03.まるで恋のように


「別にかまやしねェが……あー……いいのか? あんなんで」

「あんなんだから、いい。毒にも薬にもならねえ奴だが俺の素性を知っていて、しかもあのマヌケ面だ」

相手方も油断する。そう言い切って男は笑った。その鋭い眼差しはお嬢様が出ていった扉を射抜いている。

……このような任務を下した際はえてして彼は不機嫌になったものだ。それが今はこの反応。スパンダムはごくりと喉を鳴らしてコーヒーの最後の一口を飲み干した。

「だがなァ……一応フォーマルな……その、パーティーだからな。仕事を受けるってことは」

「おお。ヒラヒラしたのをはかせてクルクル回らしときゃ良いんだろ」

「いや、お前がリードしねえと」

だいたいこういった面倒臭い仕事はルッチ、もしくはカクがこなしている。W7に籍を移した後も内密に連絡を取って申し付けてきた。それをジャブラに持ち掛けたのはほんの気まぐれに過ぎなかった――しかし断られることを前提にした話は意外な人物まで引っ張り出してきた。

いくらCP9の候補として生きていた時があるとはいえ、彼女は戦闘に関しては全くの落第生だった。殺すよりも生かすための仕事を選んだその人間をジャブラは今回のパートナーにしたいという。しかも理由は純粋な自身の楽しみのため。

例え相手方の警戒心を緩めるためだけの連れであったとしても、暗殺という非常な仕事に関わるのであれば危険は付き纏う。敵だって馬鹿ではない。

何よりジャブラが離れて一人きり、ぽつねんとホールに取り残されたお嬢様がありありと想像できてスパンダムは珍しく他人を哀れんだ。

「お嬢様は素人同然だ。戦力にはならねえ」

「期待してねえ。あいつはめくらましになれば上等だ」

「他にはいないのか。ほら、いたろ、あの、好きな女が」

「……ッ ギャッ……ギャサリンはダメだ! 危ねえだろ」

「いや、お嬢様だって危ないだろ」

ジャブラにとってのお嬢様は庇護するべき女ではなかった。生意気で、素直で、しなやかで、まるで鍛えられた鉄のように熱い。側にあると心地良い半面、時折忘れた傷を疼かせる人間。開かれた傷をなめあう関係でもないのに側にある二人は互いの奇妙な関係に安らぎさえ覚えている。

最近の彼の彼女への執着はそういった感情の機微に疎いスパンダムから見ても明らかだった。

「……まあ、俺もわざわざルッチに人使いが荒いと小言を言われなくて済むならありがてえが。あいつを連れてくくらいなら女は手配するぞ」

「他の女じゃつまらねえだろうが……おい、お嬢様!」

扉を開け放ち、大声で呼ばれた彼女はまたスパンダムがコーヒーを零したのだと勘違いをしてタオルと水を張ったバケツを携えてやってきた。大股で歩くその姿からは怒気が溢れている。本当ならば厨房で研鑽を積むはずのコックは最近こんな仕事ばかりに明け暮れていた。

「スパンダムさま、かえの絨毯がもうありません」

「こぼしてねえ! おいコラ雑巾でシャツを拭くな!」

「顔もふいてやれ。ぎゃはは」

雑巾を振り払ったスパンダムは勢い余ってお嬢様の体まで払ってしまった。ぐらりと揺れた彼女は自身が持ってきたバケツへと吸い込まれるように倒れて行く。

「お嬢様……!」

差し出されたスパンダムの手を掴もうとするもお嬢様は呆気なく倒れた。惨事を覚悟した彼女は水浸しになるはずだった自分が今どういう状態かを把握出来ずに固まる。

「ドレスコードは?」

「黒タイだ……ていうか、お前らなんなんだ。まさかお嬢様が好きなんじゃねえのか」

「おもしろくねえ冗談だな。おら、大福ー」

お嬢様は力の限り暴れたが全く歯が立たない。デジャヴュに襲われながらあまりの理不尽な扱いに彼女の目には涙が滲んだ。ジャブラにがんじがらめにされながら弄ばれて、さらには頬をしたたかに抓られているのだ。

「いはいいはい! やへてくあはい!」

「こいつの服代は経費で落ちるか?」

「落ちねえ……そういったら連れてかねえか?」

(些細な独占欲は決して甘い感情の揺らぎからくるものではない。ただ、奪われるかもしれないと思ったその時"離してはならない"と眼底に警告がちらついた)

「わはは、長官。ちょっとおかしいぜ。まるで――」

「おかしいのはてめえだ。なんでそいつにこだわりやがる。まるで――」

意図的に噛み殺した言葉が宙に漂う。

「……ありえねえ」

「同感だ。だが、殺すなよ。やっとコーヒーが飲める味になったんだ」

「始めと終に二回踊って帰ればいいんだぜ。死ぬ要素なんてどこにありやがる。お、れ、が、エスコートしてやるんだ」

「ドレスは、お、れ、が、選んでやる。仕事の前と後はちゃんと踊ってやれ。そうでないと女は惨めだ」


(まるで恋のように)


鎌首を擡げる独占欲、庇護欲、ライバルへの対抗意識。恋慕でないのが彼女を含めた彼らにとって唯一の幸いだった。

「痛いから離して下さいとっ……何度言えばわかるんですか!」

ジャブラの腕の中から逃げ出したお嬢様は見事に転んで本来あるべき結末を迎えた。





(最後はワルツか……怠いな)

(いやあああシャツに赤いの……ムッ)

(――shall we dance?)

――――――――――

執筆者様の後書き

書き進めていたらスパンダムVSジャブラに……。

ジャブラにエスコートして欲しくて『ダンスパーティー中の暗殺任務』の話を書いたのですが、話中にどうしても説明を入れられず、わかりにくくなってしまいました。すみませんでした……!



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