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「お待たせしてすみませんでした」

しばらくして、この会合を計画した張本人、佐賀美がやってきた。申し訳なさそうに笑って皆の前に姿を現した。

「ようやくお出ましか……で、話ってのは?」

彼、佐賀美が現れた途端、声をかけたのは藤生徒会長だ。気だるげに、少しばかり不機嫌そうに言い放った。

「俺らは暇じゃないんだ。さっさと終わらせたい」
「……そうですね。では手っ取り早く――白牙、おいで」

藤会長が言うなり、佐賀美はにこやかに笑うと右手を出し、アレの名前を読んだ。何だ、と皆が怪訝に見つめる中、俺は一人納得した。先ほどの男が、アレだったんだ。

――あの、狐の妖怪。俺は、さっとその男に目を向けた。男は佐賀美の呼び声ピクリと反応したかと思えば、俺が瞬きをした次の瞬間には空飛ぶ狐になっていた。

『!?』

全員が息を呑む中、俺はただ腕に絡み付く狐の姿をジッと見ていた。白牙という名はどこからつけたのだろうかとか、どうして妖怪を傍においているのだろうかとか、どうやったらあんな風に妖怪を大人しく従わせる事が出来るのだろうかとか、ただ疑問に思った事をつらつらと考えていた。

この時、俺はまだ気がついていなかった。この場にいる全員が、“普通”の人間に見えないはずの狐を視て驚いていたという事に。何故か、感覚が麻痺していた。

「和泉雅晴先輩、でしたっけ。驚かないんですね」

考え事をしていたせいで、声をかけてきた佐賀美の声への反応が遅れた。気付けば、皆が困惑をありありと見せながら俺の方を見ている。……気まずい。

「……いや、何と無く、……」
「彼が人じゃないと判っていたんですね。流石です」

誉められる事には余り慣れてはいないから、そう言って嬉しそうに俺を見る佐賀美に戸惑う。きっと、今俺は変な表情をしているに違いない。皆が見ている手前、下手な事は何も言えなかった。

「…………」

しばらく沈黙が続く。きっと皆、何を言っていいのか分からないのだろう。ただただ気まずかった。

「……何だよ、俺ら以外にも、視えてんのか?」

そんな沈黙を破ったのは藤会長だった。俺は、その言葉に、今度こそ驚いた。思わず、声をあげる。

「え、皆視えてたの?」
「え?」

俺に続き委員長も声を上げる。それに触発されたらしく、その場にいる全員が互いを見る。何か、気恥ずかしい。それぞれ、きっと自分以外に視える人が居なかったのだと思う。勿論、俺も、実際に視える人と出会ったのは、佐賀美が、初めてだ……。

「そうですよ。ここに居る全員、白牙が視えているはずです。……この学園には、何故か俺達みたいな、視える人間が引き寄せられるみたいで。俺は、貴方たちを纏めるためにここに呼ばれたんです――理事長の、依頼で」
「理事長もまた、貴方たちのように視えるそうです」

佐賀美の告げた内容に、皆が目を見開く。理事長もまた、ここに引き寄せられた人間だったのだ。声を失った。


その日の朝も、俺はいつものように教室へと向かう。特に何かを考えるでもなく、ただ道を歩く。意識しているわけではないけれど、気が付けば教室に到着している。いつもの事だ。

開いていた後ろ側のドアから教室に入ってそのまま、自分の席へ一直線――と、思っていたら。

「和泉……」

声を、かけられた。
彼は、教室の中央、最後尾に座っている。普段、クラスメイトと話す姿を見ないせいか、クラスの誰もが彼ね小さな声に反応した。俺もまた、そのひとりだ。

「逸見」
「はよ」
「お、はよう……」

まさか、不良と名高い彼――逸見晴香が挨拶をしてくるとは思いもしなかった。確かに、昨日の会合で皆それぞれ打ち解けはした。けれど、劇的な変化を期待したわけではなかった。ただ、またあの部屋に呼ばれることがあれば、話を、してみたかった。

あのメンバーの中で、藤会長と菅原副会長は、お互いの異常には気付いていたようだった。しかしそれ以外、2年の日谷部も逸見も委員長の近藤も俺も、誰一人仲間が居なかった。だから少し、ほんの少しだけ、生まれてから今まで持ち続けてきた胸のつっかえが、取れたような気がした。そしてそれはきっと、俺だけではなかったのだ。

「いつもこの時間だったか」
「うん。大抵は、ね……逸見は、どうだったっけ」
「……来てない」
「そっか……」

とにかく、気恥ずかしかった。クラスメイト達が驚いたように俺と逸見をチラチラ見ているのが大きいけれど、それ以上に、何か、どこか嬉しいような気分が、くすぐったい。

今は、途切れ途切れで簡単な事しか話せないけれど、逸見を含めた彼等には、たくさんたくさん、話したい事がある。けれど、どこまで聞いて良いのか分からなくて、とてつもなくもどかしい。自分の臆病さが、これ程まで憎らしいと思ったのは、初めてだった。

そんな感じで、俺と逸見が途切れながらも話をしていた時。もうひとりが、教室へとやって来た。

「おはよう」
「近藤……おはよう」
「……おう」

近藤からされた挨拶に、俺も逸見も、いつもとちょっぴり違う様子で挨拶を返せば、近藤は少し照れくさそうに笑った。そんな近藤委員長の様子に、教室は今や大騒ぎだ。いつも笑っているけれど、どこか影のある雰囲気のある近藤が、はにかむように笑うのは見た事がない。なまじ顔が綺麗なのもあって、頬を染めた生徒は多かったようだ。

そして、『なぜこの面子か』、というのも皆にとっては検討がつかないのだろう。今までは互いに壁を作って接してきたし、このように集まって話し込む事もなかった。俺達を見て、クラスメイト達は仲間内で話しながら検討違いな予測をたてている。俺達3人は、注目の的だった。

「何かうるさくなっちゃったね……」
「仕方ねぇよ。今まで接点なんてなかったんだ」
「そうだね……」

騒がしい周囲にこれ幸い、と、小言で俺達は話し出す。比較的人付き合いができていた近藤が来てから、話はぽんぽんと出てくるようになった。それぞれが、おもむろに話し始める。最初は、俺の疑問からだった。

「ああでも、近藤は今まで俺によく話しかけてきただろ」
「ああうん、それね。……前にさ、和泉が窓の外にいたヤツを追い払ったように見えてさ。もしかしたら和泉も、俺と同じなのかと思ってさ」
「……そう、だったんだ。たまに、教室でもやってたけど……気付かれてたとは、思ってなかった」
「へぇ……俺はあんま教室来てなかったから分かんなかったな。教室来ると色々壊されたりしたから、部屋にいた。……部屋に、何か、まじないみたいなやつが、書いてあって……教室はずっと避けてたな」
「そうなんだ……俺は、微かにしか分からないからそんなに困らなかったな。でも、まじないって、どうやってるの?俺、部屋から物が無くなったりして困ってて……」

思った以上に話は盛り上がり、教師が来るまで俺達は周りも気にせず話し込んだ。最後は、俺と逸見の知る簡単なまじないの話で終わった。近藤の提案で、また昼に集まろうという事で話は締めくくられ、それぞれの席に戻った。俺はいつになく、迫る昼食時にドキドキしながら授業を受けた。ここまで学校を楽しみに思うのは、初めてだった。





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