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死にたがりのラプソディ


彼は思った。
何かが変わるかもと。
そんな、高校生活二年目の春の話。


彼は謂わば引きこもりと言うやつだった。彼本人こそ自覚してはいないが、生まれてから十余年余り、彼は普通ではない生活を送っていた。実の母親に、全てを握られていた。学校にはあまり行かず、ひたすら家に縛り付けられていたのだ、言葉という"鎖"で。

『沙夜(サヤ)、行こう。お前はここに居たらダメになるよ。俺の所においで』

そんな彼を救い出したのは、彼――沙夜の唯一の親友で幼なじみの俊介(シュンスケ)だった。ひたすら家に籠りきりだった沙夜にとって、信じられる人間は母親と俊介だけ。だから沙夜は、俊介の説得に応じ、俊介と共に暮らす事を了承した。

そして今、沙夜は俊介と共に全寮制の高校に通い、比較的平和な暮らしを送っているのだ。相変わらず極度の人嫌いで、俊介以外とはほとんど会話をしない。だが、俊介が共にいるおかげか、沙夜に表情が戻りつつあり、良い方向に向かっていた。
だがそんな平和も今、崩れ始めていた。彼らが共に暮らしはじめて、1年が経っていた。


『沙夜に俊介だな。よろしく!』

そう言って手を差し出してきた時期外れの転校生、狭山武(サヤマ タケル)がやってきたことにより、全てが狂い始めた。彼はとにかく人を惹き付け、学内の有名人達を次々に虜にしていった。それは、沙夜たちにとっても他人事では済まない事態となっていた。

「タケ、俺と一緒に昼飯食おう」
「あー……悪い俊介、今日は×××と約束してんだ。また後で誘ってな」
「え、でも……」
「ほら、沙夜が待ってんぞ。またな」

沙夜が俯き加減に俊介を見れば、狭山武と心底嬉しそうに話す姿が見えた。俊介がとても幸せそうにしているのは、恋の欠片もしたことがない沙夜にも分かった。だがそれも、狭山が沙夜の名前を出すと共に消え去る。しかもそれだけではない。

「……沙夜、行こう」

狭山が居なくなった後、俊介は振り向きもせず、沙夜の名前を呼ぶと、その手もとらずにさっさと行ってしまった。

(きょうも俊介はてをにぎってくれない)

沙夜はぼんやりとそれを認識しながら、俊介の後をフラフラと追った。自分に『死なないでくれ』と、そう懇願してきた時の面影も見られない俊介の姿に、沙夜は漠然とした不信を覚え、ズキリと胸が痛むのを感じた。それは、沙夜が生まれて初めて感じる痛みで、沙夜は混乱する。だが同時に、沙夜は理解しはじめていた。

(いらないんだね、俊介も)

ぴっちりと着こなす制服の胸元を握りしめながら、沙夜は一瞬顔を歪めた。

(じゃまになる…)

その日以降、沙夜から表情が消えた。俊介は、気付かない――。






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