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61.A級ハンターのゲオルグ

 大変不本意な流れとなった、ハンターギルドでの会談後の事だった。ミライアの部屋中に大きな声が響いた。

「はぁ!? 何でアレと“影の”が同室なのさ!」
「仕方ないだろうが。早々に吸血鬼だとバレるのもコトだ。知られるにしても、奴の様子を見てからにしたい。ならば、こ奴を同室にするのが一番怪しまれにくい。お前にも分かるだろうが」
「うぐ……でも、」
「貴様も少しは我慢を覚えろ。そして子供のような反応はいい加減にやめろ」

 悔しそうに顔を歪めるイライアスに向かって、ミライアはひどく煩わしそうに言い放った。イライアスが文句を垂れているのは、彼らの部屋割りについてだ。

 先の会談により、急遽ラザールというハンターを保護する事となった。しかし、事情が事情なだけに保護する人員はそれなりに実力のある者でなければならない。

 相手は吸血鬼である可能性が非常に高く、しかも最悪の場合、敵が組織だっていてもおかしくはない。
 となれば、カードとして最も有効なのは、吸血鬼組がその身柄を預かる事。それが確実で、万が一の場合も対処が楽にできる。結果として急ではあるがミライア、ジョシュア、イライアス達にラザールという男が預けられる事となった。

 そしてここで問題となったのが、そのラザールの傍に誰が付くかという問題である。ミライアやイライアスでも良かったのだが、ラザールは勿論、彼らが吸血鬼である事を知らない。
 彼に吸血鬼であるという説明しても良かったのかもしれないが、それをミライアが嫌がったのだ。

――突然現れた人間に、そう易々と教えるバカが何処にいる。

 もっともな意見だった。後々はラザールへも教えるにしろ、リスクは少ない方が良い。
 今はきっとその時ではないのだろう。知らない方が上手くいく物事だって多いのを、ジョシュアだって知っている。内心で複雑な気分になりながら、ミライアの決定に従う。

 そのような訳で、吸血鬼である事を隠しながらしばらくは様子見をする事になったのであるが。
 ミライアは、ラザールと行動を共にする役目をジョシュアに任せると言ったのである。ハンターギルド内部の事情については、つい最近まで現役だったジョシュアが一番詳しく、そして人間のフリをするのには最も適している。

 ジョシュアだって別に、その役目には否やもなかったのであるが。真っ先に反対したのはイライアスだった。
 きっと、彼が嫌だという理由なんてのはひどく個人的なそれなのだろうけれども。

「姐さんが俺の気持ちを軽んじてる……」
「阿呆めが。我らの義務に感情も糞もあるわけなかろう。ただ実行するだけだ」
「鬼……」
「なんとでも言え。お前に言われても痛くも痒くもない。――おい、下僕」

 それを呆れたように傍観していたジョシュアだったが、突然ミライアに呼ばれて顔を向ける。すると彼女は、ジョシュアに向かって言ったのである。

「聞いていたろう? あの男と行動を共にしろ。気付く事があればすぐに言え。……だが念のため、あ奴の前では声を出せないフリでもしていろ」
「声が出ないフリ? どうしてだ?」
「その方が色々と聞かれずに済む。お前も、答えに窮するような質問は面倒だろうが」
「……成る程」
「困ったら、最近パーティに入ったばかりだからよく知らない、で押し通せ。お前のその仏頂面が役に立つ」
「…………分かった」

 ミライアの言葉に引っかかりを覚えながらもしかし、ジョシュアは素直に従った。少しばかり悪く言われているような気もしたが、今は子供に逃げられるような目付きに感謝するばかりだ。
 そして更に、ミライアは言葉を続けた。

「それとこの際だ。口元を覆っているそれは付けたまま過ごす事に慣れておけ。しばらくはあのヴェロニカとか言う女ハンターとも行動を共にせねばならん」
「……」
「この馬鹿に聞いただろうが、血の相性というものは我々にはどうする事もできん。精神的に安定していれば酷くならずに済むとは聞くが……本当は、お前にこの件から離れていて貰いたい位だからな」
「っそれは――」
「嫌だと言うんだろう? 私もお前無しでは厳しいところがある。……ならば、お前には多少我慢してもらう他ない。とにかく慣れろ。そこの馬鹿のようにな」
「最近、俺の事馬鹿と阿呆としか呼んでなくない? 俺だって今回頑張ってるのに酷くない? ねぇ……」
「自分の胸に手を当ててからモノを言え――」
「何でさ! 俺も――――、――――――

 そんないつも通りの二人を見ながら、ジョシュアはこっそりとため息を吐いた。
 エレナの一件から始まり、再びハンターに復帰する事になったり、ヴェロニカの血で酔ってしまったり、ハンターを護衛する役目を貰ったりと、ここ最近は特に目まぐるしく状況が変わる。

 人間だった数ヶ月前と比べるとそれは雲泥の差で、ジョシュアは何とも奇妙な心地を覚えた。まるで最初から自分はこうなってしまう運命で、人間に戻りたいという気持ちを起こさせないようにあんな退屈で辛い日々を送らされていたのではないか。
 神なんてものは到底信じてもいなかったが、余りの差分に運命的な何かを信じてしまいそうになる。不安な時は何かに縋りたくなるというが、きっと、最初に宗教を起こした人間はこういう気分になった経験があったのだろう。考えてもどうしようもないが。

 そんなとりとめのない事をジョシュアは考えていた。そうでもしないと、この幸運な毎日から逃げてしまいたくなりそうで。ジョシュアは気付かぬ内に、全くもって吸血鬼らしい思考で考えていた。


「――余りに待たせるのも不信感を煽る。早速行ってこい。あの男にはハンターとして登録した“ゲオルグ”の名を教えておけ」
「分かった」
「聞かれた事は可能な限り答えてやれ。あの男にはいつか吸血鬼について教えざるを得まい。ただ、少しずつだ。向こうが気付くまでは待つ。妙な行動を起こしたら、我々に関する記憶を消せばいい。――ただ、慎重にやれ」
「……ああ」
「やっと邪魔も無くなったと思ったのに……」

 散々念押しをされながら、ジョシュアはラザールの待つ部屋へと向かう。イライアスは最後まで不服そうだったが、ミライアの一喝で大人しくなった。
 なんだかんだとミライアの言う事は聞くイライアスは、確かにジョシュアの兄弟子のようなものにあたるのだろう。そう思うと、どこか不思議な気分になった。

「はい、どうぞ」

 ジョシュア達へと充てがわれていた部屋をノックすると、今日聞いたばかりの声が返事をした。遠慮なく部屋の扉を開けると、並列して並べられたベッドのひとつに男が座っているのが見えた。
 襟足から短く刈り上げられた茶髪に翡翠の目。ベッド横には大剣が立て掛けられている。傍目からも何処にでもいるいでたちのハンターである。
 体格はイライアス達よりは小さいものの、ジョシュアよりは大きい。ミライア達に彼が加われば益々、ジョシュアはまるで巨人の国に紛れ込んだ小人である。

 ジョシュアだって決して小さくはないはずで、一般人に紛れれば頭一つ分位は抜けるのだ。ただ、ハンターというのはいかんせん体が資本の世界であって、実力が体格に比例する場合も往々にしてある。そうではない、エレナやヴェロニカ、セナのような人間が異常なのである。

 ましてや、吸血鬼になると尚更で。長年生きているせいか、それともそういう者が吸血鬼になりやすいのか。自然と大きい人間の姿をとるのである。
 だが残念な事に、ジョシュアが今後そのようになれる見込みは薄いらしい。何でも、育ち切ってしまった体はそう簡単に大きくはならないのだとかなんとか。全くもって人間のようである。
 どこの世も世知辛い。ジョシュアはそう思うしかなかった。

「ああ君は……フードをずっと被ってた人か?」

 ジョシュアが近付くと、ラザールは人好きのする笑みを浮かべ、立ち上がりながら手を差し出してきた。それに応えて握手を交わしながら首を縦に振る。

「改めまして、俺はラザールです。アンタも、ハンターか?」

 首を縦に振りながら、ミライアより渡されたハンターギルドの認識票タグを見せる。“ゲオルグ”、そして“A級”と書かれた真新しいタグは、何とも奇妙な心地をジョシュアに与えた。
 万年“C級”でしかなかったジョシュアという人間はとうとう、“ゲオルグ”という名前で“A級”としての権限を得たのである。作戦の内とは言え、何とも感慨深いものである。

「ゲオルグか……もしかして、声が出せない、とか?」

 B級なだけあって話も早い。ジョシュアはやはり首を縦に振りながら、宙に文字を描いた。
 戦闘に使えるような魔術はからきしだったが、ジョシュアだってそれなりに魔術が扱える。
 人間だった頃は暇な時間が多かったから。使えるものは何でも使う、と可能な限り様々な知識を仕入れたのが役に立った。そして結果として、空中に文字を描いて見せるような小技を幾つか使えるのだ。それが戦闘に役立った試しは一度もないが。
 器用貧乏、という言葉はまさに、ジョシュアにピッタリの言葉である。

『よろしく。書いて答えるから、何かあれば聞いてほしい』
「へぇ……そんな事できるのか。俺は魔術は全然だ。魔力がそもそもない。ゲオルグは、ハンターになって長いのか?」
『それなりに、だな。少なくとも十年は経つ。ここへ来たのはつい最近だが』
「それで、初めて見る顔だったのか……【A】級ともなると大変だな。他所からここに引っ張られて来たんだろう? 最近よく聞く話だ」
『そんなところだ。ラザールも今日は突然で疲れただろう。早めに休もう。明日の一日を挟んで準備を整えてから、オウドジェに向かうらしい』
「……そうか、やっぱり行くんだよな、俺も」
『ああ。その屋敷も特定されてる。街を歩いてる時に記憶が戻るかもしれないそうだ』
「へえ……俺なんかが君らの中に入っていいものだろうか……足手まといになりそうで」
『俺も、あの人らの世話になる事が多いから心配はないと思う』
「……ゲオルグもか? 俺にしたら、アンタもあの【A】級の人らと同じようなにおいがするけど」

 そんな事を言われ、ジョシュアは余りの言葉に固まってしまった。におい、というのは比喩には違いないのだろうけれども。ジョシュア自身が、吸血鬼達の纏う空気と同じものを持っていると言われたのも同然なのである。
 嬉しいような、寂しいような、複雑な気分だった。

 それに適当な言葉を返し、しばらく会話をした後で。ジョシュア達は床に入る事になった。
 無論、昼間はずっと眠って過ごしていたジョシュアに眠気なんて訪れるはずもないのだけれども。眠っているフリでもしておいた方が都合は良い。
 いつものような寝支度を整えてからベッドの中へと入り込み、ラザールに背を向けながら目を瞑った。

 冴えた頭で五感を研ぎ澄まし、魔力を飛ばして周囲を探る。ミライアの張った特製の結界を超え、意識は宿の外にまで及んだ。結界のせいで薄い壁を一枚隔てたような感覚だったが、ジョシュアには十分だった。

 外は静まり返っている。人の気配も、それ以外の気配もほとんど感じられなかった。
 一見して、平和な人間達の街である。例えそこに人外が紛れていようとも。人々が気付かない程、彼らは日常に紛れ込んでいる。

 しばらくはそうして警戒していたジョシュアだったが、数刻もすると疲れが出る。探知は魔力消費が少ないは言っても無尽蔵ではない。ジョシュアの魔力量だって多いとは言えない。
 段々と魔力の出力を小さくして、部屋の外程度に限定する。隣の部屋からはイライアスとミライアの気配が薄らと見えた。

 二人の気配は普段からとても薄く、いかにジョシュアとて意識をしなければ見失ってしまう。人間のそれとは明らかに違う。

――同じにおいがする――

 きっとジョシュアも、もうとっくにそちら側に傾いているのだろう。その日の夜は、気を抜くとそんな事をツラツラと考えてしまった。

 夜は段々と更けていく。
 久々になる人間との同室は、何故だか落ち着かなかった。知らない気配が傍に居る、というのもあったが、それだけではないのは確かだった。





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