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その余裕が憎たらしい*

 他人のものを触るのは、アーベルにはまるで初めての経験だった。ましてや、その相手を絶頂させるだなんて。経験なんてまるでないのに。
 それでも乗ってしまったのは、人の前では格好付けたいというそんなアーベルの見栄だったろうか。

「んうっ、ふぅ……」

 そうやって強がって無様を晒して、アーベルは今グレゴールの口付けにすら翻弄されている。口付けられながら耳や頸を優しく触られるのも、堪らなく心地良かった。
 極まってしまったばかりで身体が敏感になっていたせいもあるかもしれない。

 口の中なんて、他人に触られた事もなかった。ましてや、他人の舌が突っ込まれるだなんてどうして想像できよう。
 ぬるぬると舌同士を擦り合わせ、時折舌を吸われた。そうすると背筋が震えるような快楽がアーベルを襲い、もっと欲しいのだと求めそうにすらなった。いっそ無意識に自分から舌を絡めてすらいたのかもしれない。
 気持ちの良い事以外は何も考えられず、与えられるままにアーベルはそれを享受していた。

 それからしばらくして。
 グレゴールの気が済んだのか、ゆっくりとその唇が離れていった。その頃にはすっかりアーベルも出来上がってしまっていて、離れていってしまった体温を口惜しく思いながら、ぼんやりと目の前の影と目を合わせていた。

「っやり過ぎたか……おい、……大丈夫か?」

 目の前の大きな影が、アーベルに向かってそう語りかけてきた。
 一呼吸を置いた後にようやく理解して、しかし何も考えずに首を縦に振った。すると、あからさまにホッとしたようなため息が吐き出されて、同時にアーベルの唾液で濡れた唇をその手が拭った。

「悪い、つい飛ばし過ぎた」

 そう言ったグレゴールは、少しだけバツが悪そうだった。ああやって口付けたのを、なぜだか悪いと思っているらしい。何でも強引に進めてしまう目の前の男には、そんな顔は異様に似合わなかった。

 だがそれにしても、と徐々に思考力を取り戻してきたアーベルは思うのである。
 その手の早さだとか口付けのヤり具合だとか全部が全部手慣れている。きっとその筋肉とツラで女性達を誑かしてきたに違いない。

 そう考えると、ズルい、だなんてアーベルは思ってしまうのである。自分はグレイスの事ばかり考えていて、|この歳《19歳》にしてすっかり経験の乏しい童貞くん。身内に誘われたいやらしい高級店なんかも全部断ってきた筋金入りであるのだ。
 それなのに。グレイスだった男ときたら。

 羨ましくて悔しくて頭が破裂しそうだった。股間よ爆発しろ。
 沸々と湧き上がってきたそんな苛立ちに、アーベルはたちまち不機嫌になってしまった。

「悪いと思うなら僕に挿れる方を寄越せ」
「……は?」
「何なのだお前……あんな口付け、されたら気持ちいいに決まってるだろうが!」
「……」
「僕にも色々練習させろ。っこの、筋肉!」

 そう言うおアーベルは、目の前にあった胸筋に軽い平手打ちをかました。
 本当に完全なる八つ当たりだった。かつてグレイスだった人間が、自分を飛び越してこんなに立派になってしまった。それが、今は無性に悔しかった。
 その上、こうやってぐずぐずと文句を言っている自分にも呆れて腹が立つ。出来損ないなりに一生懸命にやってもそういう訳の分からない感情に苛まれながら、アーベルはその八つ当たりをしばらく続けるのだった。

「今更覆すなよ……」
「っ僕は別にそんなつもりはない! ただ、お前に文句が言いたかっただけだ」
「文句……」
「遊んでいたのが見え見えで羨ましいと言ったんだ、この変態」
「……」
「そういうのをみんな断ってきた僕が稀有なのは認めるが……それにしたって気持ち良過ぎる」
「……」
「皆、ああいうのは経験して覚えていくものなのか? それとも、お前が特段ああいうのが上手いのか?」
「……」
「っおい、さっきから黙ってないで答えろ」
「……ノーコメントだ」
「何だ、僕に隠し事をする気か!」
「隠し事っていうほどでもないだろうが……」
「僕には大事な事だ
「……雰囲気ぶち壊しだなおい」
「うるさい、お前が答えないのが悪いんだ!」

  その後もしばらく、アーベルはぶつぶつと文句を言って見せたのだった。
 そうして、ほとんと吐き出してスッキリしてきた所で。アーベルはようやく、本来の目的へと立ち返る。

「……まぁ、それはそうと。僕は本当に嘘を吐くつもりはないからな」

 そうして、一通り言いたい事を叫んで少しばかり気の晴れたアーベルは。ふと、グレゴールの顔を見上げた。

「ヤるんだろう? ひと思いにいっそ最後までやってくれ」

 逸らす事なく真っ直ぐに見つめてそう言えば、みるみるうちにその目が見開かれていくのが見えた。
 かと思うと、グレゴールはその場で噴き出すように笑った。

「お前ほんと……いや、最初からそうだったわ」
「な、何なのだ……」
「こちらの話だ。……さて、本当にヤるぞ」
「う……うむぅ……負けは負けだ。好きなようにするがいい。……ただ、ほんとにその、初めてだからな……痛く、するなよ……?」

 若干の弱気を漏らしながら、アーベルは男らしく言った。それがまた、グレゴールのヤル気に火を付けただなんて微塵も思いもせず。堂々とその身を差し出したのだった。

 
 ◇◆◇


「んんっ……ふ、ううっ!」

 ぬちぬちといやらしい音が、アーベルの中から聞こえてきていた。仰向けに脚を開かれ、自分でも触れた事のない場所にグレゴール指が入り込んでいる。香油で滑りを帯びた彼の太い指が、アーベルの後孔を拡げるようにして中を蠢いていた。

『――痛かったら言えよ。大分拡げないとならない』

 そう言われて、アーベルもある程度の痛みは覚悟はしていたのだが。そう感じていたのは最初だけで、今や少し動かされるだけで腹の中でゾワゾワとした何かがどんどんアーベルを追い詰めていった。
 声もなぜだか抑えきれなくて、気持ちいいのか悪いのか、自分でも分からないその感覚に、背筋が粟立つかのようだった。
 そんな時だ。突然、アーベルの身体を衝撃が走った。

「――っんあ! ……あ、あくっ

 グレゴールの指がある一点に触れた時だった。ビリビリと頭を痺れさせるような感覚が駆け巡ったのだ。今までに経験した事もない類いのもの。それは確かに、快楽には違いなかった。
 そして、そういうアーベルの様子に気付いたのだろう。グレゴールはいっそ重点的にそこを刺激し始めたのだ。

「……ここか?」
「んあっ っ、そこはやぁ、だめっ、グレゴール!」

 余りに違うその快楽に戸惑うアーベルをよそに、グレゴールは優しく声をかけながらも一向に止める気配がなかった。

「大丈夫だ、安心しろ。……これが、お前のイイ所だぞ。覚えろ」
「ん、んんー、……っふあぁ――

  ビクビクと震える身体と、勝手に口をついて出てくる声が抑えきれない。アーベルはただ、身悶えるばかりだ。
 そして、グレゴールの指は増やされていき、とうとう三本目が入る頃。アーベルの身に再び変化が起こり始めた。

「んっ、んん、……あぁっ、く……」

 じわじわと、腹の奥から何かがせり上がってるような感覚があった。それが何なのかはよく分からなかったが、それがより気持ちの良いものだ、というのは直感的に感じ取れた。

「んんっ、……あ、だめ、そこっ……なにか、くるっ」

 思わず目の前のグレゴールへと訴えれば、どこか楽しそうな彼の声が上から降ってきた。その目は明らかに欲情していて、細めるその目元から愉悦のような感情がアーベルにも読み取れた。

「……すごいな。前、全然触ってないぞ。どろどろだ……このまま中で先にイッとくか? オンナみたいに――」

 そう言いながらグレゴールは、アーベルへと覆い被さってきた。アーベルの片脚を肩に乗せながら、ぐいと顔を近付けてくる。
 良く見えるようになったグレゴールは。ギラギラと獲物を見つめるような眼差しでアーベルをジッと見つめていた。快楽で頭が白みゆく中でも、目の前の雄がアーベルに食らいつかんとしているのが理解できた。
 それを意識すると、何とも言えない、羞恥のような何か、ゾクゾクとしたものがアーベル背筋を駆け抜けるのが分かった。

「うん、んんっあ、だめだ……くる、すごいのが、あ、ああッ!」
「……そのまま、中でイけ。身体で覚えろ」

 限界を訴えれば、いっそう激しく中を擦られた。ぐちゅぐちゅという嫌らしい音と共に、低く掠れた声が囁かれるのを聞いた。その、途端にだった。

「んくっ、あっ、ああぁ――ッ

 アーベルはびくびくと震えながら絶頂した。脳天を突き抜けるような快楽に犯され、口をはくはくとさせながら必死で酸素を取り込んだ。何も考えられなかった。ただただその快感を受け止めるのに精一杯。そうやって何度かに渡って吐き出しきると、アーベルはくたりとそこで弛緩した。

「イッたな? ……いい子だ」

 グレゴールはそう言うと、その指を中から引き抜き、余韻に震えるアーベルの額へと口付けを落とした。いい子だなんて言われて、普段のアーベルならば叱り飛ばしているところだけれども。続けてその手で前髪をよけられ、その手で頬を優しく撫でられてしまって。その心地よさにうっかり目を細めてしまったのだった。
 そうして油断していたところで。
 
「――挿れるぞ。力抜いてろ」

 先程まで指を入れられていたそこに、別のものが押し当てられた。自分のそれとはまるで違って、太くて雄を強く感じさせる。
 ついつい、先程までの快楽をうっかり思い出してしまって、少しばかりの期待を胸に。アーベルはその訪れを待った。

 ぐい、と若干の痛みと共にそれが挿入《はい》ってくる。

「んん、あ、ああっ!」
「んっ……はぁー、……」

 身を割かれているような感覚すら覚えたが、先程まで散々中を虐められたせいか、思ったほど辛くはなかった。大きいそれが、みちみちと中を侵食してくる。
 それがイイ所を掠め、無意識に中がひくつくのが分かる。まるで初めてだというのに、アーベルは既に快楽の走りを見つけてしまっていた。

「ふぁ、あ、……んっ!」
「ふぅー……、これで、全部だ」

 それが遠慮なく奥の方にまで納められると、熱い息を吐き出しながらグレゴールが言った。いっぱいいっぱいになっているアーベルの顔に口付けを落としながら、落ち着けるように優しく頭や耳裏をその手で撫でている。
 そういう所にもやっぱり手慣れた感じがして、アーベルは少しばかり嫌だなぁなんて思うなどする。
 そうやって少しばかり小休止したところで。

「そろそろ、動くぞ? ……気持ちいい所を、身体で覚えておけ」

 そうグレゴールが言ったかと思うと、ゆっくりと律動を開始した。

 ギリギリまで抜いてから再びそれを押し付ける。たっぷりと注がれた香油も手伝い、そのスムーズな動きがどんどん速まっていった。
 聞いていた痛みなどはまるでなかった。それどころか、グレゴールの剛直がたびたびアーベルのイイ所を掠め、その度に震えるほどの快感をアーベルへともたらしていた。
 その感覚に、声を抑える事もまるでできない。全身が快楽に浸されたような感覚だった。

「ふぁ……あ、っんん、あ……!」
「……気持ち良いか?」
「んんっ、……ん、きもちい……」
「ッ」

 浮ついたような声でアーベルが素直に言えば、何かを堪えるような音が降ってきた。それを聞いてきたグレゴールの顔を確認しようとアーベルが顔を向けると、何故だかますます腰の動きが早まった。

「んあぁっ、まっ……んんん――っ!」
「くっそ……お前、ほんと煽りやがってっ」
「ふああぁ!」

 ばちゅばちゅといやらしい音が、部屋中にこだましていた。強く奥の方にグレゴールの昂りを打ち付けられ、アーベルはもう、何が何だか分からなくなっていた。本当に何も分からなくなるほど気持ちが良かったのだ。

「あ、ああぁ! やだ、んんんっ、おかしくなるっ んううう――っ!」
「ッ……出すぞ。お前も、イけそうならイッてしまえ」

 何かを押し殺したようなグレゴールの声が聞こえて、それに応えるようにアーベルも限界を訴える。全身が信じられない程の快楽に震え、目の前のグレゴールにしがみつく事しかできなかった。

「うんっ、んっ……はぁっ、あ、……イ、ちゃう――!」
「っ――!」
「んううう――っ

 ぐずぐずになりながら背を仰け反り、ぎゅうとしがみつきながら絶頂した。先程までとは比べ物にならない。目の中がチカチカとするほどの快感に襲われていた。いつまでも長く続く気持ちの良いふわふわとした感覚。
 そんな中でも、抱きついているグレゴールがゆるゆると中にそれを吐き出しているのが薄らと感じられた。ああ、自分は本当にこの男のものになってしまったのだ。今更ながらそれが理解できて、しかしそこでプッツリとアーベルの意識が飛んでしまった。

「――おいっ、大丈夫かアーベ――!」

 目の前が真っ暗になる直前。
 焦ったようなグレゴールの声が聞こえた気がして、アーベルは最後にほんの少しだけ笑った。
 グレゴールを少しでも翻弄できたかと思うと、どうしてだか気分が良いのだった。





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