真木緒が自分から誘ったのは、初めてだった。可愛い年下の恋人から漂う、色気。絡みついてくる白い腕。タツヤは慌てた。

「そ、そっか、帰ったらしようって約束してたね。じゃあシャワーを浴びてベッドに……」
「だめ、待てない……たっちゃんのせーえきが欲しい。ここでしよ?」

 ベッドの上で行われる安全な性行為しか知らなかった子が……玄関で性器を撫でながら生ナカ出しでのセックスをせがむ。真木緒の髪の毛から、香水と煙草が混じった匂いがする。タツヤは血が沸騰しそうだった。くらくらとした。
 たった一度だけ他の男に抱いてもらった。その一度で、恥ずかしがりやで奥手な恋人が……別人みたいに変わってしまった。おそらく絶対に元に戻らない、あの子。例えるならば、割れてしまった風船。
 歯をくいしばる。ぶるぶると震える手で、真木緒の肩を掴んで強引にキスをした。狭い玄関で、立ったまま、真木緒を壁に押し付けるみたいにして。初めてだった。
 ふぅ、ふぅ、と荒い息を吐きながら、舌を舐める。さっき亮が真木緒にしていたみたいに。絡めて、舐めて、吸って……いつもしている優しいキスとは正反対。真木緒の柔らかな唇を、舌を、ほっぺの裏側をぐちゃぐちゃにする。真木緒が人生で一回も吸った事のないはずの煙草のあじがした。タツヤの頭がクラクラとする。
 他の男の痕跡がべっとり残った身体で、彼氏と今から性行為をする。なんて浅ましいんだろう。真木緒はぼうっとした頭でそう考える。少しだけ笑って、眉毛をゆがめた。
 タツヤが服を乱暴に脱がせる。今までとは何もかも違うセックス。真っ赤に腫れた乳首。乳輪周りの噛み跡。白い肌に残る、赤い手形。
『ぼく、おおきくなったらたっちゃんとけっこんする』と言いながらはにかむ頬。もらったおもちゃの指輪。それを思い出しながら、タツヤはいつになく乱暴に真木緒の腰を掴み、性器を挿入した。全く慣らしていない。本当は入らないはずなのに、悲しいほどに奥まですっと入った。
 他の男にナカ出しされた精液をローションがわりに、大好きなあの子を抱いている……そう思うと、タツヤの性器は真木緒の体内で痛いほどに勃起してしまう。前立腺を強く突く。真木緒が泣きながらよだれを垂らす。

「あっ、あっ、あっ! たっちゃんのちんぽが一番気持ちいい! あん、これっ、これぇ!」

 いつもなら絶対言わないような恥ずかしい言葉。他の男の味を知ったからこそ言えるような感想。タツヤの心中に渦巻く嫉妬。純粋な怒り。

「くそっ、くそっ! こんなの全部だしてやる……他の男の精液なんか、全部かきだしてやるよ!」
「ああんっ、たっちゃん! はげしっ……! あん、奥まで届いてるっ!」

 ぐちゅぐちゅにかき回す。タツヤにとっては、恋人とする初めての生セックス。しかし、真木緒の初めては違う人に奪われてしまった。その事を考えるだけで頭に血がのぼる。
 ぶちゅ、ぶちゅ、と抜き差しするたびに水音がする。雁首で精液をかきだすが、上手くいかなくてますます奥に塗り込んでいるようになってしまう。真木緒が女の子だったら、子宮口に押し当てているように。他の男の精子を受精させてしまうような行為。怒りが嵐のように襲ってくる。

「おれの! 俺だけのものだ……真木緒。もう絶対、他の男となんかさせない! 愛してる。愛しているよ、真木緒……」
「あっ、あっ、うれし…………すき。すき! たっちゃん、だいすき……ぼくも、あいしてる……」

 立ったままキスをしながら、玄関で愛を囁きながら行われる甘い行為。恋人同士の愛情たっぷりセックス。
 それから一緒にお風呂に入って、泡まみれになりながらエッチ。ベッドに移動して、色々な体勢で何回も何回も愛情を確かめ合う二人。


 そのすべてを、隠しカメラで亮が見ていた。


 真木緒が帰ったホテルの一室。持ってきたノートパソコンとスマホを繋いで、リアルタイムで室内が見られるようにした。そこに映るもの。恋人同士として当たり前に性行為を行うタツヤと真木緒だった。二人とも何も悪くない。だが、亮の目じりが険しく吊り上がる。

『あっ、あっ、あっ! たっちゃん……ねぇ、たっちゃんも他の人とこんなことしないでぇ……!』
『絶対しない。俺が好きなのは真木緒だけだ……好き。小さな頃からずっと、君だけが好きだ、真木緒……!』

 亮の心の中に、嵐のような疾風が吹く。大雨がふり続く、終わらない春の嵐だ。音声を聞くだけで、真木緒の姿を見るだけで、身体がわななく。それは憤怒。
 なんでだよ。あんなぽっちゃりしててボーっとしてる地味なやつが……幼馴染ってだけで……なんだよ、幼馴染って。小さいころから一緒なのがそんなに偉いのかよ。
 ぎり、と唇を噛んだ。鋭い痛み、血がにじむ。目の前の隠し撮り映像が、亮の心を激しく乱す。
 タツヤのことが、高校の時に初めて会った時からずっと好きだった。どうにか釣り合うようになりたくて、身体も鍛えて外見も整えた。それなのに、幼馴染ってだけで横からかっさらわれる。
 昔の自分によく似た、たるんだ身体。地味な服装。外見磨きや努力なんて何もしていない。そんな全然頑張ってなさそうな奴に、好きな人を取られて返してもらえない。

「……絶対に許さねぇからな」

 思わず、聞こえるはずもないのに声に出してしまう。パソコンの画面いっぱいに、タツヤの腰に足を絡ませてはしたない声をあげる真木緒が映っていた。色が白くてぽっちゃりの身体は、まるでタイヤメーカーのマスコットキャラクターそっくり。風船みたいなマシュマロみたいな可愛らしい真木緒。その気持ちよさそうな顔を見るだけで亮は爪の先まで青白くして、ぶるぶると震える。
 嫌いだ、お前なんか大嫌いだ。無神経に喘ぎやがって。
 配線を引っこ抜く。接続が途切れ、パソコンの画面が真っ黒になった。はぁはぁ、と荒い息を吐く。風船みたいに、マシュマロみたいに、中身がからっぽのくせに可愛いともてはやされて愛される。そんな真木緒の事が、亮はホテルで顔を合わせる前から大嫌いだった。
 しかし、タツヤから不意に持ち掛けられた話。それに亮は全力で乗った。チャンスだと思った。真木緒のことは憎たらしいが、タツヤの事は諦められない。
 あいつが俺のことだけを見るようになった所でフッて、傷ついたタツヤの心の隙間に入り込みたかった。それなのに、それなのに……!


「……俺の気持ち、考えた事あるのか」


 ぽつりと亮はつぶやいた。もちろん、真木緒もタツヤも亮の気持ちなんか知らない。分かっているけれど、言わずにはいられなかった。
 真木緒を寝取ってタツヤに気持ちを伝えるはずが、二人の恋心を余計に燃え上がらせるだけになってしまった。大嫌いな人間と性行為をして頑張ったのに、何一つ報われなかった。
 ぽたりと涙が亮の目からこぼれた。一滴。二摘。たくさん。それはまるで外で降り続く雨のように。
 季節は五月の終わり。もうすぐ梅雨が始まる頃。ホテルの生垣に植えられた低木はウツギ。幹の中身がからっぽで真っ白で可憐な花を咲かせるウツギの木に咲く花を卯の花と呼ぶ。
 そんな綺麗で儚げな卯の花を腐らせるほどの雨が、いつまでもいつまでも降り続いていた。


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