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93.公開プレイ

 仲間の持つたいまつの灯りにほのかに照らされながら、薄暗い闇の中でジョシュアは再び地面に腰を下ろしていた。
 体力が多少限界に近いとはいえ、力尽きたという訳ではない。この中の誰かから仕方なく吸血の施しを貰うためだ。

「どうしてもっと早く言わんのだ」

 自然と正座をしながら、ジョシュアは文句を言うミライアに拗ねたような視線を向けた。

「すっかり忘れていた……それに、そういう雰囲気ではなかっただろう」

 仕方なかったのだ。状況も状況なだけに、ジョシュアだってホッとして緊張の糸が緩んでしまって要求するのを忘れていた。元々吸血鬼にしては吸血衝動がそれほど強くはないのも災いしたようだ。

「同胞にしては体力がなさすぎる。普段から血を飲まんからだ」
「それはまぁ、その通りなんだが……この結界の中、魔術も使えないし気配も全く感じ取れなかった。迷路の中では思っていた以上に体力を消耗した」

 はぁ、と溜め息を吐きながらジョシュアは訴えた。あれほどツライとは本人にも予想外だったのだ。たかが魔術が使えないだけ。普段から魔術の利用なんてほとんどしないジョシュアにとって、ダンジョンのような地下道を歩くくらい普段と変わらないだろうと思っていた。だが、そういう予想は外れてしまった。

 追手がかかっているかもしれないという状況の中、普段から無意識に利用していた察知能力を封じられ、血液も与えられずに暗闇を彷徨っていた。精神的にも肉体的にも負担のかかる極限状態だった。いくら吸血鬼とはいえ、ジョシュアの体力は持たなかったのである。

 そういう事情もあったのだと、説明しようとしてふと顔を上げると。
 予想外にミライアが驚いたような顔をしていた。その反応に驚いて目を見張ると、彼女は腕を組みながら考えるような仕草をした。

「ふむ……? もしやお前、微量な魔力の流れを感じ取って気配を追っているのか?」
「えっ、……あ、ああ、恐らくはそうなんだろうと思う。前々からそんな気はしていたが、今回の件ではっきりした」
「なるほど。そうか……ようやく腑に落ちた。そりゃあの街中で私に気付くはずだ」
「え」

 突然振られた話題に付いて行けずジョシュアが疑問の声を上げると、彼女はやけに楽しそうに微笑みながら言った。

「お前が私の食事を邪魔したあの日だよ」
「!」
「つまりあれは必然だったという訳だ。お前が私の気配を追ったのも、私がお前を見付けたのも」

 言われて始まりのあの日の事を思い出す。ジョシュアが吸血鬼にされたあの日だ。
 今や名前も思い出せぬあの大きな街で、ジョシュアはこのミライアと二人で歩く女性を見かけてしまった。異様な様を見せる女性に、ミライアを怪しんだジョシュアがその後をつけた。結果、ミライアが人外であることが分かりジョシュアが急襲、女性は無傷で帰したもののジョシュアはご覧の通り。吸血鬼と化した。

 普通の人間からすれば、それは悲しむべき状況だったのかもしれない。けれどジョシュアにとってはあの日、ミライアと出会ったのは幸運だった。お陰でこうしてジョシュアは半分、望んでいた人生を手に入れることができたのだから。
 もしあの日をやり直せるのだとしても、ジョシュアはきっと同じ事をしたはずだ。そういうジョシュアの気持ちは今でも変わらない。

「それがあの日でなかったとしても、お前ならいつかは気付いただろう。人間に擬態した吸血鬼に違和感を抱く人間なんてお前くらいだ――運がよかったのだ、互いにな」

 そう言ったミライアの言葉になんて返したらよいかわからず、ジョシュアはしばらくその場で呆然とした。人間だった自分の存在理由を認められたような気がして、こんな場だというのに無性に胸が熱くなった。褒めているのか褒めていないのか、彼女の遠回しの言葉ですら心地よい。

 途端に何ともいえない空気がその場には漂い始め、その場に静寂が訪れた。しばらくは誰も言葉を発する事ができず、そわそわと落ち着かない様子で皆が彼ら吸血鬼の師弟の様子を遠目に眺めていた。
 そんな時に突然、苛立ったような声が響いた。

「っあー! もうそれ、別に今する話じゃないでしょ! 早く、血をあげて先進もう!?」

 イライアスだった。
 他の皆も彼の通路に響き渡るような声にハッとして、そこからおずおずと相談が始まった。
 空腹のジョシュアに誰が血を与えるか、である。普段から血液を欲する事の少ないジョシュアが求めるくらいなのだ。人間の血液がいいだろうというのは言わずとも皆には伝わっていた。

「うんと……、そしたら誰があげる?」

 セナの、どこか遠慮がちにも聞こえる声が真っ先に聞こえた。

「わたくしは別に構わないですわ。長い付き合いですもの。……ただ、以前聞いた相性のお話が気になりますわ」
「ヴェロニカは、やめた方がいいと思う。空腹の時にそれは毒だよ」

 ヴェロニカの申し出にイライアスが答える。この中で、ヴェロニカとジョシュアの血の相性について詳しく知っているのはイライアスとミライアだけだ。とりわけ、実際に血の相性がどのような影響を及ぼすかをジョシュアで体験しているイライアスからの意見は貴重だ。
 では誰に任せるのが良いか、と考えるようにイライアスが口を出そうとしていると――

「こういう時は人間のがいいとは思う、けど……」
「それじゃぁ俺――」
「お前はダメ!」
「えっ」
「近い!」
「はっ おい何勝手に――」
「アンタだ! そこのハンターのアンタ」
「オイコラ無視すんな!」
「ん? 俺か?」
「そ。分けてくれる? すぐ終わ――」
「ちょっと待った。なぜそこでラザールなんだい? 以前からの知人らしいそこの彼でいいじゃないか。それに何で君が仕切っているんだい?」
「は?」
「ほら! このヒトもこう言ってる事だし――」

 このように誰がジョシュアに血液を分けるか議論は紛糾した。これにはジョシュアもミライアも、そしてヴェロニカでさえ驚いたようで、議論から取り残された3人は互いに顔を見合わせ、彼らの様子を見守った。

「……モテる男は大変ですわね」

 ぼそりと呟いたヴェロニカの呟きが少し、ジョシュアの癪に障った。


「――はい決まりぃ! これで文句なしの終わり! さぁさっさと終わらせよう!」

 そう明るく言い放ったのは、この場を仕切っていたイライアスだった。
 その周りには、不服そうにするアンセルムとガラも悪く舌打ちをするセナ、そして困惑気味に頭をかいているラザールが円を囲むようにして突っ立っている。
 たかがジョシュアの補給先を決めるだけでこの騒ぎだ。ミライアですら面倒な気配を察知したのか、それに細かく突っ込みを入れる気はないようだった。

「あー、その、お手柔らかに……」

 おずおずと気まずそうに近寄ってきたのはラザールだ。初めにイライアスが真っ先に推した彼である。彼の側にはいつもアンセルムがいて、下心が何もなさそうな無関係な人間。
 この決定にはアンセルムが些か不服そうだったが、セナ《ライバル》に隙を与えまいとイライアスに押し切られた結果に違いなかった。

「なんかすまん……、それと助かる」

 すぐ側で腰を下ろしたラザールに、咄嗟に謝罪の言葉がついて出る。それを聞いたラザールはその場で苦笑した。

「いや、困った時はお互い様だろ。……で、吸血鬼ってどこから飲むんだ? やっぱり首筋をガブっていくのか?」
「あー、いや、それは稀だろうな。ないとは言えないが、余程腹が減っている時か、あるいは……」

 ラザールの純粋な疑問に答えていてふと、自分が首筋に噛みつかれる時の事を思い出す。
 普段、眠っている人間から血を頂戴する時には腕や指からでも十分であって、実際イライアスに血を分けてやる時は腕から与えることも多い。そもそも首筋は顔に近くて緊張してしまうし何より、セックスのときにイライアスがよく噛みつくのだ。噛みつきながら後ろから突かれて吸血もする。
 そんな行為を思い出してしまうような吸血を、今更ジョシュアが他人にできるはずもない。まるで、イライアスによる刷り込みだ。

 そう、説明しながらうっかりイライアスとの情事にまで思考が及んでしまって、ジョシュアは咄嗟にすっぱいものを口に含んだような顔をした。最近めっきりそういう機会が減って久しかったが、噛みつかれて激しく抱かれたあの日の事はまだ記憶に新しい。ジョシュアは内心で身悶えていた。
 そんなジョシュアの葛藤も知らず、その顔を見たラザールはギョッとしたような顔をしていた。

「ど、どうしたんだ突然その顔」
「……何でもない。自分の頭の悪さに呆れていただけだ」
「?」
「……右腕の内側が、やりやすい」
「腕でいいのか……吸血鬼って大分イメージと違うよな」
「ああ。アンセルムからは何も聞いてないのか?」
「っ……、あーいや、吸血鬼についてはあんまりだな。身の上話とか、いろいろと、そっちを……」
「うん?」
「……何でもない。腕、これでいいか?」
「ああ、悪い」

 袖ぐりを捲り上げて準備をしながら軽く話をする。ラザールの方も、言い難い事が色々とあるようだったが、ジョシュアも特に聞かなかった。
 目の前に差し出された腕を手にして、いくぞ、なんて声をかけようとしたその時。ジョシュアは気付いてしまった。自分達の事をジッと見つめている視線が一、二、三、四人分。
 ギョッとしたジョシュアは思わず文句を言った。

「見るなっ、気が散る!」

 シッシと追い払うような仕草をしながら言えば、イライアス、セナ、ヴェロニカ、おまけにアンセルムはしぶしぶその場から離れて行った。

 一思いにやってくれ、なんて男前な事を言ったラザールの腕に噛みついてお目当ての血を啜る。随分と久しぶりのようにも感じる人間の血液が、ジョシュアの全身を潤すのが分かった。軽い倦怠感がみるみる回復してゆく。
 それを見計らって牙を抜き、いつものように舌を這わせて傷を塞いだ。頭上から息を呑む音が聞こえたような気もして、痛いのを我慢してくれているのかと思うと申し訳ない気分になった。

「終わりだ。すまん、助かった。この礼は後で――」

 必ずする、と言って顔を上げた所で、ジョシュアはふと気付いた。
 ラザールが何か言いたげな表情を浮かべている。心なしか顔が赤いかもしれない。吸血鬼の能力が少し出てしまっただろうか、なんて心配しながら声をかけた。

「平気か?」
「……ああ……なぁゲオルグ、アンタこれ、毎回やって吸血してんのか?」
「は? 毎回、ではないが……どうしてだ?」
「いやちょっと……」
「?」

 とても言い難そうに、ラザールが耳を貸せと訴えてきた。素直に従って顔を寄せると、彼は耳元でとんでもない事を口にした。

 それを聞いてジョシュアは、思わずぐぅと唸ってから両手で顔を覆う。

(舐め方がエロいって……前にも同じ事言われた気もするがそんなの、自分ではどうしようもないだろうが――

 そういうジョシュアの心の中の叫びは、誰にも聞かれることなくその場で発散された。





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