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空中マリオネット


国には魔王がいた。200年に一度現れ、世界を混沌へと導く。そして同時期に、稀代の魔術師と勇者が選出される。それが一緒の慣わしだった。


その年の魔術師は、フィオナという青年だった。かの魔術師は、200年に一度、聖域の湖に現れ、銀髪に碧眼を持つという唯一の人間だ。フィオナもまた、湖に現れ、その畔で育った。魔力は人の十倍とも二十倍とも言われ、魔王と互角に戦う事が出来るのだと伝えられていた。

かの魔術師には魔王を倒す以外にも重要な役割を担う。勇者の選出だ。勇者は誰でもなれるのではなく、魔術師によって選出され、3人の仲間を連れて魔王を倒す旅に出るのだ。フィオナの選んだ勇者は、小さなスラムに暮らす、決して上品とは言えない粗暴な少年だった。

国の王は、救世主としてフィオナと少年を城に招き入れ、晩餐会を開いた。マナーを知らぬ少年に皆顔をしかめたが、両親を直ぐに亡くし、預けられた親戚に売られたという彼の身の上話に同情した。強く生きる彼を、王もまた勇者として正式に認め、代々伝わるという剣を授けた。

王の協力により勇者の仲間3人、王宮の剣士と魔術師と上級兵士が選ばれ、彼等は旅に出た。仲間達は始め勇者を蔑ろに、各々のやり方で出現する魔物達を倒していった。勇者は悔しさに一人涙していた。

そんなある日、勇者が仲間を庇い大怪我を負った。自分を盾に魔物の攻撃を受け、同時にそれを倒した。皆、怪我に魘される勇者を気遣う。勇者が元気になる頃、仲間達はひとつになった。フィオナはそれを微笑ましそうに眺めた。フィオナは彼等から距離を置いていた。魔城に近付くにつれ高鳴る自分の鼓動に、独り不安を募らせていた。




「テメェが魔王か?」

勇者が叫ぶ。城は質素で、広くて暗い。ホールの中央に、魔王は闇に紛れて立っていた。冷たい紫の目が、動かずにじっと勇者をねめつける。緊張感に包まれる中で、フィオナは一人興奮していた。魔王の目が早く自分に向いて欲しいという気持ちが、無意識に沸き上がる。フィオナの頭は混乱していた。

「今度の勇者はこやつか……随分と小さい」
「っ、んだと!?」
「おい魔術師、お前、名は何という」

勇者と話していた魔王の意識が、フィオナに向いた。瞬間、フィオナの身体が無意識に跳ねた。様子を見ていた仲間は、普段と違う彼の様子に首を傾げた。フィオナからは、表情が抜け落ちていた。

「……フィオナ」
「フィオナか…………毎度毎度、名を覚え直すのはもう飽いた」

憂いを帯びた溜め息を吐き出しながら呟く魔王は、どう見ても様子がおかしかった。嘗ての覇気も息を潜めている。勇者達は、訝しむように眉を寄せた。

「もう、終いにしよう。時は流れ時代は変わり、昔のように反対するものも消えた。私もなかなかに落ち着いた。遊戯を繰り返すには幾分永すぎた……認めようではないか、魔術師よ。私が間違えていたのだ」
「……何、を?」
「この下らん遊びに付き合ってしまった事だ……もう良い、稀代の魔術師よ、思い出してしまえ。呪を解け」

言うや否や、魔王は指を軽く鳴らした。途端、フィオナの足下に魔方陣が出現して、あっという間に黒の闇に包まれた。

「フィオナ!」
「う、あ……!」

咄嗟にフィオナに手を伸ばした勇者は、危険だと判断した上級兵により引き戻される。フィオナは、天井まで届く黒い柱に飲み込まれ、見えなくなった。唖然と周囲が静まる中。徐々に黒は薄まり、やがて消え、元に戻った。フィオナも、否、フィオナらしき影も、そこには立っていた。しかし、皆驚きに目を見開いた。

「え……本当に、フィオナ、なのか……?」
「まさか……」
「無論……私だ」

そこには、背に大きく真っ白な翼を生やし、悠然と立つフィオナの姿があった。彼の雰囲気も気配も、変わっていた。彼は言葉を紡ぐ。魔王は、彼をひたすらに見つめた。

「ヴォルティス、200年前に、認めてしまえばよかったものを。無駄だと言ったろう」
「…………」
「気付くのが遅すぎる。何千年かかるかと気が遠くなった」
「…………」
「少しは、頭を使ったようだな」
「レーヴェル」
「……何だ」
「ういぞ」
「!……このうつけ」

二人は小声を交わしながら、互いをいとおしむように見つめ合う。勇者達は何が何なのか分からず、ただ立ち尽くしていた。






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