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イメチェン!


その出逢いは偶然か必然か、彼らは運命的にも出会ってしまった。

「……あれ、あなたは……」

片や、とある人物の台頭により引き起こされた混乱の最中、不幸にも野猿に目を付けられ、フツメンながら有名人を体で誘惑した淫乱野郎、と称されるほど学校中に勘違いされ続けている不幸少年。

「……ッグズ、お前、見たなっーー!」

片や、学校一と称される美貌を持ちながら、かの騒動により彼氏を寝取られた形となり、校内中の同情を誘っている悲劇のヒロイン。

幸か不幸か、彼らは出会ってしまったのだ。

「……どこから見てたの?」
「いや、俺何も見てない俺ウソツカナイホントホント……ひいいいいいいいゴメンなさいホントの事言うんでその握り締めた拳構えないで下さいっ!!……ひいいいいいいい!!」




その日の彼は、ひどく悲しい気分だった。最近この学園にやって来たという野猿(彼にはその程度の認識しかない)に構いっきりで、彼氏が、彼に会いに来る事をしなくなった。最初の内は、野猿に対する物珍しさで興味本位にふらっと動物園に行ってしまっただけだとタカをくくっていたのだ。しかし、待てども待てども、彼氏は一向に自分を迎えに来ない。おまけにこの日は偶然にも、人前で堂々と野猿にキスをする姿を目撃してしまったのだ。

その瞬間、彼は悲しさのあまり、手にしていたスチール缶を捻り潰して中身をブチまけてしまったのだ。茫然自失、見つめる先の彼氏ーー生徒会長でもある三國琥珀(ミクニ コハク)は、自分のことなど気にもとめていないようだったのだ。彼の目元はジワリと熱を帯びた。彼はハッとした、このままだと人前では泣かない、という三國との約束を違えてしまうではないか。その時は好都合にも溢れた液体によりベタベタになってしまった手のおかげで、彼は手を洗わないと、と自然に仲間達の中から離れることが出来た。皆、彼の持つ缶の残骸を見て顔を引きつらせてはいたが、彼の事を案じるように彼を見送ったのだ。それに感謝をしながら、彼はその場を急ぐ様に離れた。ジワリと溢れる雫を、もう止めることはできなかった。学園の外れにある忘れ去られた庭園に、彼は急いだ。

1人で居なければならないことが寂しくて悲しい。いくら三國が彼を裏切ろうが、彼が三國を憎めるはずがなかった。自分を守り、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染で、大切な想い人なのだから。

そうして、彼は三國との約束を守るため、誰も知らない秘密の場所で1人、ハラハラ涙を流した。何が悪かったのかも分からず、ただ呆然と地べたに座り尽くした。ズズッ、と鼻を啜る音が惨めにも思えた。

そんな時だった。突然、彼の元に1人の少年が現れたのだ。突然の出来事に彼は酷く狼狽え、涙を拭う事さえ出来なかった。少年も随分急いでいたのだろう、息を切らしていた。

この時の彼は知らなかったが、この少年もまた、野猿の登場により大きく人生が変わってしまった内の1人だ。少年は、生徒会につく親衛隊と呼ばれる組織の生徒たちに追われそこに迷い込み、偶然にも彼の元へやってきてしまったのだ。大きく目を見開き彼を見つめた。

突然の乱入者に混乱した彼は、思わずファイティングポーズをとる。記憶喪失になるほどボコボコにするつもりだった。だが、その少年があんまり騒いで怯えるものだから、ザコか、という判断と同時に攻撃心はあっという間に冷めていった。もうどうにでもなれ、と彼は自暴自棄になり、他人の前だというのに涙を止めることすら諦めてしまった。ポロポロ、涙は枯れることを知らず彼の頬を伝い続けた。少年は再び泣き始めた彼の姿に、ハッと息を呑んだ。彼は美しすぎたのだ。

「……大体は想像つきますけど……市村(イチムラ)先輩は何で、そんなに悲しそうなんですか」

ひどく困惑しながらも、少年はとても落ち着いた声音で問う。そして彼は、その声になぜかひどく安心した。そしてポツリポツリ、自分の胸の内を明かし始めた。普段はこれほど他人に警戒しない事などあり得ないのだが、今の彼は、初対面の生徒に無防備な姿を晒してしまう程弱っていたのだった。

「コハクちゃんは、僕の幼馴染で、小さい頃から泣き虫だった僕を皆から守ってくれた」

グズグズ、鼻を啜りながら彼は語る。それはとても個人的な内容で、恐らく三國すら知らない彼の独白であった。

「泣き虫でどうしようもないバカで、いっつも泣いてた。でもコハクちゃんが僕を守ってくれて、皆を追い払ってくれた。それでそこ後で必ず『男なら泣くんじゃない』って、僕をぶん殴ってくれた」
「……虐められてる子ぶん殴るってどうなの……」
「でも、僕、男女とかオカマだとか言われてよくからかわれたから、男だってちゃんと認識されてる事がちょっとうれしかった。で、小学校に上がった時は僕も強くなるって決めて、空手行ったり腕相撲の練習したり、強くなれるようにがんばったんだ」
「…………腕相撲ですか」
「それでも、どうしても練習が思うようにいかなくて泣いちゃう時があった。そうすると、コハクちゃんは『泣きたい時は俺の胸の中だけにしろ』って」
「……会長の台詞クサッ……」
「僕が中学に上がった時は、あんまり泣かなかったんだけど、空手の組手で負けた事が悔しくって、一回だけ泣いちゃった時があった……その時もコハクちゃんは慰めてくれたんだけど、そしたら『俺以外の人間の前で鳴くなよ』って……」
「ふんふん、」
「僕を押し倒してしてきたからSEXしちゃったの」
「ブッ!?……会長おおおおお何てことを……!」
「それから僕らは付き合ってる感じに流れてったし、僕もコハクちゃん大好きだったからすごく嬉しかった。それで、コハクちゃんの前以外では絶対に泣かないって2人で決めたんだ」
「……何か会長の言う『泣く』の意味が違う気が……」
「それから、ずっとこうしてきたし、僕もコハクちゃんを守りたくって強くなったし、親衛隊にも入って隊長にもなった……」
「…………」
「コハクちゃんも、今まではセフレとしかヤってなかったから浮気は全然してないって言ってたし、僕たちは上手くいってたんだ」
「ちょっ……セフレってそれ……会長最低」
「コハクちゃんが『人前で笑ったらダメ』っていう約束だって守ったし、『セフレはダメ』っていうからセフレはつくんなかった」
「……あれ、何だろう目から汗が……」
「全部ね、コハクちゃんの言うとおりにしたんだ。……でも、でもね、今の、コハクちゃん、僕よりも、あの野猿の所に、行く、んだよ」
「市村先輩……」
「悔しい、……でも、僕、僕には、コハクちゃんしかっ、いない、どうしたらいいか、わかんない……1人はいやだよ」

今まで溜め込んできたのだろう言葉は、聞いている少年の心をも震わせた。今は遠い恋人に拒絶されながらも、愛おしいという気持ちが抑えきれていない。少年は思わず、彼の頭に手を添えた。年上相手にする行為ではないが、放っておけなかった。相手が愛おしすぎて悲しいという人間の叫びを、少年は聞いてしまった。ポロポロ、彼の涙は止まらない。だが少年はどうしてもその涙を止めてしまいたくなった。自分だって、身に覚えのないレッテルを貼られ、友人もクラスメイトも離れて行ってしまった今の状態は辛かった。その辛さが分かるからこそ、今は何よりも彼の悲しみを塞いであげたかった。

「市村先輩」
「ん?」
「三國会長を、見返したくないですか?」
「……見返して、どうなるの?」
「先輩が魅力的な人だ、って言うのを十分解らせて……その、誘惑?するんですよ!そしたら絶対、三國会長は市村先輩の元にもどってきますって!」
「……できる、かなぁ?」
「出来ますって!僕が保証します!」
「頼りない」
「……そんなの自分でも分かってますよ!それでも!先輩なら絶対出来ますって。俺も手伝います、一緒にがんばりましょう?ね?」
「…………いいの?……うん。ありがと。がんばってみる」

少年に慰められ、少し落ち着きを取り戻した彼は、少年の目の前でそれはもう可憐に微笑んでみせたのだ。普段は、クールビューティーの名を欲しいままに、笑うこともなかった彼の笑みの破壊力は底知れない。おまけに、涙に潤みほんのり色気を増した彼の笑みの威力は、格段にアップしていた。言わずもがな、少年の心臓は飛び上がる様に揺れ、ノーマルのはずの彼が、一発KO負けを機したのだった。

「ヤバス鼻血出そう……いやこれは俺も秘密の花園に足を踏み入れてしまったかもしれない」
「坂巻(サカマキ)?どうした?」
「なんでもないです……先輩、一緒に頑張りましょうね!」
「うん、よろしく坂巻。ーー坂巻って言いにくいからしぃちゃんって呼んでいい?僕は夏(ナツ)でいいよ」
「……ジーザスッ喜んで!」

こうして、2人の秘密の特訓は始まったのである。だがこの特訓により、事態が思わぬ方向へ行くなど、この時は少年ーー坂巻椎奈(シイナ)にすら予測できなかったのである。



「相手を見返すにはまず意外性をつきましょー!ってことで、どうです?会長をバカにするような言葉、思いつきましたか?」
「……『お黙りこの豚野郎!!』ねえしいちゃんこれどう?」
「…………や、うん、これはこれであってるんですど……何か方向性を激しく間違っているような……じゃ、他に何か思いついたセリフはーー」
「……じゃあ、『引っ込んでろ、あんたの××××に×××××××でやろうか!』」
「…………夏先輩、俺と2人で考えましょうか」
「?うん、お願い」

(先輩、どこでこんな台詞覚えてきたんですか……?)
(インターネット。コハクちゃんに変な言葉ばっかり覚えるからって禁止されてたけど、しいちゃんは全部守んなくてイイって言った)
(会長それ正解だった!……あらぬ扉を開けてしまいそうで俺は怖いです)
(?)






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