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イメチェンU!


「い、今何ておっしゃいました?」

聞き間違えか。そう思って主人に聞き返すこの行為は、本来ならば無礼にあたる。その意味が分かっているなら尚更。しかし今はどうか大目に見てほしい。あって欲しくない言葉を、聞いたからだ。

「だから、焔(ホムラ)学園に入る事にしたから、葵(アオイ)もついて来て」
「ホムラって……、あの焔ですか!?」
「そう、その焔学園」
「……正気ですか……!」
「うん」

別に、学校なんてどこだって同じだ。この麗しく、かつご聡明な雅志(マサシ)様の手にかかれば、どんな難関校であってもトップに立つことは間違いない。だがこれとそれとは話が別だ。この、焔学園は確かに有名、かつ優秀な学校だ。しかし、この学校にはとんでもない裏話が隠されている。全寮制にして男子校、その上ホモだらけ……。普通の男すら虜にしてしまう雅志様がここへ行ったらどんな事になるか……考えただけでも恐ろしい。そんな危険な所にこの雅志様をお連れするわけがない。このお美しい雅志様が放っておかれるわけがない、あっという間に野蛮な連中に毒されてしまう……!そんな野蛮人達の巣窟へと雅志様を送るなどとんでもない!僕はもちろん猛反対した。

「だ、ダダダダメです!!あそこだけはダメです!雅志様、あそこには雅志様の敵が生息している猛獣地帯です!貴方様の身に何かあれば僕は死んでしまいます!どうかお考えを改めて下さい……!!」
「何で?」
「な、何でもです!危険です!」
「でも、焔は葵が……」
「そんな考えは止して下さい、僕は……」
「葵、本当に行きたくないの?前、あそこに通ってたんでしょう?会いたい人がいる、って言ってたんじゃないの?」

ズバリ、雅志様は僕の事情を知っている。僕があそこへの転入を反対する理由、それは僕が一番あそこの恐ろしさをよく知っているからだ。親衛隊という悪質なファンクラブによって、退学へ追い込まれた僕だからこそ。

「…………ですが、」
「僕も行って見たい。葵が育って来た学校」

反対だったのは、もちろん第一に雅志様の身を案じたから。けれどそれだけではない、僕が、雅志様をあの学園に連れて行きたくないのは、あそこには僕の未練と後悔が大いに詰まっているのだ。だから、そんな些細なものに、この世で一番、何よりも大切な雅志様を巻き込みたくなかった。だから僕はどうしても反対だった。

「どうしてもだめ?」
「……断固、反対です」
「そう……それならーー」

頑として賛成しない僕に、少し寂しそうな顔をしている雅志様が可愛らしーーじゃなくて、そんな表情が心に突き刺さってくる。が、どんな理由があれ、僕が譲ることは出来ない。なにがあっても、僕は考えを変えるつもりはない。雅志様も、きっと僕の忠告を聞き入れてくださるはず。……そのはずだ。

「しかたないよね。葵がそこまで言うなら、」
「雅志様っ、分かって下さいましたか!?」
「うん、葵じゃない子を連れて行くよ」
「はい!………………え?」

雅志様のお言葉を聞いた次の瞬間。私はさらに頭が真っ白になった。別の誰かが、雅志様の側に……そう考えただけで、僕は死んでしまいたくなった。

「うん、誰がいいかな、葵と同い年の人がいいかな」
「ちょ、え、お、お待ちください!つ、つまり、僕以外を、お側に置かれるということですか……?」
「うん。でも仕方ないよね?僕は葵が大事だから葵が嫌なことはしたくないし……でも、僕は葵が育って来た学校がみてみたいんだ」
「雅志様が……」

余りのショックに、僕は自分で何を言っているかも分からなくなった。そして、呆然としても、僕が次にしなければならないのは。

「ん?」
「雅志様に僕はひつようないんだああああああ!」
「!?」

雅志様の大きなお屋敷で大声を上げてしまったのは、後から思えば申し訳ないと思うが、今の僕にはただ一つの事しか頭にない。それを胸に僕は飛び降り自殺を図るべく三階のベランダまでダッシュした。

あと少しで大空へ羽ばたける、という時だった。追いついた雅志様は、僕の行為を辞めさせようとしているのか僕の腕をガッチリつかんで離しては下さらない。そんな雅志様に、僕は叫びながら懇願する。

「なななななにやってるの!葵、やめなさい!」
「雅志様おやめ下さい!僕は生きる意味のない人間です雅志様のお世話が出来ない即ち死を意味します!どうかこの役立たずの旅立ちを優しくお見守り下さい!」
「ダメに決まってんでしょうが!どこに旅立とうとしてるの!大丈夫さっきのは冗談だから、僕にだって葵以外いるはずないでしょ!葵以外連れていきたくないよ!」

必死に飛び立とうとする僕に、雅志様はそう、優しく声をかけてくださった。僕はその声にはっとして動きを止める。そうかあれは雅志様の冗談だったのか。雅志様史上主義の僕は、雅志様の言葉にホッとした反面、青ざめた。

「……はい、申し訳ございません、僕とした事が雅志様の冗談にすら気付けないとは……この畜生、死んでお詫びをーー」
「それ止めれ、エンドレスにする気かド阿呆!」

時々出る、怖い雅志様が僕を拳でぶん殴った。それから色々巡って最終的に僕は雅志様のお付きとして、焔学園に再入学する事となった。

諸事情故の強制退学ともなれば、普通再入学など認められるわけもないが、そこは雅志様のお家のお力で色々アレしたらしい。さすが雅志様のご実家、五条(ゴジョウ)家だ。

現在のご当主は、雅志様の御祖父にあたる。随分なお年だが、まだまだ若いのには負けん、と元気に組織をまとめていらっしゃる。僕も何度かお会いしたが、僕を大層気に入って下さりいつも可愛がって頂いている。もちろん、雅志様のご両親にも日頃からとてもお世話になっている。皆いい方達ばかりで、僕はとてもとても頭が上がらない。まさか、両親に売られた先がこんな良い組だなんて、僕も人生捨てたもんじゃないと思う。だから僕は、雅志様のお付きとして一生雅志様の身をお守りするのだ。僕の命に変えても。

「雅志様!お車のご用意出来やした!」
「ああ、わかった。葵、行こう」
「はい!」
「葵、坊のこと頼んだぜ!」
「はい、僕のこの命に変えても雅志様をお守りします!」
「……もういいから行こう、恥ずかしい」
「あああ、雅志様達者で!」
「何かあったら言って下さい、そん輩ぁブッ殺しに乗り込んでやりますぜ!」

こんな風に、僕と雅志様は旅立ちを惜しまれながら、学園へと向かっていった。今季、雅志様と僕は焔学園の2年生となる。この先になにが待ち受けているかなんて分かるはずもなかったが、僕は雅志様に危害が加わらぬよう、死ぬ気でお守りしようと心に誓った。


(雅志様、そういえば木刀所持のオッケー出ました?)
(ああ、多分大丈夫、だって僕だもん)
(……そうですね!)






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