月夜にキスを奪われる



「明るいと思ったら今日は満月、か」


隣に座ってぼんやりと空を眺めながらお嬢様がぼそりと呟いた。
けれど、ここはエニエス・ロビーだ。
月が昇らないどころか、日が沈まないお陰で夜すら来ない。
ついにトチ狂ったかと溜め息を零すと同時にお嬢様が泣いていることに初めて気がついた。


「おい、お前何泣いて、」
「ウォーター・セブンは今ごろ満月なんだよ」


そう言われてお嬢様の意識は何年も任務の報告以上の連絡を寄越さずに居るアイツの所にあるのだと知らされた。


「エニエス・ロビーに月は昇らないけどさ、空は同じだよね」


お嬢様がアイツにキスを奪われたんだ、と頬を赤らめながら報告してきたあの日を思い出した。
おれは確か、キスぐらいで下らねェ、と一蹴したはずだ。
そう言わないと行き場のない想いが溢れてしまいそうで、抑える術を知らないおれはいつだって突き放すことでしかお嬢様への気持ちを断ち切れなかった。
もしもお嬢様にキスをしたのがおれだったら、お前の気持ちはおれに向いていたのか、なんて。


「わたしのこと、考えてるかなあ」
「さあな。向こうで別の女でも作ってんじゃねェの」
「ジャブラ!」
「冗談だ。ンなに怒るなよ」


不意にその唇で紡がれた自分の名前にどきりと跳ねた心臓の居心地が悪い。
半分くらい本気だった。
というか、願望。
アイツが向こうで別の女作ってりゃいいのに、な。
なんて、女々しい願望。


「やめてよぉ、」
「信じてやれよ」
「でも不安になるじゃん」


連絡もなんにもないし。
そう言って尖らされた唇に視線が引き寄せられる。
もしも、お前の唇を奪ったのがおれだったらいまごろお前の意識はおれに向いてたのか?
愚問でしかない。
答えなんか見つかるわけがない。
わかっていてももう止められない。遅い。
そっと身体を寄せると肩が触れた。


「なあ、おれお嬢様がすきだ」
「何、言って…」
「だから、お前のキス頂戴な」


意味がわからない、と顔を歪めたお嬢様の血色のいい唇に自分の唇を強引に重ねた。
柔らかい唇は少しだけ涙の味がした。
お嬢様の顔は見られなくて、顔を背けた先に見えた太陽は満月みたいにやけに明るくて目に痛かった。

月夜にキスを奪われる

(気持ちまで頂戴とは言わないから。)





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執筆者様の後書き

管理人のウルフ様、拙い文章をここまで読んでくださった皆様に最大の感謝を込めて。






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