穴から始まる逃走劇2 (2/7)
『いや、とりあえずごめんね。助けるつもりが落ちちゃって』
無表情の彼は、話自体は聞いてくれているが、相変わらずこっちを見ない。
何?何でこっち見ないの?
「人、呼べば良かったのに」
ポツリと返される言葉。
何故か分からないけど、ちゃんと返事が返って来た事に有り難みを感じる。
だってこの人話通じないしね。
『あー、あたし思った事はすぐやっちゃうんだよ。助けたいと思ったらすぐ飛んでっちゃうしね』
「あんた真っ先に死ぬね」
わお、直球で来たな。
そりゃ自覚してるよ。
だってこの性格のお陰で何回も怪我したし、何度も死ぬ思いをしたもんよ。
「……お腹空いた、出る」
『へ?』
何を思ったのか、いや、何も考えてないと思うが、無表情の彼がサッと立ち上がった。
そういえば、あたしが落ちる前に「お腹空いたー」とか言っていた気がする。
しかし、明らかに自分の身長より深い穴からどうやって出るのか。
あたしが聞こうとした瞬間、隣にいた無表情の彼は軽々とジャンプした。
こう、シュンって。
『わー、忍者すごー』
身体能力の違いにビックリしちゃうよ。
あたしも悪戯仕掛け人やフィルチから逃げる時、階段から飛び降りたり、窓から飛び降りたりしてたけど………
何て言うか次元が違うよね。
…………あれ?
もしや、あたしは放置?
そう思っていたら、しゅるしゅるっと縄の梯子が上から降りてきた。
『あ、ありがとー』
ロープの梯子って初めて見た。不安定で登りにくいけど、非常時には使えるかも。
そう思いながら、ヒナは縄梯子を登った。
* * *
「縄梯子から落ちた人初めて見たー」
『………』
何を隠そう、もう隠すどころかバッチリ見られたんですけど、縄梯子が余りにも不安定なもんで、二回程足を踏み外して落ちた。
以前、階段を踏み外して転んだ時悪戯仕掛け人に大笑いされたことがある。特にジェームズとシリウス。
あの時は大笑いされてブチ切れたけど、本日、無表情と無言で見下ろされて、初めて笑われた方がマシだと思いました。
………あれ、作文?
「……次は知らないから」
『あ、うん、ありがとー』
さっさと去って行く無表情の彼。
そういえば、と言い忘れていた事を思い出し、慌てて彼の服を引っ張った。
………引っ張ったけど、足を止めることなくスタスタ歩く。
何この人。
ちょっと気ぃ使って止まるとか振り向くとかないの?
ま、いっか。
この短期間で慣れたよチクショー。
『あのさ、何かキハチローって人があの落とし穴の犯人みたい』
彼について行きながら、さっき彼が落ちた落とし穴を作った犯人を教える。
すると、立ち止まっただけじゃなく、いくら話してても全く合わなかった視線がバチリと合った。
『あたしもちょっと前に落ちちゃってさ、キミの分も仕返ししとくから!』
そう言って楽しそうにへらへら笑うヒナをほんの数秒見つめた後、無表情の彼は再び歩き始めた。
『あ、ちょっと待ってー。キミ名前…………うぎゃあっ!』
どしゃ。
本日、三回目の落とし穴。
ウソやん。
何この落とし穴率。高っ。
さっきの穴より深さは浅いが、とても抜け出せる深さではない。
上を見上げると、しゃがんだ無表情の彼がひょっこり穴の中を覗き込んでいた。
「だーいせーいこーう」
『へ?』
無表情の彼は全く笑ってはいないが、どことなく楽しそうにヒナを見下ろしていた。
「僕が喜八郎だよ、訳ありの通行人さん」
まさかのまさか。
キミがキハチローか。
でも何となく納得しちゃったよ。
「じゃ、頑張って下さーい」
『え、ちょ』
遠くなる足音と「仕返し期待してまーす」と言う遠くで聞こえる声。
『……………』
あれ、ウソ、ホントに行ったの?
まさかー、だって困った人が目の前の穴に埋まってんだよ?
ふつー助けるだろ。
あ、あの人ふつーじゃないや。
『せめてさっきの縄の梯子くらい掛けてけバカァァアアア!!』
本当に置き去りにされました。
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