01.甘く痺れるかなしばり


一度に3件迫っていた納期に加えて、立て続けにあった海賊との乱闘。お陰様で若干いつもよりくたびれた様子のおれ達は、それでも職人にしか解らない心地良い疲労感とガレーラの誇りを胸に、ドクロの旗を掲げた一隻の船を見送る。

「あはは、まだ手振ってるよ」


隣に座っていたお嬢様が呟いて初めて、肩と肩が触れてしまう程の距離に気が付いた。いつの間にか近付いて来たのか初めからそこにいたのか、ごく自然なようにも思えるこの位置に今更を感じる自分にも少し驚く。

「……暑ィな、今日は」
「そう?」

じりりと尻で堤防の上を移動してお嬢様に少し距離をとった。今までは気にならなかった距離感が何だか近過ぎるような気がしたからだ。お嬢様の顔は見られなくて、両手を後ろについて空を見上げた。

「もう船の上は宴かな」
「かもな」
「ウチも今夜はアイスバーグさんの奢りで飲みらしいよ」
「おっ本当か!」

いい事聞いた。給料日前で苦しいこの時期に酒が飲めるなんてツイてる。いや、今日は本当にいい仕事した。
そのままの姿勢で何を食おうかなんて思いを巡らせていると、何かがぽすりと膝の上に置かれた。ハットリ……にしては重てェな。どっこいせ、と上体を起こす。起こして見つけたそれに、驚愕した。


「うおァ!!ななななな何してんだよてめェは!」

堤防に横になったお嬢様の頭がおれの膝の上に乗っていた。頭が、膝に。頭が。クソ、これはあれだ、所謂、そう、膝枕。


「重たかったら退きます」
「重くはねェ、けど……!」

下から真っ直ぐに見つめられて、既に思考が途切れ途切れになっていたおれは何故だかそう答えてしまった。未だかつてない密着度に頬が熱くなるのをリアルに感じる。



「パウリーまっかだ」
「う、るせェ黙れ!こっち見んな!」

自覚のある頬を指摘されて耐えきれなくなってお嬢様の目元を手で覆う。静かになったものの笑んだ形のままの唇にまた体温が上がった気がする。いい加減にしろ、おれ、どこ見てんだ!


「大体何なんだよてめェは、いきなり人の膝に頭を乗せるなんてどういう神経してんだ」
「……」
「船大工なんかやってるけど一応女なんだからよ、その辺ちょっとは考えろ」
「……」
「こんなことしたら勘違いする野郎もいるんだからな」
「……」



しかしそうやって言いながら、いつの間にかこいつを女だと意識していたのも、今妙な勘違いをしそうになっているのも全て、他でもないおれ自身だった。

「聞いてんのか、コラ」

そんな思いを知ってか知らずか、言い訳がましい説教に返事すらしなくなったお嬢様に乗せた手を退かした。生意気そうに見上げてくると思ったのに、おれ達の視線が合うことはなかった。
お嬢様の瞼はしっかりと閉じられていて、加えて規則的に上下する胸。とうとう溜め息がこぼれる。

「勘弁してくれよ……」


普段はすきなんて見せないくせに、こいつはときどきこうやって無防備な部分をおれに曝す。
でもこれは誰が何と言おうがさすがにハレンチだろ。そう怒鳴ってやろうと思って口を開いた。が、それは音にならなかった。お嬢様の目元、うっすらと出来た隈に気付いてしまった。

泣き言は言わねェ。弱音も吐かねェ。ましてや仕事に関して疲れたなんて聞いたこともねェ。そんなそこら辺の野郎共よりよっぽど男らしい根性を持っているこいつも、さすがに今回は堪えたのかもしれない。
そう考えると他の誰でもなくおれを頼ってくることが急に嬉しくなる。お嬢様の様子に気が付いてにやにやと視線を送ってくる同僚たちのそれにも何とか耐えられそうな気がしてきた。









船はもう米粒より小さい点になっている。時折太陽の光が反射してきらめく水面の上に浮かぶその姿は今にも見えなくなりそうだった。


「パウリー、まだ店行っとらんのか」
「ああ、後から行く」



もとからぐだぐだと女々しく考えこめるような質じゃねェ。
いつだって上昇思考じゃなけりゃあ、ギャンブルだってやってらんねェだろ。おれはおれの良いように考えることにする。じんわりと温い膝に乗る体温が、愛しいものだと素直に認めるんだ。

「めずらしいのう」

含み笑いのカクを尻目に、おれはお嬢様が目を覚ますのをひたすら待つことにした。そりゃあもう、主人に待てを言い渡された忠犬の従順さで。



甘く痺れるかなしばり
(他のやつにはやるんじゃねェぞ)



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執筆者様の後書き

本当に素敵な企画に参加させていただいてありがとうございました!



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