それから一緒にごはんを食べて、荷物をまとめた。玄関に置いておいたスーツケースに色々と入れて……気が付けばもうお昼の三時を回っていた。

「じゃあ、またね……」
「うん。暇な時に連絡して」

 玄関でお見送り。靴を履いて荷物を持って背を向ける薫を見ていたら、勇人は無性にさびしくなった。思わず服の裾をつかむ。薫が振り返る。少しだけ嬉しそうな顔だった。それを見たらたまらなくなった。ぎゅ、と腕に抱きついた。

「いつでも、いいから」
「……わかった」

 頭をひと撫でされて、そっと離れた。ドアを開けて、薫が手を振る。まぶしい午後の光が差し込んで影を作る。


「バイバイ」


 そう言ってドアが閉まった。ずっとドアを見ていて……いつしか玄関で座り込んだ。これが普通の距離感なのか、もはや勇人には分からなかった。
 セフレというには友達寄りで、友達というには少しだけべたべたしていて、でも、恋人じゃない。彼氏とか、そういうのじゃない。じゃあ、何?

 立ち上がって、ふら、とキッチンに向かった。冷蔵庫を何となく開けた。
 さびしい気持ちは冷蔵庫の中に入っていた。昨日まで色々入っていたのに、薫が持って帰ってしまったのだ。いつも通り、ビールと調味料しか入っていない、見慣れた冷蔵庫だった。綺麗な冷蔵庫。心に、ぽっかりと穴が開いたような気持ち。
 でも、ひとつだけいつもと違うものが入っていた。そこらへんで売っているような、昔ながらのプリンが一つ。
 勇人はそれを取り出して、蓋を開けた。プラスチックのスプーンで中身をすくって食べる。甘くて、なつかしい味がした。小さな頃、風邪を引いて学校を休んだ時に、母親が買ってきてくれたプリン。
 たまごとバニラエッセンス、優しい味。一番下の、ほんのり苦いカラメル。

「……好きだよ」
 
 独り言。甘いものは好きじゃないけど、プリンだけは好き。何で分かったのかは分からないけど、でも、そんな小さなことが嬉しい。
 にじむ視界。小さな頃、熱に浮かされながら食べたプリンの味。誰に届くでもない言葉。
 勇人はプリンを食べ終わって、ふとベランダから外を見た。風にはためく洗濯物が、優しく揺れていた。




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