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教師が叫ぶ声をBGMに、彼は心地よい風を受けて座り込んでいた。この学校の屋上という場所は、周囲を森林に囲まれているせいもあり、一際涼しいのだ。絶好のサボり場所としては好条件が揃っている。実際、沙夜も俊介の目を盗んではよく訪れている。沙夜を心配する俊介が、必要以上に構っていたのも最早過去の話で、最近では危ないとか離れるな、なんて注意もすっかりされなくなっていたが。

「おい、村上!聞いているのか!?そんな馬鹿な事は止めて、早くこっちに戻るんだ!お前の家庭の事情が複雑なのは解るが――……」

頭に浮かぶのは、今はまだいない俊介の事ばかり。必死で呼び戻そうとしている教師の声なんか耳に入ってはいない。

もう、この状況はお分かりだろう。沙夜は今、屋上のフェンスの向こう側に居るのだ。つまりは、飛び降りの真っ最中。教師の必死さとは裏腹に、沙夜にとってこれは大したことではないのだ。遊びに行こうか、そんなノリでしんでみようか、と屋上のフェンスの向こう側までやってきた。飛ぼうと思えばすぐにでも体を投げ出せる。今まで何度もやってきた――と言っても、いつも俊介や他の人間がギリギリの所で助けてしまうから、いつも失敗に終わる(沙夜の運動神経は切れている疑いがある)――のだから戸惑いはない。

そんな彼がぼんやりと座り込み、行動に移す気配がないのは、ただひとつ。俊介に言いたい事があるからだ。沙夜は、この事件を聞きつけやってくるだろう俊介を、待っているのだ。

沙夜は鼻歌を歌い、時折近付いてこようとする教師を牽制しながら足をぶらぶら遊ばせていた。そんな時だ。屋上の扉が壊れんばかりの勢いで開いた。

「沙夜っ!……お前、また性懲りもなく――!」

ようやく来た、と一瞬胸が高鳴るが、俊介の口から飛び出た言葉に溜め込んだ気持ちが一気に冷めた。何も話す気にはなれなかった。走り寄る俊介から逃げるように、さっとその場を離れた。

「……沙夜?」
「…………」

それに違和感を覚えたらしい俊介は、眉を潜め動きを止める。沙夜は無言で俊介を見るばかりだ。無機質になった目が、俊介を抉る。

「な、んだよ、何で逃げる……?」


沙夜は喋らない。俊介の声は震えていた。その場には何とも言えない緊張感が漂っている。そして、俊介も沙夜も、混乱していた。

「沙夜」
「…………」
「沙夜っ、」
「…………」
「何で何も喋らないんだよ……」
「…………」

沙夜は、頑なに口を閉ざす。何も、話そうとする気配がない。それに、俊介は焦燥感を覚えた。これでは、まるで――……

「……どうした?神栖(カミス)は村上沙夜と話ができるんじゃなかったのか?」
「…………」

この教師が言うように、沙夜とまともに話ができるのは、俊介だけ(彼はそう自覚している)。沙夜と話ができるのは、沙夜が心を開いている人間だけ。それには、俊介も含まれているはずだった――。






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