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70.ゆっくりとおやすみなさい(後)*
――俺は結局誰一人、そういう人間には出会えなかったから
そう言ったイライアスに言葉を返す。
珍しくしみじみと語りかけてきたイライアスを前に、ジョシュアは既に微睡みかけていた。それでも、眠る前にこれだけは言っておかなければ。そういう衝動に突き動かされての言葉だった。
「……それは、イライアスがほとんど人間と共に過ごしていたから、気付けなかっただけじゃないのか」
「!」
うつらうつらとはしながらも、ジョシュアにはイライアスが息を呑むような声を聞いた。それも構わず、睡魔と戦いながら言いたい事を言ってしまう。
「俺も最初に会った時、吸血鬼としては半端だったし……人間を、捨てきれてなかった。そんな俺でも、アンタの隣は、悪くないと、」
そこでとうとう、ジョシュアの気力が尽きてしまった。眠気に抗えず、意識が暗闇の中へと沈んでいく。
ここの所ずっと、慣れない人間の気配がすぐそばにあるせいで、ジョシュアの緊張が緩む事なく中々寝付けない日が続いていた。
だがそれが今日、ようやく解消されたのだ。普段から隣で眠るイライアスの気配にホッとしてしまって、ジョシュアはあっという間に眠りの世界へと旅立ってしまった。
「……このタイミングで言い逃げってさぁ、さすがに酷くない?」
イライアスのそんな呟きももう、ジョシュアには聞こえない。疲れも溜まっていた。寝不足気味でもあった。
そのまま深い眠りの中へと、ジョシュアは落ちようとしていた。
意識が闇の中で微睡んでいる。後少しすれば、微睡みは完全に深い眠りの中へと落ちていくのだろう。
そんな刹那の事だった。せっかく深くまで落ちかけていたジョシュアの意識が、上手く底まで落ちきらないのだ。それどころか、何かのせいで現実へと引き戻されようとしている。
それを不思議に思いながらもどうしようもなくて、ジョシュアの意識はどんどん引き戻されていった。
何もしていないはずなのに、ひどく息苦しく感じられていた。深く息をしようとすると、何かにそれを塞がれる。一体何事だろうか、と息苦しさのあまりにとうとう、ジョシュアは再び目を開く。
するとどうだろうか。ジョシュアの目の前には、イライアスの顔面があった。意識しなければ焦点が合わないほど近くに、その綺麗な顔がある。
つまりはそう、イライアスに深く口付けをされていたのだ。
「ん、んんんっ! イラィ――っ!」
それを意識すると途端に、ジョシュアの口の中を蠢く生々しい感覚がまざまざと感じ取れてしまう。舌を吸われ、歯列をなぞられ、唇を噛まれる。舌を吸われながら柔く噛まれると、ジョシュアの背筋をぞくりとするものが駆け抜けていった。両手で顔を固定されて、おまけに上に乗られていては逃げられるはずもない。
この時点で、ジョシュアの眠気はすっかり吹き飛んでしまっていた。
息が上がる。身体が変に火照る。肌を触られるだけで、そこから更なる快感の走りを見つけてしまいそうになる。
イライアスによって快楽を教え込まれたジョシュアの身体は、イライアスがそういう意図をもって触れば瞬く間に反応するようになってしまっていた。
彼から与えられるものが全部、イイ事だと知ってしまったから。何も考えずに快楽だけを追えるから。
いっそ怖くなるほどジョシュアは深く溺れられる。それを身体がすっかり覚えてしまっていた。
ようやく口が離れる頃には、ジョシュアは息も絶え絶えだった。こんなにしつこく口付けられるのも久しぶりの事で、ジョシュアは少しだけ困惑しながらイライアスを見上げた。
「ふふっ……、ジョシュア起きた? こうして、二人きりで寝れるのも数日ぶりでしょ? ……あんな風に言われたら、俺も我慢なんてできる訳ないじゃん」
「……っ、今日は、疲れたから眠――」
「らせないよ? 吸血鬼がその程度でへばる訳ないしねぇ。こーんな寝室まで用意されちゃったら、そりゃもう有効活用するしかないでしょ」
そう言って笑うイライアスから、ジョシュアは目を逸せなくなってしまった。自然と発動する魅了にやられてしまったのか、それともその続きを無意識に期待してしまったからか。ぼうっとする頭では、ジョシュアにはもう分からなかった。
再び唇を寄せられ、ジョシュアは避けもせずにそれを受け入れた。こんなでは静かに眠れる訳もないし、とっととイライアスを落ち着かせて早く休んでしまいたかった――というのはもしかしたらもう、逆に建前に過ぎないのかもしれなかったけれども。今はまだ、ジョシュアもそういう事にしておきたかった。いつかきっと、誤魔化しが効かなくなったその時まで。
口付けたまま、イライアスがその腰をジョシュアへと擦り付けてくる。彼のものは既に兆していて、擦れるたびにジョシュアのものも一緒に刺激した。
口付けられながら耳や首筋を撫でられると、それがまたひどく心地良かった。その手が段々と下に降りてきて、ピタリとした服の中にまで侵入する。そうして、腰や腹に触れられたかと思うと、ジョシュアの服を胸の辺りまで片手で捲り上げてしまった。
そのまま脱がせるのかと思っていたが、どうやら今日は違うらしい。口付けはそのままに、しばらく腰や腹をさわさわと手のひらを這わせていたかと思うと。
イライアスの手が何と、ジョシュアの胸の飾りを弄り始めたのだった。突然の行動にジョシュアは動揺する。
「んんっ――
」
途端にびくりと身体が跳ねたのは口付けのせいに違いないと自分に言い聞かせる。そうでもしないと、ジョシュアはその羞恥に耐えられそうになかった。
摘んだり優しく潰したり捏ねたり、執拗に繰り返される動きに、ジョシュアは形容し難いむずむずとした感覚を覚えていった。始めは片手だったそれが、いつの間にか両手になって同時に左右をこねくり回された。
口付けと同時にそれを繰り返されると、どちらの刺激に快感を覚えているかも分からなくなっていった。無駄な抵抗だとは分かっていながらも、ジョシュアはイライアスの暴走をくい止めようとその腕を掴んだ。
しばらくの間、ジョシュアの手とイライアスの手が攻防を繰り広げた。そうしてとうとう、ジョシュアはイライアスの行動の阻止に成功する。
イライアスの指の間に自分の指を絡ませる事で、両手の動きを封じたのである。そこへの刺激がどうしてそんなにも嫌なのかはジョシュアにも分からなかったが、ひとまずはそれが止んだ事に安堵する。深く考えてはいけない、とジョシュアは自分を納得させていた。
だが、ここでひとつ盲点があった。焦る余り、ジョシュアには今の状況が見えていないのだが。イライアスの指に自分の指を絡めているそれは、いわゆる恋人繋ぎというやつである。当人がボケていても、イライアスがそれに気付かないはずがない。
不意に、イライアスが動きを止めた。口付けを止めて、ゆっくりと上半身を起こす。
ジョシュアは、しつこいくらい攻め立てられていたものが止み、ホッとひと息を吐いているのであるが。今の状況を正しく理解しているとは到底言えなかった。そのまま、二人は両手を繋いだ状態で、互いに息を整えていた。
そんな時だった。ふと、イライアスが呟くように言った。
「……ジョッシュってさぁ、時々無自覚にとんでもない事してくれるよね」
ジョシュアが見上げたイライアスは、何かに耐えているような表情をしていた。上からジョシュアを見下ろしながら、先程までよりも、その目をひどくギラつかせている。見慣れているジョシュアですら、一瞬たじろぐような眼差しだった。
行為中でもここまで余裕がなさそうな姿を見るのは初めての事で、一体どうしたというのだろうか、とジョシュアはまるで他人事のように頭に疑問符を浮かべるばかりだった。そんなジョシュアの内心を知ってか知らずか。イライアスは無言のまま、再び動き出した。
今度はなんと、イライアスはジョシュアの胸の頂を口に含んだのだ。予想外の動きに酷く動揺する。
「っお、い――っ
」
以前のような口付け程度ではない。まるで女性に対してそうするように、その舌や唇で転がし始めたのだ。
指の感覚とは大分異なっていた。滑りを帯びた舌や唇がその果実を擦り、時折それを吸い上げる。まるで未知の感覚に、一体自分が何をされているのかも分からなくなって自然と上半身が跳ねた。
余りの状況にジョシュアの頭は茹で上がっているような気分で、直視できずに目を瞑った。
けれどもそうすると今度は、余計に舌の感覚をまざまざと拾ってしまって、ジョシュアは一層訳もわからず悶えるだけだった。何で今日に限ってこんな事をするのか。
訳も分からず両手を繋いだまま、ジョシュアはただ震えていた。
それからどれくらいの間そうされていたか。
イライアスによる攻め苦が終わる頃には、ジョシュアはすっかりぐったりとしてしまっていた。何度も何度も刺激された両方の胸の飾りはもう、少しの刺激でも快楽すら感じるようになってしまった。舌で触れられるだけで、身体に熱が灯っていく。
「うわお……ごめん、ジョシュア、ちょっとだけやり過ぎた」
余程ひどい顔をしていたのか、ジョシュアの顔を見たイライアスが申し訳なさそうにそんな声を上げた。未だに両手は繋いだままで、イライアスはふと握ったジョシュアの手の甲に触れるだけの口付けをした。
そこでようやく終わりを悟ったジョシュアは、瞑っていた目をそっと開ける。起き上がったイライアスに視線を合わせれば、憎らしいほど綺麗に笑う彼と目が合う。
「ジョシュアがさ、あんまり可愛い事するから……虐めたくなっちゃって」
言いながら、イライアスは繋いだままの両手を振ってみせた。そしてここでようやくジョシュアは気が付いた。イライアスの手を握ったままだったのだと。
慌ててその手を離そうとするが、逆にイライアスはそれを許さなかった。
「ちょ、おい……、手、」
「……何で? 別にいいじゃん、このままで。恋人繋ぎ」
口に出されるとますます恥ずかしかった。いい歳こいて青臭い。ジョシュアはそんな事を思いながら、奇妙な気分でイライアスを見上げた。訴えかけるような視線をぶつけるが、イライアスの方が何倍もやり手だ。
「どうしたの? もしかして、そんなに俺に触って欲しくて言ってる? 早くシたいとか?」
「っ、別に、そういうのじゃない!」
慌てて否定するが、イライアスはふぅん、と言いながら笑うだけだ。ジョシュアのその言葉を信じているのかいないのか。相変わらず完全に手玉に取られている。そういう所に少しばかり寂しさを覚えながら、ジョシュアは一度大きくため息を吐き出した。
そうして心を落ち着けてから。静かにジョシュアは言う。
「イライアス」
「ん?」
「いつまで、こうして手を繋いでるつもりだ」
「え? いつまでって……」
キョトンとするイライアスに、思わず渋い顔になる。ジョシュアの質問の意図は伝わらなかったようだ。これで分からなければもう、恥を捨ててジョシュアも言うしかない。
不思議そうに首を傾げているイライアスに向かって、ジョシュアは羞恥を押し殺してとうとう告げた。自然と声が小さくなるのは仕方のない事だった。
「俺も、ここまで煽られて止められたらキツい。……その、するんなら早く――」
そこまで言って、ジョシュアの言葉は途絶えた。イライアスが冗談で言ったそれが、あながち嘘でもなかったなんて。当人は決して認めないだろうが、結局のところはそう言う事なのである。
「もうほんと、君はいちいちツボを突いてくるよね。責任、取ってもらわなきゃ」
そう言ったイライアスは、どこか余裕がなさそうであって、そしてどこか楽しそうでもあった。
広い部屋には、二人の荒い息遣いが響いていた。
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