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男は簡単に真横に吹っ飛び、壁に頭を打って沈黙した。だが、男はその時に額を出血したのか、初めて嗅ぐような甘い甘い血の臭いが周囲に充満した。だがここからが予想外だった。その男の血に、酷い空腹感を覚えたのだ。さっきまで、空腹には程遠い気分だったのに、臭いを嗅いで急に腹が減ったような感覚になった。

ただの人間にここまで空腹感を覚えるなんて、初めての経験だ。ここまで甘い臭いをさせるコイツは本当に人間なのだろうか?そう、眉間に皺を寄せるも、どう対処して良いかが分からない。耐え切れない空腹感は、無意味な虐殺を生む。出来損ないには叩き込まなきゃ分かんらん、だなんて、散々、耳にたこができるくらい連中に言い聞かせされた。

そして俺は、ここ数週間ソレを飲んでいない。まずい、なんてクラクラする頭で次から次に湧き出る人間を横目で見る。総勢10人。子供相手には多すぎるくらいだ。しかし、俺からしてみれば十分に対応できる人数のはずなんだけれども--。

「動くな」
「あー……」

ほんの一瞬、クラリときた頭に気を取られていたのが命取りになったようだ。だが、今の俺は殺されそうだという事実よりも、襲い来る欲望に耐えることに必死で、男を視界に入れないように、臭いに意識を持って行かれないようにするので精一杯だった。目をきつく瞑り俯く。火薬の臭いに、出来る限り集中する。そうしていないと、目の前に沢山いる人間を、片っ端から殺してしまいたい衝動に駆られそうだった。

「なんだコイツ。いきなし大人しくなりやがって……?」
「あん?怖いんだろうが。一人だと思ってたら、俺らが一気に出てきたから」
「ケッ。ケツの青くせぇガキが、こんなトコに首突っ込みやがって」
「ま、こうして捕まえたわけだし、コレをどうすっかオヤッさんに決めてもらわねぇと」
「んー……なぁ、コイツさ、綺麗な顔してっから、バラさねぇでも高く売れるんじゃ?」
「ああ、ええんちゃうか?ええ土産になるやろ。これまでの失態詫びなあかん----」
「----……--、----?」
「----」

顎を掴まれて顔をクイと上げられて、視線を感じながら口々に何かを言われる。けれど、途中から本当に意識が混濁してきて、何を言っているのかさえも理解できなくなる。頭が揺れているような錯覚を覚え、真っ黒な視界の中に白が混じる。ああまずい、そんな事を思っていた時だ。

「おい、ソイツの処遇は俺が決める」
「兄貴!--大丈夫っすか?」
「ああ、大事ない。少し油断した」
「血が出てますさかい、コレで止血しとってください」
「ああ」

その男の声を聞いた途端、一気に意識がクリアになった。ボヤケていた人間の言葉が、俺の中で意味を取り戻す。だがその一方で、血の臭いをより近くに感じ、空腹感が一層増した。男の血が、どうしようもなく欲しかった。






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