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『役立たず』

そう言ったのは誰だったか。今となっては顔も思い出せない。



「アンタか?最近入った新入り君、っつうのは」

あの街を離れ、あそこからはとても遠い、何十キロも離れた暗い街の中心街に来た、ある日の夜。俺は暗い路地で一人の男に呼び止められた。いかにも夜の街で仕事をしています、という風体は、ひと言で言えば色男だ。

闇に濡れたような綺麗な黒髪はさっぱりとしたショートで、意思の強そうな目が悦の感情を持ち妖しい色気を放っている。黒いスーツに黒いネクタイ、キツイ香水の香りに混じって火薬の匂いがする。胸元か、はたまた腰にでも隠しているのだろう。

「この数日で、よくもまぁあれだけ動けるな」
「まあね」
「ふ、本当に、かき回されたこっちも堪ったもんじゃない」
「面白くて」

わざとらしく肩を竦めて嘲笑ってみせると、かすかに顔の筋肉が痙攣した。怒っているのだろうか。暗闇に紛れて、手が微かに、さりげなく胸元付近に動いた。俺を脅す気でいるのだろうと、直感した。

「だがこれ以上は困んだよ。大人にも事情ってもんがある」
「ふーん?それで?」

ニヤニヤとしながら、俺をただの子供だと思い込む男を眺める。ここまでの挑発で襲いかかってこなかったのは、この男が初めてだ。こっちの人にしては沸点が高い。今まで相手にしてきた奴らとは何かが違っていた。

今まで相手にしてきた無能達は、簡単に伸せた。数人で俺の前に現れては一夜中の追いかけっこ。たまに間違えて重症を負わせたりはしたけど、勿体無いから血を貰う事もあった。俺にとってはスリルも味わえて、楽して血も分けて貰えるしで一石二鳥の気分だった。だから、楽しかった。やめられない。

「やめてもらおうか。コレは脅しなんかじゃねぇ。ノーと言えばこの場でこの世ともおさらばだ」
「ヒュー、おっかない。俺、まだ此処に来て一ヶ月なのになぁ」
「……コレが偽物だと思うか?」

笑いを引っ込めない俺を見て、更に苛立を煽ったのか、男は真っ直ぐに俺の頭へと銃を向けてきた。男の後ろから、コソコソと人間が近づく足音がする。

ああそういう事、

俺は呟くと動き出した。俺も、我慢強い方ではない。目の前に楽しいことが待っているっていうのに、待ってられない。素早く体制をかがめながら横へ出て、男に向かって走りだす。

男は驚いたのか、目を見開きながら拳銃を構え、放つ。弾は俺の頬を掠り、後ろの壁に穴をあけたようだ。自分の血の臭いに胸のザワつきを感じる。だが今の俺はそんな物に構っている暇はない。地を蹴り、素早く男の後ろに回りこんで首に蹴りを食らわせる。殺さないように加減はしつつも、気絶してくれるように力を込めて。






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