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78.絡繰りの街ガルディ

 【S】級ハンターに昇格したばかりだというセナを加えたジョシュア達は、芸術の街オウドジェを離れ、絡繰りの街ガルディを目指した。
 オウドジェよりも北東に位置するガルディは、その二つ名の通り絡繰り仕掛けの職人が集まる街だ。魔術が広く使われている中でも、絡繰りによる補助は生活に欠かせなかった。

 時刻を正確に表示する品を作ることのできる時計技師、屋敷の中に隠し通路などを設置したり、舞台装置を設置する特殊大工技師、快適な乗り物を次々と生み出す車技師などなど、数多くの職人たちが集まっている。
 また、それらの品を買い付ける商人の出入りも多く、貿易産業の発達した賑やかな街であった。

「――オウドジェとは比べ物にならないほど、人の出入りが多い街ですわ。各地の商会がこぞって集まって、大商会の隙を見てはこの街に拠点を作ろうと画策しますの。これほどの技術を持った街は、他にはありませんからね――」

 他所の街よりもやけに高さのある建築物を遠くに眺めながら、前回のオウドジェと同じようにヴェロニカが皆に説明して聞かせていた。
 まさか敵の本拠地かもしれない街に無策で乗り込む訳にもいかず、ジョシュア達は街の手間、まばらに広がる木々の木陰に身を潜めながら街の様子をうかがっていたのだ。

 ジョシュアが日中の日差しを避けながら街へと視線をやれば、街の手前で通行証を確認する衛兵らしき者達の姿が目に入った。陽の光の眩しさに目を細めながらも、何か得られる情報でもないだろうかとジッと人々の様子を観察した。
 吸血鬼の視力というのは随分と便利なもので、夜間は当然の事ながら、日中でも人並み以上に遠くまで見ることができた。

 そして、そんなジョシュアの隣には。ぐったりとして動かないアンセルムの姿があった。与えられたフードローブを体に巻き付け、まるで芋虫のように木の根元の辺りに転がっている。
 長らく一所へと留まってっていたお陰か、アンセルムは環境の変化にはめっぽう弱いようだった。時折か細い声で何事かを訴えてくるが、ジョシュアに言われたってそれはどうしようもない。

「しぬ……僕はこのままだとしんでしまう……」

 誰かのツッコミ待ちなんだろうか。そんな事を思いつつ、ジョシュアは何も聞かなかったことにした。
 後できっとラザールがこの芋虫を何とかしてくれる。そう考えれば罪悪感は湧かなかった。

 そのラザールはと言えば、不機嫌続きのイライアスと、そんな彼にマイペースに話しかけているセナにと挟まれてオロオロしている。偶然にもとんでもない事件に巻き込まれてしまって、正真正銘のバケモノ達に囲まれる彼には同情を禁じ得ない。かつての自分の姿とも重なり親近感も涌きまくりだった。

「潜伏するにも好都合なはずですわ。職人を除けば入れ替わりも激しくて、恐らくは役人や商人ギルドですら街全体を把握しきれていないはず……まさにうってつけですわね」
「もしもここにあ奴らが潜むとしたら、どの辺りになると思う?」

 ヴェロニカの説明には時折ミライアが質問をした。今後の方針や策を練るのは彼女らの役目と化しつつある。この面子では致し方無いのだろうけれど、頼もしい、と胸を張って言える男が一人もいないのは多少情けなくすら感じた。

「そうですわね……わたくしがひたすら隠れ続けるとしたら、商業区ですわ。人の出入りが一番激しくて、数年おきに入っている商会ががらりと変わってしまいますの。覚えていられる人なんておりませんわ。商会と偽って看板もかけ替えてしまえば、もう誰にも把握なんてできやしませんもの」
「商人に扮している……操った人間を保管するのにもうってつけだな」
「ええ……そうですわね」

 二人が言うように、それぞれの商会には大勢の人間が所属する。大小はあれど、1、2年置きに人が入れ替わるのもザラだ。例え商会名簿を提出させたとしても、随時変わりゆく各商会の人間を管理者達が把握できるはずもない。木を隠すならば森の中。悪さをする魔族達が好みそうな街だった。

 ふと、ミライアが思いついたようにヴェロニカに問うた。

「この街の地下はどうだ?」
「地下?」
「魔族は総じて暗い場所を好むものだ。快適に過ごせる場所を探すはず」
「なるほど……ですがさすがに、わたくしもそこまでは把握しておりませんわ。背の高い建物が多いですから、地下なんて誰も話題にしませんし」
「ふむ……ならば、この街の構造に詳しい者はいるか?」
「構造、でしたら……絡繰り職人のギルドへ聞くのがよろしいかと。この街を創り上げてきたのは、そこに所属する大工達のはずですわ」
「なるほど。拠点を確保次第そちらへ探りを入れよう。ヴェロニカ、頼めるか? お前ならば顔も利くだろう」
「ええもちろん、構いませんわ」
 
 そうやって次なる方針を固めた後、ジョシュア達は二手に分かれて街へと入る事になった。ジョシュアはヴェロニカやセナと共に、先発隊として拠点となる宿の確保に赴く。そしてそれ以外、ラザールやアンセルム、ミライア、イライアスの四人は後発隊として夜間に動き出すのである。

「この世の終わりのような悲鳴を上げ続けて鬱陶しくてかなわんのだが」

 木陰に丸まっているアンセルムを見ながら、ミライアがボソリと口にした。

「旅は1世紀ぶりだと言っていたからな……夜間移動は正解だと思う」

 それに苦笑つつ、隣に座り込んでラザールが芋虫をポンポンと撫でると、微かに聞こえるか細い悲鳴は一瞬消える。だがしばらくすると再び聞こえ出して、ラザールはその度に彼を宥めていたようだった。
 もしやわざとやっているのではあるまいか。陽の下へ出る準備を念入りにしながらその様子を眺めていたジョシュアは、一瞬だけアンセルムを疑ってしまった。

「まーた別行動だし……姐さんもしやわざと? 引き裂くつもり……?」

 そして、阿呆な事をぶつぶつと言っているのは、どうやらアンセルムだけではなかったらしい。
 最早不機嫌を通り越し、いっそ沈鬱な表情を浮かべているイライアスは、地面を木の枝でほじくりながらブツブツと独り言を溢している。淀んだ彼の周囲の空気と白すぎるその肌とが相俟って、まるで幽霊のようにも見えた。その様子に、彼を見慣れたジョシュアですらヒッと悲鳴をあげそうになる。

「仕方ないだろ……仕事だ」
「うっ……だって……それにしたってさぁ? 最近いっつもじゃん?」

 近寄ってしゃがみ込み、小声で慰めるように言えば、聞いたことのない程情けない声が返ってきた。顔すら俯いたままだ。いつものあの飄々とした態度が見る影もない。

 思い返せば、確かにここのところは引き離されてばかりだ。先日、一日二日同室になったっきり、触れ合える時間もほとんどなかった。ジョシュアこそイライアスにはっきりと告げた訳ではないが、彼にとってイライアスは特別である。端的に言えば好いている。別行動となるのはジョシュアだって寂しいのである。
 それだけに、目の前のイライアスのへこみ具合が理解できない訳ではない。段々と可哀想になってきたジョシュアは、元気づけるつもりでイライアスに言った。

「赤毛、時間ができたらまた食事に行こう。時間を作る」

 その瞬間、目の前の赤い後頭部がピクリと揺れた。

「……ほんと?」
「ああ」
「絶対だよ? 約束ね?」
「ああ」
「男に二言はないよね?」
「……ああ」
「やった! 楽しみだなぁ……何しよっかなぁ」

 途端にパッと明るい声をあげながら顔を上げたイライアスに、ジョシュアはどうしてだか不安を覚えた。なんだかとんでもない約束を交わしてしまったような気分になって、何やら楽しそうに思案しているイライアスをジッと見つめる。

 彼がそういう顔をした時には碌な事になった試しがない。主に性的に。イライアスに対する想いはそれなりに自覚したものの、ジョシュアは極々一般的な趣向しか持ち合わせてはいない。イライアス程手慣れている訳でもない。
 何やら妙な事をさせられるのではないか。そういう不安が拭えなくて、言った当人だって嬉しいはずなのに、ジョシュアは手放しで喜ぶことができなかったのだった。

「ほれ下僕、行ってこい」

 そうしている内にミライアに呼ばれ、ジョシュアは思考を中断せざるを得なかった。ヴェロニカとセナと3人で、かの街の入り口へと向かう。願わくばイライアスよ普通であれ。そんな思いを抱えながら、ジョシュアは彼らの背を追って木陰から出た。


「身分証のご提示を」

 衛兵に【A】級ハンターとしてのタグを見せてから堂々、街の中へと足を踏み入れる。途端、そこは見たこともないような近代的な造りの街並みが整然と広がっていた。
 ガルディならではの高層の建物群を見上げ胸を躍らせながらも、来るべき決着の時を感じてジョシュアは身震いをするのだった。


◇ ◇ ◇


「挨拶回りと拠点の確保、街中の構造についての聞き取り――これで今日のわたくし達の役目は終わりましたわね。後は、夜が来るのを待つだけ。それまではゆっくりといたしましょう。簡易ですが結界も張りましたわ」

 確保した宿屋の一室で、羽織っていたローブや帽子を脱ぎながらヴェロニカが言った。彼女が人前で素の姿になる事はほとんどないが、セナもジョシュアも、彼女にとっては既に身内扱いのようだった。

「あの人ら、この場所ちゃんと分かる? 街も広いし宿も結構あったよね」

 同様に、ローブや外用の装備を外しながらセナが聞いた。彼もしばらくはエレナの相棒だっただけあって、ヴェロニカとの会話も随分気安いものだった。

「ええ。先ほどあの蝙蝠にお伝えしましたもの。大丈夫なはずですわ」
「ああ……ツェッペシュだっけか。いたな、そういうの」

 ぼんやりと空中を見ながら言ったセナの様子に、エレナと彼との3人で過ごした時の事を思い出す。あの時は随分と警戒されて、いっそ妙な事にすらなったものだけれど。事件の後は随分とジョシュアにも懐いてくれた。
 エレナが消えたその寂しさから頼ってくれているだけかもしれないけれど。それでも、彼のような才能溢れた若者に頼られるのは、正直言って嬉しかった。かつて人間だった頃のジョシュアであれば、睨まれこそすれ頼られるような事はなかったから。

 自身のローブを椅子に掛け、装備や腰に巻き付けていた武器やらをその場で外す。以前は警戒して外せない事も多かったけれど、色々な事に巻き込まれたおかげでジョシュアにも度胸がついた。いざとなればこの身体そのものが武器となる。それに気づいてしまってからはもう、ジョシュアの頭からは武器への執着すら消え去ってしまっていた。

 己の思考がどんどん吸血鬼らしくなっていく。それを感じて以前は怯えていたものだったけれど。今ではもう、変わっていくが当然のようにすら思われていた。

 そのような事をツラツラ考えていると。不意にヴェロニカから声をかけられた。

「ねぇジョシュ、ちょっといいかしら?」

 どうしてだか、彼女の声音はひそひそ話をするような小さなものだった。珍しい、だなんて不思議に思いながらも背の低い彼女の方へ耳を近づけると、ヴェロニカは驚くべき事を口にした。

「あの赤毛の方とは仲直りできたかしら?」
「…………は?」

 予想外の彼女の言葉に、ジョシュアはただ呆けたような音しか口にすることができなかった。

「は、ではないですわよ。ほら、あの観光の後ですわ。……わたくしが赤毛の方に近付きすぎて、貴方不機嫌になっていたじゃないの」

 次々と言い当てられて、ジョシュアの頭の中でその言葉がぐるぐると回り続けている。その言葉に対する反応なんて、当然できるわけもなかった。

「嫉妬でしょう? ……ごめんなさいね、わたくし、ああいうタイプの方が珍しくて……その、ちょっと、羽目を外してしまいましたの。略奪愛だなんてダメだって分かっていましたのに……」

 ヴェロニカの言葉が、理解されずにそのまま反対側の耳から出て行ってしまっているかのような心地だった。ジョシュアの気持ちもイライアスとの関係も、こうもハッキリ口に出されると羞恥を感じずにはいられない。顔が沸騰しているかと思うほど熱くて堪らなかった。

「でも安心してくださいませ。赤毛の方は、わたくしに一切目もくれませんでしたわ。この美貌を以てしても……。ジョシュアへの想いはホンモノですわよ。――安心して、愛を育みあそばせ」
「お、ま、待て、ヴェロニカ……やめっ、もうそれ以上は――」
「なに、何ですの? 照れているのかしら? 始終仏頂面の貴方が?」

 顔を手で隠しながらヴェロニカから顔を背ける。ずっと昔からジョシュアを知っている彼女だからこそ、その羞恥心は信じられない程酷いものだった。

「いやだわジョーッシュ……その顔お見せなさいな。後で赤毛の方に報告いたしますわ」
「やめろ……ヴェロニカやめてくれ……!!」

 そんな二人のやり取りは、セナが間に割って入ってくるまで続いた。





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