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イメチェン!!!


「ね、どうなの?三國会長?」

大勢が集まった昼食時の食堂でも、彼の凛とした声は皆の耳に届いていた。事情を知るこの場にいる全員、と言っても野猿こと西条(サイジョウ)が知る訳もなく、1人どうしたんだ、あの2人どういう関係なんだ、とそう喚いていたが、知る生徒は皆口を閉ざし固唾を飲んで2人を見守った。坂巻少年も、西条の取り巻き達に睨まれつつも、隣にいる西条を黙らせようと奮闘しながら2人を見守っていた。

自分をどうしたいのか、これからどうすればいいのか、市村隊長は三國会長にそう問うた。だが、彼の当の三國は、言葉を聞いたきりうんともすんとも言わない。とは言え、皆の知る市村隊長は我慢強いし、三國会長のためなら自分を投げ打つような人だ、きっと、会長の考えが纏まるまで優しく待ってあげるのだろう、皆そう、思っていた。それが、"市村隊長"という人だった。しかし、次に紡がれる市村隊長の言葉に一同が凍り付く。

「……とっとと応えろこのグズッ……」
「え」
「チッ、早く応えてくださいこんな待ってたら休み時間が終わります。あと5分で考えが纏まんないならもう僕先帰ります」
「あ、……ああ、分かっ、た……」

戸惑う三國会長を目の前に、市村隊長は淡々と、無表情に言い放った。その場に居た皆は耳を疑い、未だ喚く西条の隣で坂巻少年は1人顔を手で覆っていた。練習の成果が、ここで既に発揮されてしまっていた。Sに目覚めつつあるその成果が。そしてあっと言う間にその5分が経過する。

「5分経ちました」
「ああ……」
「?結局何も言わないんですか?僕もう待ってらんないんで帰りーー」
「ま、待て、大丈夫だ、もう纏まった……。あのな、俺は……確かに、夏がーー」
「公共の場所なんで"市村"か"隊長"でお願いします」
「………………市村、が、ちゃんと好きだったし、愛ーー」
「長いです。手短に別れるか別れないのかだけでお願いします

「………………お、おお。じゃあ、言うぞ?いいんだな」

今までとは違う市村隊長の様子に三國会長も彼の本気を感じとったのだろう。戸惑いつつも、ハッキリと覚悟を決めていた。市村隊長も、三國会長も、互いに目を逸らす事はなかった。

「はい」
「…………別れてほしい。俺は、×××に本気だ」
「…………そう、」
「ああ、……悪い」
「…………」
「俺だって、悪いとは思っーー」

別れの言葉を口にした瞬間も、市村隊長は無表情だった。これしか、今の彼には出来なかったのだ。強くあるために、悲しい感情を押し殺すために、作り上げた精一杯の彼の強がり。だが、そんな市村"隊長"の強がりもここで、限界がきてしまっていた。別れる、その現実を噛み締めた途端に決壊してしまった。

ポロポロ、ポロポロ、必死で無表情を作り上げようとしても、どうしてもダメだった。拭っても拭っても、涙は止まらなかった。皆が一様に、西条さえもが息を呑んだ。

「ナツ」

微かに聞こえたのは三國会長の声。一番好きなはずの彼の声が、今は恋に敗れた自分を、ますます惨めにしているかのように思えて一層涙は勢いを増した。その時にふと、小さかったが心に響く声がした。

「夏先輩……」

それは至極小さな声だったが、市村の耳にはハッキリと届いていた。優しくて頼もしい、その声が。ハッと、声の主を見れば、涙に滲む彼の目にぼんやり彼が映った。もっと良く見たくて涙を拭い再び見るそこには、自分の事のように悔しそうで、それでも自分の為にと近寄る事さえ我慢している、彼の姿。その姿が一瞬だけ、市村の目には鮮明に映った。すぐに涙でボヤけてしまったが、自分を心配する彼の姿がありありと想像できる。
ああもう、可愛い。
そして市村はもう、吹っ切れたかのように、全てを捨て去り脱兎の如く駆け出した。
三國会長をブン殴った後に坂巻少年目掛けて。

「ゴボアッ!!」
「ゴフッゥ!!」

倒れ込む三國会長には目もくれず、坂巻少年の呻き声と共に市村は地面に倒れ、彼の胸に顔を埋めた。もうどうにでもなれ、この子がいれば何とでもなる気がする。市村は事前にこうこうなってしまうだろう事も予想していた。だから、ある意味彼の思惑通りに事が進んでしまった。彼はクス、とこっそり笑うと坂巻少年の香りを胸一杯に吸い込んだ。三國会長には大分劣るかもしれないが、自分を最後まで気にかけてくれたのは彼でもある、そう思うと、失恋のショックが和らぐような気がしていた。

「三國会長に殴りかかるとか……それもそうと、俺も、ものすごいキいたんですけど先輩の頭突き……多分鳩尾入りましたよ、死ぬかと思いました、鳩尾ですよ」

ハア、とため息が聞こえたかと思えば、静かにつぶやく彼の声。市村はぎゅうっと腕を締める事で彼の声に返事をした。

「痛いです痛いです締まってます……!」
「ばか」
「……いきなり抱きついてきてバカとは、失礼ですね……夏先輩こそバカじゃないですか、こんな所で関係バラしちゃって……俺、殺されます」
「大丈夫、僕の親衛隊がいるよ。しいちゃんをストーカーしてくれるから大丈夫」

ストーカー集団

それは市村夏親衛隊の別名である。一般の生徒は知らない者も多いが、親衛隊の界隈では有名な話だった。

市村夏は、その中性的かつ美しい顔立ちから変な輩に狙われやすい。そんな彼を守るべく結成された親衛隊は、正に市村夏を守るためだけに動く。その守り方は他隊とは全く違う性質を持ち、暴力的、直接的制裁はタブーとされている。だが代わりに許されるのは要注意人物の徹底的マークと、その人物への欠かさない手紙である。

初めは、市村夏は迷惑している、付き纏うのを辞めろ、そんな内容の手紙からはじまる。市村親衛隊が直接的姿を見せることはまずないため、全て手紙でやりとりするのだ。だが、その手紙の内容が余りにも異常だというので、しつこい付き纏いも、一ヶ月もすればなくなるという。内容は受け取った本人にしか分からないが、被害者(加害者でもある)は皆一様に、ストーカーに目を付けられたんだと青ざめた顔でそう言うのだという。それ以外、皆口を閉ざしてしまう。故に、彼らはそう呼ばれているのだ。

そしてこの時、坂巻少年も、そういった類いの話は知っていたらしい。顔をひきつらせて拒否した。

「…………遠慮させて頂きます」
「うるさい却下、僕に勝てないくせに生意気言うなばか」
「……うっ、色々突っ込みたいんですけど、先輩みたいな綺麗な人にそうやって貶される一般人がどれだけ惨めか分かって言ってます?先輩ほんとドSですか?ドSになっちゃったんですか」
「そうかもしれないね。でも、これってしいちゃんのせいだ」
「……違うと思いたいですが合っているような違うような……、そんな事より今は兎に角、この状況どうにかーー」
「おいアンタ!会長と椎奈になんて事してんだよ!お前ら親衛隊なんかがこうやって椎奈達を虐めてるから椎奈は友達が出来ないんだかんな!!謝れよ!!」
「……出やがった」

呟いたのは市村だった。そして次の瞬間、市村が構える暇もなく、彼は坂巻少年から引き剥がされ地面に引き倒された。痛みに顔をしかめる。視界の片隅に、自分の親衛隊が助けに入ろうとしている姿が目に入った。しかし、市村は見つめながら首を横に降る事で彼らを静止させた。ここで彼らに出てこられてはさらに厄介になることは必然、それに、彼が1人であればそれだけ他生徒の同情を誘う事も出来る。そういう所はキチンと抑えており、彼が親衛隊隊長の地位に居られる所以でもあった。

「ちょっ、西条、彼は違うんだ、あれはちょっとした事故でーー」
「大丈夫だ椎奈、俺はお前の味方だかんな!」
「お前っ、話を、聞けっての!だから、市村、夏先輩は、俺の……」

勝手に決めつけ、坂巻少年の肩を両腕で掴み動けないように拘束する西条に、坂巻少年は必死で抵抗し吐き捨てるように言った。だが、彼の文句の言葉が終わらぬ内に再び坂巻少年は市村の腕の中に引き戻された。

「お前!また2人に酷い事してみろ!俺はお前ら親衛隊を許さーー」
「黙れ性病!」
「ちょっ……下品!」

ブッと吹き出したのは誰だったか、誰もがア然と市村"隊長"だったはずのその人を見やった。今その形の良い口から紡がれた言葉は酷く下品な罵倒ではなかったか。耳を疑った者は、決して少なくはない。

「ちょ、やめろよ!そんな根拠のない話、誰も信じるワケーー」
「根拠ならあるもん、僕の親衛隊が言ってた、転入してきた野猿はいろんなやつと生でヤってるから絶対性病になってるって」
「っ、しょ、証拠なんてないだろ!そんなのデタラメだ!」
「え?あるよ。僕のとこの親衛隊長が、アンタがS◯Xしてるビデオ全部そろえてたから。今度みせたげる」
「……そ、それって犯罪だろ!お、おじさんに言って訴えーー」
「訴えるの?でもそしたら君が明らかに違法な媚薬使ってるとことか、生徒会の皆サマが不法侵入してる姿が入ったビデオを証拠として提出することになるけど……それでもいいなら」
「!?」

さすが、といったところだろうか。次々に発覚する西条の綻びを、市村は一刀両断していった。最終的に、二の句も告げなくなった西条は、ギリリと市村を睨みあげる。だが、西条は気づいていない。今の一連の話を聞き、西条に不信を抱き始めた面々の視線に。

「……性病くん、どうする?」
「お、俺はっ……性病なんかじゃない!!」

最終的に、彼は羞恥に耐えきれずその場から走って逃げ出した。未だ嘗て、西条をここまで暴いた人物は居らず、市村とその親衛隊はある意味尊敬を集めるようになった。そして他方で、一番敵に回してはいけない親衛隊がどこであるのかを知らしめることとなった。

「お、い」
「?」

かすれたような声で、誰かを呼ぶ声が市村の耳に入る。何か、と思ってそちらを見やれば、三國会長が射殺さんばかりの眼光でこちらを見やっているではないか。頬の怪我は痛々しいが。市村の鼓動は、激しく波打った。あの目を向けられたのが自分だろう事が分かっているから、市村の胸は締め付けられるように激しく痛んだ。終わりだ、そう思うと手足の先から感覚がなくなっていくかのようだった。

「みちゃだめです」
「!」

ふわり、その人の香りがしたかと思えば、市村は抱きしめていたはずの坂巻少年にそっと肩を抱かれ目を塞がれた。真っ暗になった視界からは、怒りを帯びた彼の目は見えなくなった。

「先輩、この日のために一生懸命練習しましたよね?言っちゃいましょう、今が、溜まりに溜まった不満を会長にぶつける時です」
「何コソコソやってやがる……夏、お前、俺を殴りつけた上、お前の言った言葉で×××も傷付いた。わかってんだろうなぁ……オイ!聞いてんのか夏!」

自分には向けられた事のない怒号に、市村はビクリと体を震わせた。恐くて仕方がなかった。しかし、今の市村には強い味方がいる。恐ろしさも、彼の手にかかればどうとでもなる。市村は、坂巻少年の言葉に勇気付けられていた。

「大丈夫です!俺がずっと側にいますから、思いっきりヤっちゃいましょう!会長が泣いて土下座してくる位に……」

多少不穏な言葉が飛び出したりもしたが、市村は大いに励まされた。坂巻少年の言葉から暫く、意を決してコクリと頷く。ゆっくりと目を覆っていた手が外され、彼の目が完全に開放される直前。市村は目を瞑ると大声で吐露しはじめたのだった。

「黙れこの豚野郎!」
「え!そこから入っーー」
「僕がいつまでも弱いなんておもったら大間違いだよ!僕にはもう力では勝てないくせにただ小さいからバカにしてっ、このナルシストっ貧弱野郎っ!僕が何にも出来ないようにぜんぶ制限するとかどんだけ用意周到なんだよガチガチに縛りつけるとか、お前は女子か!おまけに理由つけて僕を強姦するとかまじサイテー、『お前の泣き顔に欲情した』とかクセーんだよ、どこのジジイだ!ってか中学生の強姦魔とかどこの漫画だよお前の頭湧いてんじゃないの、蛆虫!粗◯ン!早漏!ヘタクソ!」
「…………」
「ああー……なんか、三國会長ドンマイ……特に最後の方」
「坂巻のがおっきかったもんね、それ以外は粗チ◯だと思うといいよって親衛隊が言ってたし、坂巻のはおっきすぎて女の子に嫌われちゃってまだ童貞ーー」
「おねがい先輩俺の情報は垂れ流しにしないで下さいってかなんでそんな事まで知ってんですか!アレですか、ストーカー集団の入れ知恵ですか!?もう……俺もう恥ずかしくてお婿に行けない」

余りにも、予想だにしなかった暴言の数々に一同は目をひん剥いて渦中の人物たちを見やっていた。会長って市村隊長一途にみえてサイテーだったんだ、会長は粗◯ン、坂巻は大きい、童貞、等々、あっという間にヒソヒソ話は広まっていった。


それから。

事が完全に収束したのは、遅れて駆けつけた風紀委員が一同を散らし、廃人の如くどんよりとした会長を生徒会室まで送り届け、坂巻少年に抱きついて離れようとしない市村を引き剥がして教室に送り届けたあとであった。



終われ\(^p^)/






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