「ねぇ、煙草変えた?」
「……いきなり何?」

 あれから色々とあって今は午前八時。何回も何回も性行為をして、二人ともぐったりして寝てしまった。幸い日曜日だったので二人とも仕事に支障はない。
 先に目を覚ました勇人は、最初の性行為の時を思い出した。あの時も途中から意識が飛んで寝てしまって……気がつけば目の前で天使のように綺麗な人が眠っていた。
 落ち着かないから煙草を吸った。煙草は良い。ちょっとした気まずさを緩和したり、暇つぶしになる。とりあえず服を着てシャワーを浴びて喫煙していたら、薫が起きてきた。
 それから煙草の銘柄を変えた事を聞かれたので、気まぐれに違うものを買ってみたことを伝える。

「ふーん、ボクは吸わないからよく分からないな」
「吸ってみる?」

 嫌いな味ではないけれどやっぱりいつも吸っている銘柄が良い。繊細な甘さ、そして華やかで豊かな香り。いつもの銘柄の買い置きを戸棚から出して、二つの煙草を薫に差し出した。
 薫は少し考えて……メンソールの方の煙草を一本取りだして口に咥える。

「火、ちょうだい」
「んー、そこのテーブルにライターが……」
「こっちからもらいたいな」

 薫は勇人の襟をひっぱって顔を寄せた。そして勇人が咥えている煙草の火を自分の煙草に移すようにしてくっつけた。それはシガーキス。お互いの顔が近づき、吐息が共有される。まるで間接キスだった。
 やがて火が薫の咥えた煙草に燃え移り、甘いバニラの香りと爽やかな薄荷の香りが混ざる。勇人は複雑な気持ちになる。細く伸びていく煙草のけむりを目で追った。換気扇に吸い込まれて消えていくそれは緩やかに外に排出されて、空へと溶けていくのだろう。
 煙が消えてしまって見えなくなっても、香りはいつまでもほのかに残って……それが、いつか誰かに届くといい。そう思った。その誰かが誰なんて、勇人には分からない。今の気持ちも分からない。

 雨が降った夜の次の日は風が強い。窓ガラス越しにはためく隣家の洗濯物や商店の旗を見ながら、ふう、と息を吐く。二人分の白っぽい煙草のけむりが陽の光で蜂蜜色に光った。





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