ウワサの天女様(5/6)
食堂の一件で、私は改めて悟った。
油断してるとこれ死んじゃう。
兄貴はいないし、私を守ってくれる人は“ここ”にはいない。
やだ死にたくない。
こんな訳わかんない場所でくたばってたまるか。きっと兄貴も探してくれてる。それまで気をつければいい。いつもみたいに週一回の危険日だけ気をつけていれば、今日みたいに油断しなければきっと大丈夫。連れて逝かれないし帰れる、うんきっと帰れる。
そう、今は私しか私を守れない。
今の私に足りないもの、それは、
『心、頭、滅、却っ!』
ばさあああ、
心頭滅却すれば塩もまた甘し!
私は頭から塩を被った。
つまりは私は塩不足だったのだ。
ああ塩、私を清めたまえええ!
『あのすいません誰か』
あれは、食堂から戻ってすぐの話。トイレの場所を聞こうと思い、少し障子を開けて声を出した瞬間に佐藤くんと吉田くんが現れた。それも「誰かいませんか」って最後まで言う前に。やだこわい忍者こわい。
この二人は、やたら笑顔でトイレへと私を誘導する。そして案内されたはいいものの、なんか立って待っている。
え、トイレ終わるまで待つ気?
『あのすいません、帰り道覚えてますので待たなくていいですよっていうかどっか行って下さい』
トイレ待つとかどうなの?
昔の男は女への配慮ないの?
「また何かあったら声かけてねー、天女サマ」
「それでは失礼しますね」
去った二人を確認した私は、さっさとトイレを済まし、周囲を確認しながら人通りの少なそうな庭の方へ走って行った。
塩を被るために。
* * *
さて、ここはどこだろう。
心頭滅却で塩を被ったあと、来た道を戻ったはずなのに庭みたいなところ出てきた。
あれー変だなーおっかしいなーこの年で迷子とかどんだけー。
とりあえず進むか。進んでりゃどっかに着くだろうし塩被ってるからもう怖くないし。
「そこ、進まないほうが良いよ」
ぴたり、と足を止める。
「進むと落ちちゃうから」
なんとなく聞き覚えのある声で、佐藤くんや吉田くんの一味かもと恐る恐る振り向いた。
…………あ、親切な霊の田中。
『今朝の、田中でいいですか』
「うん、どうしちゃったの。田中なんて一言も言ってないし」
なんか田中じゃないらしい。じゃあ田中はどっから出たんだ?っていうか何で田中?
『あんた何で田中なの?』
「うん、ホントどうしちゃったの。田中なんて一言も言ってないし」
え、じゃあ田中は誰なの。
「俺は紺野紺之進っていうの。田中じゃないの」
『ん?こんの、しん?しん君ってこと?』
「紺野紺之進だ」
『なんで苗字二回言うの?』
「だ、か、ら!紺野が苗字で紺之進が名前!」
『なんだそのまどろっこしい名前、もう紺ちゃんでいい?』
「いいよ別に、好きにしなよもう」
目の前にいる親切な霊、紺ちゃんは面倒臭そうにため息を吐く。え、何で?
「で、あんたは」
『へ』
「塩まみれのあんたの名前」
………私の名前を求めてらっしゃる。
どうするべきか、いくら親切でも演技の可能性もある。こいつらアッチに連れて逝くためには手段選ばないし。
「あー、警戒しなくていいよ。別にあんたに取り憑こうとか殺そうとかも考えてないし」
『…………』
うそ、か?
それとも、
『……坂吉、です』
「ふーん、で、名前は?」
『だから坂吉だって言ってんじゃん聞こえないのこんな至近距離で』
「聞こえてるわ!坂吉だろ聞こえてるわ!俺が聞いてんのは下の名前!!」
ああ、そっちの名前か。
『………なんで聞くの』
「言いたくないの?そーとー変な名前なわけ?厠子とか?」
『おまふざけんなよ、厠って便所じゃねぇかコラ。卑弥子だ卑弥子』
あ、やべ言っちゃった。
『うそうそ、私田中子』
「卑弥子だろ」
『くっ、元田中め』
「だから田中じゃない」
何なのこいつ、訳わかんない。
「じゃ、よろしく卑弥子」
『………』
名前、呼ばれた。
他人から呼ばれるの、初めてだ。
『紺ちゃん』
「んー、なに」
去ろうとしていた紺ちゃんを呼び止めた。そういえば、誰かをニックネームで呼ぶのも初めてだ。
『…………よろしく』
「ほーい」
紺ちゃんか、こいつちょっといい霊かもしれない。
『そういえば、進んだら落ちるって何?ここ庭でしょ』
「うん、すぐ目の前に落とし穴があるから」
『え』
庭に落とし穴掘ってんの?こわっ!忍者こわっ!!
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