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燻る鈍色


何て喜劇だ、と高校2年生になる相葉音緒(アイバ ネオ)は、不満げに叫び声をあげる見かけ上の同胞達に混じり不機嫌な表情をしながら、漏れそうになる笑みを噛み殺していた。


事の始まりは1年と少し前に遡る。相葉が新高校生としてこの全寮制の男子高校に通い始めたのは、家の連中に家を追い出されたせいである。仮にも良家の出身である彼は、中学生時代、かなりのプレイボーイだった。両親に隠れ、祖父母に隠れ、友人の家で勉強する、という誤魔化しの元、学校帰りにふらふらと遊び歩き、あちこちで女遊びに興じていた。

それが露見したのは、夏休みのことであった。両親と連れ立って行った旅行先で、なぜか相葉は遊んでいた女数人と偶然にも鉢合わせてしまい、軽く修羅場になってしまった。それを両親に目撃された相葉は、街での交遊を禁じられ、良家の集まると有名なその学校へと放りこまれたのである。

まあしょうがない、1年ごとに外界に降りられるのだからそんくらい我慢してやるか、そんな軽い気持ちで入った学校は、知る人ぞ知るホモの巣窟だった。見目は良かった相葉は、あれよあれよという間に学校の生徒会長恋人候補の一人として仕立て上げられてしまった。

『否待てよ』、そんな相葉の言葉に耳を貸そうとしなかったのは彼の友人第一号兼、親衛隊員だ。男にかけらの興味も持たない彼を、何をどう間違ったのか、会長に恋心を抱く照れ屋で健気な生徒だと思い込んだ。挙句の果てには親衛隊に迎え入れ、とうとう親衛隊幹部として仕立て上げてしまった。

その隊員は良い友人だし、本人は流されやすい性格だしで、気がつけば親衛隊と同じようにぎゃーぎゃー騒ぐふりをする、擬似親衛隊員という図ができあがってしまった。何だこりゃ、なんて思ってももう時は既に遅し。相葉は、親衛隊の中でも隊長に次ぐ権力まで得てしまっていた。冗談じゃねぇ、そう思っても後の祭りだった。

「相葉様、今日もお美しいですね」
「そ、そうかな?ありがとう」
「はぁ、健気な副隊長は今日も謙虚ですね……」

物腰柔らかで差し障りの無い笑顔で曖昧に答えればこの始末。もう溜息しかでない。ーーそして。

「ふんっ。アンタより僕の方が美しいに決まってるんだから」
「藤様に気に入られてるからってあんまり調子にのらない事だな。ただ外部からの小奇麗な生徒が珍しいだけだ」
「……ははっ」

副隊長である相葉にいい顔をしない連中には、しょっちゅうこのような嫌味を言われるものだから、もう乾いた笑いしかでない。さらにさらに、相葉の息の根を止めるかの如き、トドメの砲弾は致命的だった。

「おい相葉音緒、今日こそは夜に部屋来いよ」
「……はは、すみませんが他の隊員に示しがつきませんので……隊長は、夜に伺うなんてしていないでしょう?」
「あ?関係ないだろう?お前は親衛隊員なんだから、気にする必要なんかねぇ」
「いえ、俺がそんなことは許せない性格なので」
「そろそろ行く。……今日は絶対来い」

度々、生徒会長自らが相葉に誘いをかけるのだ。男はまっぴら御免だ、そういう考えの相葉にとっては大変な衝撃であると共に、危機である。何がとは言わない。兎に角、相葉にとっては危機なのである。

部屋に行けば何が待っているか分からない。自分が好いていないとバレるかもしれない。ホモの道に片足を突っ込んでしまうかもしれない。生徒会長に下手に盾突いて、この学校に居られなくなってしまうかもしれない。思いつくのは、相葉にとって良くないことばかりだった。

「ああ誰か助けてくれ、もう親に隠れて遊ぶようなことはしません、だから……この状況をどうにかしてください!母さん父さん爺ちゃん婆ちゃん神様仏様ーー!」

自室で顔をベットに押し付けながら、相葉は涙目にそう叫ぶ。くぐもった声が、不良と評判の同室者に聞かれることはなかった。



そんな相葉の状況に転機が訪れたのは、時期はずれの転入生が入ってきたというニュースからだった。聞けばその転入生、転入初日から美形どもを引っ掛け回しているというのだ。最初は副会長から始まり、不良だの爽やかくんだの委員長だの、金魚の糞よろしく連れて引っ掛けながら歩きまわっている、らしい。

転入生関連のニュースを聞いたとき、相葉は正直にしめたと思った。このまま行けば、鬱陶しい親衛隊からも生徒会長からも目を向けられなくなり、上手く工作すれば親衛隊はともかく、副隊長という役職を辞退できるかもしれない、と。

相葉は早速、友人に連れられ噂の転入生を観に行きながら、皆のテンションに同調するように顔を不機嫌に歪める。もちろんそんなものは演技であり、内心では歓喜のあまり『転入生、いいぞもっとやれ』、だなんてエールを贈っている。ただひとつ、転入生のカツラのようなクルクル頭とメガネは、どうしてもキモイとしか思えなかった。事態好転への第一歩だ。相葉ははりきりながら転入生の頭を見ないように必死で意識を逸らしながら顔を作った。






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