07.上手なキスの仕方を教えて


未練など無いと言えば、嘘になる。

それは今、腕に回されたロープのようにずっと私の心に絡まっていた。過去と今、私と貴方を繋ぎ留めるこの一筋の縄が愛おしくて同じ位憎い。

「お嬢様、」
「……」

嗚呼、充満した鉄の香りの中で最後に見た貴方の驚いた顔が忘れられない。けれどそれ以上に私の脳裏に焼き付いて離れないまるで太陽のような笑顔が頭を過ぎる。

今、貴方はどちらの顔をしているの?

「戻ってきやがったのか」
「……」
「お嬢様」
「……」

貴方に会うつもりなんて無かった。過去を消すことなど出来ないから。それでも暗殺者ではなくなった今、許されるならただ貴方の笑顔が見たかった。
あの時のように夜に紛れて人に紛れて、存在を知らせる事なく一目だけでも見たいと願っていたんだ。

「お嬢様、よく此処に戻って来たな」
「…見付かるつもりなんて無かったのに、パウリーが見付けるから」
「あァ、おれは何処に居たってお前を見付けるだろうな」
「……馬鹿じゃないの」

小さく鼻で笑う音が聞こえてもの凄い力で引き寄せられた。食い込む縄がひりひりと痛い。
無理矢理振り向かされて肩を両手で捕まれる。それでも貴方の顔を見ることは出来ない。きっとあの時と同じ、憎悪の瞳に胸をえぐられるような思いをするのが怖かった。


「確かにおれは馬鹿なのかもしれねェ。けどお前はもっと馬鹿だ」
「……、」
「あんな下手くそな演技しやがって…!」

ズキリと胸が軋んで歪んだ表情を見られたくなくて俯いた。

「…、あんなキスで別れの挨拶をしたつもりなら許さねェ。気持ちの分からねェキスは認めねェぞおれは」
「…パウリー、」
「おれがお前に伝えてきた気持ちは全部本当の事だ」
「…ッ」

嗚呼、狡い。
狡いよパウリーは。

あの5年間も今も、真っ直ぐ過ぎる想いに胸が締め付けられる。
そうだった。貴方は何時も私を見てくれていて、それから好きだと言ってくれた。どんなに嬉しかったことか。それでも暗殺者という職業がその気持ちに応える事を許さなかった。あの時、あの別れの時に血まみれの貴方に私がしたキスは精一杯の愛情とお礼と、それから二度と会う事の叶わないお別れの挨拶。

貴方はそんな事気付いていないと思っていたのに。

「お嬢様」
「……」
「何で此処に来たんだよ。……おれに会いに来たんじゃねェのか」
「……」
「お前が此処に現れたのは、期待して良いって事なんだろ?」
「……、」
「何も教えてくれねェんだな。あの時みたいに」

辛い。こんなにも好きな気持ちを素直に伝えられないのが辛い。
何て私は馬鹿なんだろう。どうしても会いたくて皆の制止を振り切ってまでも再びこの街を訪れたというのに、どうして謝る事が出来ないのか。貴方を真っ直ぐ見詰める事すら出来ないなんて情けない。

そうしていると不意に顎を乱暴に掴まれる。それから突然降って来たキスに驚いた。貴方の顔を視界に入れまいとしてきた私の決意はあっさりと崩れ去って、離れていく碧い瞳に吸い込まれた。

「…お前の気持ちは知らねェが、おれのは本気だ」
「……パウリー」
「好きだ。お前があの時おれ達を傷付けたのは事実でも…あの5年間は嘘じゃねェんだろ?おれに笑いかけてくれてたのは、本当のお前だって信じてんだ」

今はもうスーツに身を包む貴方だけど、変わらず香る葉巻と木の匂いに包まれる。
まるで思い出せと言わんばかりに抱きしめられて溢れ出す涙が止まりそうにない。
この涙の勢いに任せてしか気持ちを伝えられない私をどうか許して欲しい。


「パ、ウリー」
「何だ」
「ずっとね、ずっと…好きだった」
「…あァ」
「私のあのキスも、本気だったよ。もう会えないと思って…でも、応えたかった」
「…ならあんな下手なもんすんな。キスとかそういうもんはもっと気持ちが伝わるようにするもんだろ」
「ふふ…、破廉恥」
「馬鹿。本気なら破廉恥だって構いやしねェよ」

抱きしめる腕がますますキツくなる。
嗚呼、本当に貴方の言葉も腕も体温からさえも、確かな想いが伝わって来て少しだけそんな貴方が羨ましく思う。

「ね、パウリー」
「ん?」

優しいキスの仕方を教えて

――――――――――

執筆者様の後書き

素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました!



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -