これでも一応妻でしたので
『利子さん、こんにちは』
「……こんにちは」
新たな妻、利子さんがやって来てはや数日。私に負けず劣らず散歩をしていて、よく遭遇しています。
利子さんはとても綺麗な方で、どことなく見覚えのある……というより、おそらく利吉さんだと思います。
元の顔を知っているので気付いたものの、なんとまあ美しいんでしょうね。そりゃあ脇役は霞むわけですよ。
多分、というか絶対利吉さんは私のことを知らないし、女装して潜入しているということは、任務であることに間違いない。
極力、知らない振りをしておこう。
そんなことを考えながら散歩を続けていると、近くの木から矢羽根が飛んできた。
「(今夜、攻めるよ)」
ついに、きたか。
『(わかりました)』
矢羽根を飛ばしてきたの主である雑渡さんは、気配を現さないまま消えていった。
ポトリ、と苦無を一つ残したまま。
必要最低限の荷物は準備出来ている。あとは、“事”が終わって去るだけ。
* * *
城内が寝静まった頃、私はのそりと布団から起き上がる。
着物の下に、久し振りの忍装束を着込む。懐には苦難を一本、忍ばせる。この懐かしい感覚に、少しだけ気分が高揚する。
そろそろ、時間である。
私は障子を開け、待機している侍女に「目に何か入ったみたい」と井戸へ行くと伝える。
付き添うと言う侍女を言いくるめ、片目を押さえたまま歩き出す。
角を数回曲がり、侍女から火の灯りが完全に見えなくなる場所で、フッとその火を消した。
そして、先ほどまで押さえていた片目を出し、闇になれていない方の目を手で覆う。
気配と足音も消し、若様の部屋へと続く遠回りの通路を歩く。
この城の忍者は数も少なく、怠けきっている。というのも、城主が戦をする事もなく、忍者への任務は新しい女の南蛮人が売られていないかの確認ばかりで仕事らしい仕事をさせて貰っていないからである。
そんなモブタケ城の忍者が潜伏するのは、城主の部屋へ最短距離で続く東側の通路と、若様の部屋へ最短距離で続く西側の通路。城外にある、一番高い木。その三ヶ所を半日ずつ交代で回している。
ちなみに、このモブタケ城の忍者に見られないための遠回りではない。遠回りの通路にある窓は、モブタケ城の忍者が潜伏する三ヶ所が一度に見える位置なのだ。
いつものように、暗闇の中、交代役のモブタケ城の忍者の影が三つ、闇に現れる。それと同時に、小さな黒い影が一つ、二つと城壁から現れる。
きた、
私は、若様の部屋へと移動を開始する。おそらく、部屋の前へ着く頃には、城外にいるモブタケ城の忍者はご臨終である。
「あ、貴女は……」
『……こんばんは、利子さん』
おっと、狙いの日が被っていたようだ。
あと少しで若様の部屋という時に、ばったりと利吉さんと遭遇する。
「こんな真夜中に、火も灯さずどうしたのですか」
おっと、利吉さんが警戒態勢及び戦闘態勢になっている。
『えっと、利吉さん落ち着いて下さい。私、忍術学園の生徒です。もう辞めましたが』
「え、学園の」
少し落ち着いた利吉さんが、殺気をしまってくれた。
「この城に嫁いだんだね、けれど私も任務なんだ。夫をすまないな」
なるほど、モブタケ城の若様の暗殺の任務ということか。
『いえ、手間が省けます』
「え」
若様を利吉さんが担当してくれるなら、私は城主の殿様だけで済む。
何だか私、ツいてるな。
『あ、若様に一言だけいいですか?』
利吉さんに少しの時間を貰い、若様の部屋へと入室する。若様は、夜這いと勘違いして飛び起きる。
『失礼ながら若様、私の名をご存知でしょうか』
「はて、何じゃったかの。そんなことより近こう寄れ、楽しもうではないか!」
結局、若様は私の名を一度たりとも口にする事はないのだ。そして、興味もないのだ。
『……残念です』
どうやら、情けはかけなくて良さそうだ。
私は踵を返し、若様の部屋を退出した。後は、利吉さんがサクッと暗殺するのだろう。
とりあえず、若様と床を共にする前で良かった良かった。
さて、私も城主をサクッと暗殺しなければ。
いとも簡単に崩壊する城
(つまり、ここも脇役の城か)
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