ある苗の坊やが畑に植えられるために市場から運ばれてきました。五月の爽やかな風が吹く晴れの日の事です。トラックから降ろされてまず初めて見たものは、一面の淡い紫色の野です。
絵の具のチューブから押し出したばかりのような、紅がかった紫色が広がる景色はまるで夢のように美しく、苗の坊やは思わず息をのみます。
それはレンゲ畑。きらきらとした神秘的な瞳を持つお兄さんのレンゲが、春の訪れとともに田畑をじゅうたんのように綺麗に彩りました。
苗の坊やはよちよちと歩きながら、レンゲのお兄さんに話しかけます。
「僕もお兄さんみたいに綺麗に咲きたいです!」
レンゲのお兄さんの瞳に一瞬だけ影が浮かびます。少しだけうつむいて……でも、にっこりと笑って言いました。
「大丈夫、君なら立派に大きくなれるよ」
皐月の風がお兄さんと苗の坊やの葉を右へ左へと揺らしながら、通り過ぎていきました。
それから少しして。苗の坊やは畑に植えられて、すくすくと大きくなっていきました。でも、あの時のレンゲのお兄さんとはあれっきりです。あの綺麗な瞳が印象的なお兄さんは今頃何をしているのだろう。
季節のうつろいと共に坊やは青年になり、金色の穂をもつ稲になりました。もうすぐ頭を垂らすほどたくさんの種子が実ります。それは人々の胃の腑を満たし、富と潤いを与える大切なものです。
…………レンゲは根っこにたくさんのこぶがあります。ここには「根粒菌」という細菌が、レンゲの養分を餌にして住んでいます。根粒菌は空気中の窒素を植物が吸収できる形にして蓄え、レンゲに与えます。代わりにレンゲは養分を与えて根粒菌を住まわせる……共生関係です。
レンゲは体内に窒素をたっぷりと貯めこんでいます。そんなレンゲを稲を植えていない時期に育てて、成長させて窒素をたくさん取りこませたところで、植物体ごと土の中にすき込ませます。これを緑肥といいます。
レンゲの身体は微生物やミミズなどの土壌生物の餌となり、窒素が土を柔らかくし、田畑を豊かにします。
稲の坊やが青年になり、たくさんのプラチナの種子を収穫されていなくなる頃、レンゲのお兄さんは種子となり、また田畑に戻ります。
いつかまた、お兄さんに会いたいな。
稲はそう思う毎日です。それはふんわりとした初恋の心。きらきらと輝く瞳を持ったきれいなお兄さんとのレンゲ色の思い出。
少しだけ冷たい風が、こがね色の穂をしゃらしゃらと揺らす、ある秋の日のことでした。
7/29、息抜きのワンドロでした。
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×4か8がおすすめです。ラスト10分配信を切り損ねました(ごめんなさい)