もう一人の天女6 (6/7)




 
 
 
『本当にっ?!やったーっ!!ありがとうございまーすっ!』



ガバッと学園長に抱き付く。



「!!!貴様っ!!」

『んぎゃっ!』



交渉の末、一週間だけお世話になるという話に決まった。嬉しさの余り学園長に抱き付くヒナだったが、ベリッと引き剥がされる。



『な、なにすんのさ!』

「何をするだと?学園長先生に無礼するなど………」

『ただのハグじゃん』



ケロッとしていて悪気もない少女。



一体何なんだ。



全くもって真意が分からない。





ただ分かるのは、命を狙われる危険な存在だという事位だ。



何故、この時期なのか。



ヒナ以外の全員が、心の中で呟いた。









* * *










教師陣以外には他言無用という事にしてもらい、今は一週間お世話になる部屋に案内してもらっている。



『何かすみません、すぐ出て行きますんでこの学校のみんなは心配ないと思います』

「あ、そ、うですか……」



人の良さそうな先生に部屋まで連れて行ってもらいながら、断言する。



以前、特定の家に一緒に住まわせて貰った時は、その人達まで巻き込んでしまった。



海の世界に飛ばされた時も、乗せて貰ったクルー達にも迷惑をかけた。



だから、一箇所に留まる事は、そこのみんなを危険に晒すという事になるのだ。



「………あの、」

『?』



色々考えていると、人の良さそうな彼が気まずそうに口を開く。



「あの………貴女の世界では、その……あの様な事を……」

『………??』



あのようなコト、


あのようなコト、


ああ、ハグの事かな。



『うん、ハグもキスも挨拶みたいなもんだよー』

「はぐ…?…きす…?」



あれ?ここの世界の人には“ハグ”と“キス”って伝わんないの?



『んー、ハグはさっきのやつ!キスは……ちゅうだよ、ちゅう』

「……ちゅう?」



なぬ!!ちゅうもダメか!!


 
『じゃあ、ほっぺにちゅうしますね』

「ほっぺに?」



人の良さそうな彼が頬に触れて、首を傾げている。



あたしは頬に触れている彼の手をズラすと、背伸びをして「ちゅっ」とリップ音を鳴らしてキスをした。






「っ!!!!!?」

『これがキスだよー』


 
 


ケロッとしたヒナに対し、顔を真っ赤にしてキスされた頬を押さえる人の良さそうな彼。



「なっななななな!!ああ貴方は何してるんですか!!あって間もない人に、せせ…接吻なんて!!!」

『へ?せっけん?』



ヒナの方は理解してないようだが、人の良さそうな彼は「キス=ちゅう=接吻」と理解した。



「あまり、その様な事は……」

『ふーん、この世界でもしないんだねー。でも挨拶みたいなものだし、癖付いちゃってるから……』



見た目は黒髪で日本顔なヒナだが、目の色と着ている服を見ればひしひしと感じる異質感。



『あ、そーだ。お名前教えて貰ってもいいですか?』







………え、知らないのか?




彼女も他の天女達と同様に、我々が書物となっている世界から来たのではないのか?



「…………土井、です」

『ドイ……、よし覚えた!あ、もう一度自己紹介するね、あたしは黒峰ヒナ!よろしくお願いしまーっす』



土井と目が合いへらへらっと笑う彼女は、今は生徒達から見ることの出来なくなった輝かしい太陽の様な笑顔だった。



土井は、ふと思った。命を狙われて色々な異世界を渡っているのに何故笑っていられるのだろうか。





作り話だから?


それとも……………





楽しそうにスキップしながら、土井の先を進んで行くヒナ。



「!……黒峰さんっ!」

『へー?……わっ!』




どっしゃーん!!






ヒナの進んで行く先に、生徒が掘った落とし穴が待ち構えていた。



ほんの少し声をかけるタイミングが遅れたため、彼女は落ちた。




スキップしながら落ちた。





ま、間抜けすぎる。





…………とりあえず、間者の可能性は低い、のかもしれない。



そう思う土井が見つめる先には、落とし穴の底でへらへら笑っているヒナがいた。



思わず叫んだ呼び方が、“天女様”ではなく“黒峰さん”だった事に違和感を覚えつつ、土井は落とし穴に近付いた。




 







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