ寝言。心の奥のあたたかな気持ち。
 出来心で勇人のほっぺにキスをした。もちろん、スマホの画面の冷たい感触しかしなかった。それでもちょっぴり嬉しくなって……それから複雑な気持ちになる。
 ボクは、彼とどういう関係になりたいんだろう……友達? セフレ? 恋人? また違う何か?
 脳内を、色々な関係性が堂々巡り。いつしか薫も眠くなってきた。


「おやすみ、勇人」


 それだけ言って、意識を手放した。水道の蛇口から水が落ちる音。冷蔵庫の稼働音。遠くを走る自動車。
 真っ暗な部屋にほのかにスマホの明かり。二人分の寝息。夏の日の、しんしんと更ける夜の話だった。





Author by ELLY
Templete by mellow.



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