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004
この、俺が押さえつけられている状態は兎に角いたたまれなかった。こんな風に、誰かに屈するのは新人の時以来でちょっぴり若かりし頃を思い出す(今でもそんなに年食ってないが)。
……ちょっとした現実逃避だ。
この、生徒会長の一ノ宮という男、普通ではないというのは知っていたが、ここまでとは予測していなかった。体力測定時のデータだって入手していたし、目を見張るものがあったのは事実だが、この程度なら問題にもならないと思っていた。まあ、大方測定時に手を抜いていたのだろうが。まさかの誤算だ。油断しただけ。
……ただの言い訳だ。
ツラツラと下らないことを考えていれば、上から声がした。
「アンタ、デルタっていったな」
「…………退け」
「本名、じゃあないよな。そういや、何でこの時間にサングラスしてんだ?この前はしてなかったよな。夜にサングラスはおかしいだろ」
ジロジロと不躾に俺を見ている一ノ宮に、俺は居心地の悪さを感じて、出来るだけ顔を背けた。サングラスが取れそうだ。
このサングラスには、一応意味がある。俺個人の問題だから、あまり気にされても困るのだが。というより、外さないでほしい。ツラツラと下らない事を考えていれば、一ノ宮の手がサングラス目掛けて伸びてきた。咄嗟に首を振って避ける。同時に、コイツにつかまれていない手で、俺がコイツの腕を取った。これなら何も出来まい。
「…………」
「…………」
そんな状態で、俺たちは腕の力比べをする。無理やりにでも俺のサングラスに手を伸ばそうとしてくる手を、ただひたすら押し返す。この状態でなら、平和ボケした高校生には力比べで勝てる自信がある。と、押し返しながらそう思った途端、コイツは腕を引いて俺の手を振りほどいた。俺相手に力押しでは無理だと気付いたのだろうか。
「…………」
「…………」
サングラスを取られまい、とピリピリとしている俺に対して、一ノ宮はさも楽しそうに思案している雰囲気を醸し出している。なんか、ムカつく。
こんな感じでしばらく動きを止めていると、再び一ノ宮が動く気配を見せた。構える俺、遊んでいるかのような一ノ宮。その時、
「ちょっ!」
両手を取られ、バンザイされた……腕の長さが……。意図が分からない、そう思った刹那。一ノ宮は俺のサングラスを口で奪いやがった。
「ま、ぶし……」
何の前触れもなしにスモークがわりのソレを奪われ、思わず目を薄ら瞑る。生徒会室の明るい蛍光灯の光が目にしみる。遠くにサングラスが放られる音がした。……今更だが、ハードな仕事専用に作らせた、激しく動いても取れないサングラスをかけてくればよかったと後悔した。俺の目に、直光は眩しすぎる。せめて光を背にしていれば、それほど苦ではないが、光源のある天井を向いているこの状態はいけない。
何時の間にやら両手は頭上に一括りにされていて、動けない。サングラスを奪った、この一ノ宮という男が何を考えているのか分からなくて、俺はただ視線を感じながらじっとしていた。目が眩むこの状態で下手に何かやらかしてもいけない。まるで、捕虜になった気分だった。
「まぶしい……?アンタ、目でも悪いのか?」
「…………」
「…………ふーん、何も答えないつもりか」
じろじとと俺を不躾に見てくる一ノ宮に、苛立ちが募った。
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