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03


翌日、奏斗が目を覚ましたのは昼を過ぎた頃だった。目を覚ましてしばらくボウっとした後、上体を起こそうとした。全身を襲う痛みに怯んで、一度力を抜いた。そうしてしばらく、覚悟を決めた後に再びゆっくりと起き上がった。酷い痛みに目眩がした。だがそこで、奏斗はようやく違和感に気づいた。ふわりとした布団の感触がするのだ。昨日、床で気を失ったはずなのに、なぜベットの上で寝ているのか。おまけに怪我の手当もしてある。自分にかけられた布団も、全身に巻かれた包帯も、身に覚えがなかった。

しかし奏斗に心当たりはあった。学校の中で唯一、奏斗を助ける生徒があるとすれば、それは学校の風紀を正す役目を負った風紀委員の生徒達である。彼らは生徒会同様、万が一のために個室を開ける寮部屋のマスターキーを1つだけ保有している。今までにも何度か、秘密裏に大丈夫かと声をかけられた事もあった。気がつけば手当てされていた事も少なくない。だから、手当てをしてくれるのは、彼らしか思い当たらないのだ。なぜか委員長だけは姿を見たことはなかったが、奏斗にとって唯一の救いがその風紀委員会だった。

彼らの手当に気付き、奏斗はどこかホッとしたような気分になって、幾分か和らいだ痛みを耐えながら個部屋から出た。昨夜とはうって変わりリビングは閑散としていて、それがまた奏斗をホッとさせる。

そうして、部屋に常備してある鎮痛剤を飲むと、流し台の前でぼうっとした。とりとめの無い事を考えながらしばらくつっ立っていたが、腹の鳴る音で空腹だということに気が付いた。時刻は昼時で、学校でひとつしかない食堂は、今の時間は大変に混雑する。

しかし不運にも、奏斗の部屋の食料は底をついており、料理をつくろうにも材料がない。仕方ない、奏斗はゆっくりとした動作で制服に着替えると、部屋を出た。鎮痛剤が効き始めたのか、身体の痛みは思ったよりも酷くはなかった。










奏斗が向かった食堂は案の定混雑していたが、探せばひとり分の席はあった。周囲の鋭い視線を気にもとめず、空いている2人席に座りウェイターを呼んで注文をとった。イスの背もたれに深く腰を落ち着け、手持ち無沙汰に目を閉じて瞼の上から目を揉み解す。そうしている内にも頼んだ料理は運ばれる。奏斗は何かに巻き込まれる前にと、すぐに手をつけ始めた。

それからどれくらい経ったか、周囲がざわざわと騒がしくなってきた。煩いな、と心の中で思いながらも、おくびにも出さない。そのまま気にせぬように料理を食べ続けた。関わってはいけない、そう唱えながら無関心を貫いた。そうして、あと少しで完食できる、そんな時だった。不意に、心地良い声が、奏斗の耳に届いた。

「カナ」
「!」

思わず、条件反射で、奏斗はイスを盛大に倒しながら立ち上がった。ガッタン、という盛大な音と同時に、周囲から音が消える。勢いを付けて振り返ると、そこには奏斗が毎日のように会いたいと願い続けていた人が、この学校の制服を身にまとって、立っていた。思わず目を見開き、自分の目を疑う。

自分とは比較にならない程の、美しいまでの顔立ち、サラサラとしたつややかな黒髪、柔和な優しい微笑み、奏斗の目には、彼のすべてが神々しく映った。そんな彼の後ろから、早乙女たちが何やら走って追いかけてきているのだが、奏斗の目にはそんなものは映っていなかった。

「奏夜(ソウヤ)、さま……!」
「カナ、久しぶりだね」

懐かしい、優しい微笑みに、奏斗はどうして良いか分からなくなって、ただただ目の前の美しい人に見惚れるばかりだった。沢山の事を聞いて欲しくて、聞いて欲しくなくて、奏斗は言葉を発することができない。そんな奏斗の様子を察してだろう、彼は更に言葉を繋いだ。

「遅くなってごめんね。カナを追いやったジジイはもう始末したから、もう何も気にしなくていいんだよ、アレの命令なんかに縛られなくていいんだ、カナ。ーー命令だよ、おいで」
「っ!」

その言葉がかけられるが早いか、奏斗は周囲など気にもとめずに彼に駆け寄って、自分よりも幾分低いその身体を思いきり抱きしめた。その表情は、生徒の誰もが見たことのないもので、どこか苦し気だった。

「ヨル、ヨル、……」
「ん、お疲れ様。辛かったでしょう?話は聞いてる。もう、アイツらの好きなようにはさせないから。もう、離れないから」
「ん」
「それと、『誰にも手を出してはいけない』っていう、ジジイの命令はもう無視していいよ。僕の命令があるとき以外は、カナの好きにしていいから。自分で対処してね」
「わかった。……でも、もうヨルがいない所にはいかない。ずっと一緒に居る」
「ふふ、僕もおんなじ気持ちなんだから、忘れちゃダメだよ」

そう言う彼−−榊原奏夜(サカキバラ ソウヤ)の声につられるように、奏斗は嬉しそうに微笑み、奏夜の首元に鼻先を押し付ける。その様子を見て唖然とする周囲など、彼らにとっては空気に過ぎないのだろう。人目など何のその、甘い雰囲気が彼らを包み込んでいた。

そしてそれを目の辺りにしている生徒たちはと言うと、ただただ呆然とその光景を見ていた。あの、あの、無表情で無感情だと言われていた、感情など誰にも見せたことのないような桐生奏斗が、幸せそうに、蕩けるような笑顔を見せているのだ。信じられずに自分の目を擦る生徒が多数、見たこともない幸せそうな笑みに見惚れるものが若干名、そして、目の前の光景に目を見開き固まっているのが、早乙女と生徒会の生徒達だった。だがその均衡も、すぐに崩れることとなる。
いち早く覚醒した早乙女晴也その人が、彼らの雰囲気をぶち壊す。

「ちょ、おい、奏斗!奏夜にイキナリ何して−−ッ!」
「!」

早乙女が奏斗の肩に触れるか触れないか、その一瞬の間に、奏斗は早乙女の手を弾き、奏夜を背に庇うように動いた。そんな奏斗の常軌を逸した動きに、誰もついていく事などできずただ眼を見張るばかり。そしてひとり、早乙女は感情の籠らない無機質な奏斗の眼差しに、怯んでいた。

「な、なんでーー!」

困惑した早乙女の声は食堂一杯に響きわたっていた。






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