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声の主を仰ぎ見れば、にこにこと胡散臭い笑みを浮かべた美丈夫が。全体的に色素の薄い茶色な自分と比べれば、漆黒とも言うべき艶やかな黒を持つ彼。何か用でもあるのか。俺は思わず眉を寄せた。

「何か用でも?」
「はい。ちょっとお話したいんですが……座っても?」
「…………どうぞ」
「どうも」

中々に礼儀はなっているらしく、騒ぎもしない。好感は持てた。だが、妙に胡散臭かった。何より、何故か周囲が注目しているのだ。何とも、落ち着き難い雰囲気だった。

「食事中にすみません。食べながらで構いませんので、少しお話を。俺は佐賀美晴一(サガミ セイイチ)と言います。ついこの前、ここに転入してきたんです」
「ああ、あんたが……」

彼の自己紹介に、ピクリと顔の筋肉が動く。噂とはあまり関わらない、と思っていた矢先のこの接触。俺は内心で悪態を吐きながら彼、佐賀美の話に耳を傾けた。こんな中で食事など出来るか、と箸は御膳の上に置いた。

「実はですね、俺、今人を探してるんですよね……」
「……知り合いか何か?」
「いえ。“条件”に合う人間を、探してるんです。何人かに声をかけたんですが、先輩にも、視てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの……?」

何やら意味深に語る佐賀美は、どこか怪しげだ。何のつもりなのか検討もつかない。こんな人間は、初めてだった。

「はい。“視て”もらいたいものです。もうすぐ来ると思うので、少し待っててもらってもいいですか?」
「?いいけど……」

訝りながらも、佐賀美の言うやって来るものを待つ。何のつもりだろうかと佐賀美を見ても、ただ薄く微笑むばかり。すぐに分かりますよ、と言う佐賀美に溜め息を吐いた。

それから幾分も経たない内に、俺はいつもの違和感を感じはじめた。耳鳴りだ。いつも、何か人ではないものが来る時の症状でもある。こんな時に、だなんて俺が内心悪態をついていたその時。

「ほら、来ましたよ」
「え?」

笑みを深めながら佐賀美が言うものだから、俺は何が来たのだと佐賀美の視線を追って振り向いた。だがそれを目にした途端、俺はここが何処だかも忘れて悲鳴を上げそうになった。

【セイイチの旦那、こんなひょろっちいチビ介が例のやつですかい?】
「!……っ、……!?」
【何や、他のガキのが使えそうやん……ああ否、コイツ俺の声も聞こえとんのかいな。ほなコイツがいっちゃん強いんか、へぇ、意外やんなあ】

狐のような見た目だが、ただの狐でない事は確かだった。狐は喋れないし、何よりふらふらと空なんか飛べない。狐のようなそれは、俺の頭の周りをぐるぐる回りながら、ブツブツと関西弁で何か言葉を溢している。

俺は、驚きのあまり後ろを振り向いたまま動きを止めてしまった。端から見れば、さぞかし奇妙に移った事だろう。そのままの体制で、俺は佐賀美から声をかけられるまで動けなかった。

「やっぱり見えるんだ。和泉先輩大丈夫……?白牙(ビャクガ)、お辞め」

クスリと笑いながら、佐賀美は俺と狐のそれに小声で声をかける。狐はビクリと体を奮わせると、大人しく佐賀美の肩に乗った。俺も自分の奇妙な行動に気付き、身体を前に向けた。

……俺のバカ、気付かないふりでも何でも出来ただろうに。この2年はいかにも面倒臭そうな“同類”じゃないか。俺はそれに初めて気が付くと、大きく溜め息を吐いた。

「驚かせてしまってすみません。でも確認はとれたので、まあ許して下さいね。先輩にはまだちょっと話があります。今日の放課後ここに来て下さい。ちなみにそのカード、なくさないで下さいね。それでは」
「え、あ、ちょっと――!……ったく、何だってんだよ」

佐賀美は嬉しそうに話し始めたかと思えば、早口で用件とやらを捲し上げ、黒いカードをテーブルに置きその場を立ち去ってしまった。あっという間の早業で、俺は質問など一切出来ずに佐賀美の後ろ姿を見送る事となった。片手で頭を抱え、カードをみれば、それは寮のカードキーと思わしきもの。ふと表面に書かれた数字の列を確認して、俺は思わず目を剥いた。

「マジかよ……1000番代って……」

寮部屋は学年別に数字が別れており、1年は100番〜200番、2年は300番〜400番、3年は500番〜600番となる。そして、俺のカードに書かれた1000番代は、学内優秀者が一人部屋を許されている階で、俺が苦手とする有名人が住む階だ。

有名人、と言うのは、学内の顔のいい連中が校内新聞等で取り上げられた人間達の事を言う。以前、俺は不可効力で関わってしまって大変な思いをしたので、あまり良い印象がない。俺は思い切り大きな溜め息を吐くと、食事を終わらせフラフラと教室に向けて歩き出した。
いつも以上に疲れたと、これからの事を考えて胃が痛むような思いだった。

行きたくない、そう思えば残りの授業が終わるのはあっという間だった。流れるように授業が終わり、いつの間にかホームルームの時間になってしまった。溜め息を吐きながら担任の話を流す。とにかく憂鬱だった。

「はいじゃあ今日はこれでおしまい。また明日な」

そう教師が言うな否や、クラスメイト達はあっという間に散った。昨日までは自分も終わればとっとと帰っていたのだが、一度帰りたくないと思ってしまえば足取りは瞬く間に遅くなるのだ。と、俺は今知った。

人気のなくなりつつある教室から、努めてのんびりした足取りで、目的の場所へ向かう――前に自分の部屋に寄ろうと思う。我ながら稚拙な時間稼ぎだ。だが、そんな俺の悪足掻きなんか全く意味もなくて、気がつけば俺は例の部屋の前まで来ていた。足取り重く、ゆっくりと来たはずなのに。俺は、扉の前で重く息を吐くと、一思いに部屋のベルを鳴らした――。
そして、ベルに応じるように小さな音と共に顔を出したのは。

「いらっしゃーい、セイイチはんに用ですかいな――って、どないして来はったかは知っとんねやけど。……どーぞーいらっしゃい、“お仲間”はん」

狐顔の、金髪で長身の男。一見して普通の人間にも見えるが、驚いてまじまじと見てしまったその目は、赤。人間には滅多に無い色をしていた。それだけではない、その不気味な程の無表情だとか、人間とはちょっと違ったオーラだとか、何かが違う。そうして、ああ何か人間とは違うヤツなのか、と、俺はほぼ直感的に理解した。

「何視とんの、はよ入り」
「!あ、ごめんなさい……お邪魔します」

ジロジロと不躾にも観察していた俺は、彼に急かされ室内に入る。見れば、一般寮より広めの室内に、自分以外の人間が何人か佇んでいる。俺を合わせると6人。見知った顔もいて、俺は思わず顔をしかめた。

「和泉……」
「……委員長も、佐賀美に呼ばれたの?」
「うん、そう。……一体、何なんだろうね?」
「さあ」

クラスでよく話しかけてくる委員長、もとい近藤晴彦(コンドウ ハルヒコ)が、そこにはいた。軽く話しかけてはくるが、続かない。俺は、委員長から意識を反らして集められた面子を確認する。校内で有名な人間ばかりだ、というのが俺の印象だ。

壁に寄りかかり面倒臭そうに澄ましてるのは、生徒曰く一匹狼の不良、逸見晴香(イツミ ハルカ)。クラスメイトながら、一度も話した事がない。名前でからかえば即入院、だなんて噂もある。

つまらなそうに腕を組むセミロングの純日本男子は、日谷部晴太(ヒヤベ セイタ)。弓道部の部長らしく、礼儀作法や上下関係には厳しいと聞く2年だ。

自分の部屋か、とばかりにソファで寛ぐ色気のある彼は、現生徒会長の藤晴一郎(フジ セイイチロウ)。少し横暴だが、カリスマ性のある、責任感の強い2年。

会長の隣で行儀よく、だが遠慮がちに座る美人は、現生徒会副会長、菅原清晴(スガワラ キヨハル)。生徒会長の幼なじみで、会長に懇願され二期連続で副会長を努める控え目な3年。

そして、俺と、俺の隣でそわそわしている近藤晴彦だ。今、佐賀美とやらは不在のようで、俺たち6人と、俺を出迎えた不思議な男しかここにはいない。男は、俺を招き入れた後床に胡座をかいて座り込んでしまった。しんとした気まずい空気の中、俺達は当事者の佐賀美の帰りをひたすらに待った。







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