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どこか落ち着かない、ざわざわとした雰囲気の食堂で、俺、近藤、逸見の3人は共に昼食を取る。廊下をこのメンバーで歩いている時から、周囲の生徒達が俺たちの事を噂しているのは直ぐに分かったが、それ以上に昂る気持ちは抑えられなかった。注文した料理が来るまでは、自由に話をする。

「ほら、これが朝言ってたまじないの写しだ。やる」
「!ありがとう」
「うん、助かる」

頼んだ食事を待ちつつ、3人には広すぎる程の席で、各々マイペースで話を進める。いつも、誰かと居ても話す事なんか思い付かなくて、ただぼんやりと話を聞く俺が、二人と話をしたくてうずうずとしているのだ。とても不思議な感覚だった。

「まじないは確かに便利だ。けど、少し間違うだけで全く別のものになる可能性もあるから、書くときは慎重にやったほうがいい……一度失敗して大変な事に、なった事がある」

まじないは古来から行われてきた伝統的な術式。それ故に開発された術は数知れず、似通った印も多い。だから、使用する際には本当に気を付けた方が良い。まだ簡単なものは良いが、複雑なものになればそれだけ間違いやすく、違えた時の危険値も桁違いなのだ。

だから、あまりそちらに明るい方ではなさそうな2人に、俺は親切心から忠告した。身を持って学んだ俺が。

「え……大変な事?」
「何やらかしたんだ……」
「……いや、……今聞きたい?ちょっと、うじゃうじゃしたやつが、大量に出てきて……」
「あ、やっぱしいいや!危険なのは分かった!」
「後でな」

思い出すだけでぞっとするようなあの経験は、出来るだけ話したくはない。あれのせいで後始末も大変だった、何よりも気持ち悪かった。だから、それを話す前に近藤が止めてくれたのは大変にありがたかった。多分、俺の顔色が余程悪いように見えたのだろうと思う。確かに、俺にとってあれは一種のトラウマだ。

そうして食事が運ばれてきてからも、俺たちはこんな風に常人には理解し難い話をしながら時を過ごした。逸見も、見かけによらず話をするようで、各々、時々笑いを噛み殺しながらの昼食になった。

だがそんな時だった。
突然、周囲がざわめき出したかと思えば、俺の目の前には見覚えのある人物が立っていて。驚きに凝視してしまえば、彼に声をかけられた。

「先輩方、ご一緒してもいいですか?」

俺はほんの少しだけ驚きながら、彼――日谷部の問いに首を縦に振った。近藤も逸見も異論は無いらしく、黙って日谷部の顔を眺めていた。

「ありがとうございます。では、失礼します」

軽く頭を下げ、日谷部は空いていた席に座る。その間俺たちは話をするでもなく、ただ彼を見ていた。話しかけてきた彼もきっと、俺たちと同じように何か話をしたいのだろう。

「…………」

手を止めて、口を止めて皆が日谷部を見るが、彼はなかなか口を開こうとしない。背が伸びていて堂々としているが、黙ったままだ。緊張しているのだろうか。俺たちは誰一人喋ることなく、そのまま数分が経つ。けれどやはり、喋らない。そんな状態でさらに時間が経って、流石に痺れを切らしたらしい近藤が口を開いて話そうとしたその時。

「ひや――」
「先輩方は、いつからあれが見えるようになったんですか」

周囲に聞こえないようにという配慮からなのか、彼のそれはとても静かな声だった。しかしそれでも、彼の程好い低音は、妙に耳に響いた。






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