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60.目撃者


「先日のマヌエラ(ミライア)殿の情報を元に、例の奴らの拠点の一つと思しき建物を発見した」

 薄暗い会議室の中、中央部所長のデメトリオが深刻そうな顔でそんな事を言った。
 本日この場に集った者達は、怪物ハンター達の中でも指折りの実力を持つ者達ばかりだ。成果とも言えるその発表を耳にしても、どよめくどころか声を発する者さえ居なかった。

 その中にはもちろん、ジョシュアの姿もあった。普段のローブに加え、今回は鼻から下を覆うような布地を身に付けている。
 夕方近い時間帯にもかかわらず、室内でもそのような装備でいるのは、もちろん理由あっての事。以前よりも更に露出している部分が減り、さながら怪しい裏の仕事人のようないでたちである。

 当人にもその自覚はあったが、好き嫌いでやめられる程世の中は甘くないのである。いつ、ジョシュアが再びあのような醜態を晒すとも限らない。
 あの出来事からは未だ、5日ほどしか経っていないのだから。

 腕組みをして仁王立ちをするミライアの背後。イライアスと並び立ちながら、ジョシュアは人間たちの話を聞いた。

 彼らはピクリとも表情を変えず、ある者は薄い微笑みを顔に浮かべながら、そしてある者はデメトリオを睨み付けるが如く鋭い視線を向けながら、その話に耳を傾けている。

 デメトリオはそんな彼らのひとりひとりに顔を向けながら、まるで叱咤するように告げた。

「ここより南に位置するオウドジェという街だ。案内は街の者にさせる。夜に屋敷へ向かい、調査して貰いたい」

 南方の街を調査する。デメトリオの依頼にどこか引っかかるものを感じながら、ジョシュアはミライアの後ろ姿を見上げた。微かに見えた彼女の横顔は、いつもと何ら変わりない。むしろ、事情を知っていた風にも見える。

 何が引っかかるのか、ジョシュア自身にも良くは分からなかった。
 実害もあれだけ出ていながら、調査などと悠長な事を言っているのに苛立ちを感じているからか。
 それとも、ミライアを襲撃したあの人間達がいるという南へ向かう不安のせいか。
 ぼうっと話を聞きながら、無意識にローブの下で胸元の服を掴んだ。

「ひと月前、一人のハンターが一部の記憶を失って戻った事故があった。現場は、同じオウドジェだ。その時にはただの笑い話で片付けられていたが……情報と照らし合わせると偶然にも情報と一致する点も多い。事情はこの後、彼本人から直接聞いてもらいたい」

 記憶を消せる者が敵に居る。
 ジョシュアが知る限り、記憶の消去を行える者は一部の魔族に限られている。少なくとも、普通の人間にはできないはずだ。

 当人が記憶を失ったという違和感を自覚しているのであれば、下手人は何らかのミスをしている可能性が高い。使い所を間違えたのか、あるいはまずい現場でも見られてしまったのか。

「了解した。調査とやらも我々が中心に動く事にはするが……貴様らは誰が向かうのだ? まさかこの場の全員が行く訳でもあるまいな」
「ああ。魔術においては並ぶ者が居ないヴェロニカ君が同行する。きっと役に立つだろう」
「ふむ……結局、そこの聖騎士は来んのか」
「最初に紹介しておきながら申し訳ない。彼が多忙なのもあるが、事情を鑑みると彼よりも彼女の方が相応しいとの判断だ。当人の希望もあったが」
「……成る程。承知だ」

 短いやり取りの後、ヴェロニカはミライアの方へ顔を向けて言った。

「ヴェロニカです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「ああ。話には聞いている。よろしく頼む」
「ええ」

 至極平和的なやり取りと簡単な打ち合わせの後で。
 ミライアとジョシュア、イライアス、ヴェロニカの四人は別室へと案内された。誰も彼も仕事という意識があるのか、気楽に言葉を交わす者は居なかった。

 二階の会議室から一階へと降り、《取調室》とのプレートが掲げられた部屋に入る。中では、一人の屈強な男が椅子に座らされて待っていた。
 男は、ゾロゾロと中へ入ってくる人間達を不安気に見上げていた。

「私はマヌエラだ。お前、名は?」
「は、はい……俺は【B】級のラザールです」
「ではラザールとやら。お前は今回の件、事情は聞いているか?」
「いえ……自分は、ただ先月の依頼について話すようにと話があって、それで――」

 真っ先に口を開いたのはミライアだった。男のようないでたちの女が、普通でないオーラを身に纏って目の前に立っている。男はあからさまに緊張したような表情をしていた。
 その男の気持ちがよくよく理解できたジョシュアは、彼を不憫に思いながら、黙ってその様子を見守った。
 ミライアの隣には、控えめにヴェロニカが立っている。彼女らの背後に男どもがぼんやりと立ちながら、例の事件の聴取を始めた。

「ふむ。それならいい。記憶を失った時の依頼内容と、その前後にあった事ついて聞きたい。私達の受ける依頼に大きく関わるようでな」

 問いながら、ミライアはラザールと名乗った男に先日渡されたばかりの認識票(ドッグタグ)を見せてやった。正式に【A】級ハンターとして名乗れる証である。そこに彫られた名はもちろん偽物であるが。

 男はそれを見ると、一度大きく目を見開いてから恐る恐る口を開いた。

「は、はぁ……あの時は、単純に訪ね人の依頼でした。行方が分からなくなった家族の行動に関わる手掛かりなら何でも欲しいと言うので、その人の足取りを追っていたんです。ここ最近は特に消える人間が多いですから、そういうのもしょっちゅうで……。それで、家族に送られたという手紙をもとに、実際に行った場所を巡ってみたんです」
「手紙か……」
「はい。手紙に書かれた内容自体には、不審な点は見当たらなかったです。どうも、気になる人がいるからその人を今度デートに誘うとか何とかで。好みを知るのに、男との話に出ていた場所へ行ってみるとの事でした」
「探し人の性別は?」
「若い女性です」
「その女性の足取りはどうだった?」
「ええと、確か……流行りの食べ物屋台や劇場、市民向けの服屋に顔を出した位で、これと言って特別な行動はしていなかったです。――ああでも一点だけ、不思議に思った事が」
「不思議に思った?」
「はい。その気になる人というのがいつも、夕方に姿を現すんだそうで。昼間は会ってくれないとか」
「ふむ……」
「それで不思議に思って、確か、いつも会うという男の屋敷を探して――、そこからの記憶が曖昧です」
「屋敷か。どんな場所だったか言えるか?」
「いえ……それがどこにあったかまで調べて、調査に行ったとは思うんですが……今思い出そうとするとサッパリで。その部分だけすっぽ抜けてるんです。夕方からの記憶がほとんどなくて、気付いたら次の日の朝になっていて。その時にはもう、こうなっていて。屋敷を探そうとしたんですが、得たはずの情報すらあやふやで、結局有耶無耶のままです」
「男と屋敷に関わる情報が全て抜けている、と」
「ええ。……どうも気味が悪くて。依頼人には差し障りのない程度で調査結果を伝えて、引き続きこちらでも調査すると言って戻って来ました」
「ああ、懸命だろうな。一般人には下手に伝えない方がいい。ターゲットにされる可能性がある」
「ターゲット……?」
「連れ去ったと思しき犯人のだ」
「!」
「ハンターの一人が消えた場合、組織だって動くのは容易に想定される。だが、そこらの一般人市民ならどうだ? 消えても騒ぐのは最初だけ。力もないから不明者が出ても泣き寝入りするしかない」
「……」
「そういうのに狙われる可能性があった。だから懸命な判断だ」
「やはり、俺の記憶は――」
「恐らくは。今の話、消されたと考えるのが自然だ」
「記憶を消せる者なんて……」
「そう、その通り。私らのような者に限られるのだ」
「え――?」

 そこでミライアは突然、パチンッと指を鳴らした。瞠目していた男の目を真っ直ぐに見つめ返しながら。
 音が鳴った途端にビクッと大きく体を揺らしたかと思うと、男はその場で固まった。その目はどこか虚ろでまるで、ここではない何処かを見ているようだった。

 ミライアは続けて、彼に向かってゆっくりと話し続けた。

「よし、掛かったか。――ラザールよ、お前は今、事件当時のオウドジェの街中にいる。女の足取りを追っているのだ」
「……はい」

 虚ろな表情のまま、男はミライアの問いに答えていった。まるでそう、催眠術にかかっているかのようだ。
 成る程、吸血鬼の催眠術はこんな風にも使えるのか。ジョシュアはそんな事を考えながら、彼らの様子を見守っていた。

「屋台や劇場の人間に彼女――名前は何だった?」
「イレーネ」
「街の人間達にイレーネの事を聞いて回っている。街の人間は何と言っていた? 一人一人、言っていた言葉を思い出してみろ」
「……『ああ、彼女ね。最近良く来るよ。一人の時もあるし、誰かを連れてくる時もあるかな。――や、いつも同じじゃないよ。女友達だったり、夕方近くによく見る男を連れてた事もあった。――その男について? いやぁ、一日に何人も相手にするから覚えてられなくて――あ、そうだそうだ、確か今度、夜に劇を観に行くとか言ってたような気がする』」
「観劇か……おい、続けろ。その後の行動を言ってみろ」
「その、話を聞いた後は劇場に向かった……劇場にも行った。彼女を見たと言う証言があった。例の男と、居たようだ」
「どんな男だと言った?」
「長身の、役者のような男だと……」
「……証言はそれだけか?」
「みな覚えていないと言った。イレーネについては覚えていたのに、男については容姿もほとんど記憶に残っていなかったそうだ」
「認識阻害か?」
「そう、俺も認識阻害の可能性を考えた。実際に座っていた席付近を見てから、劇場を離れた。怪しいと思って、それから……」
「それから、何だ?」
「多分、男の住む家を探そうと思って……そこから曖昧だ」
「曖昧……それなら、覚えている事を言え。劇場から離れて、周囲には何が見える? お前は何を見ていた?」
「劇場を出たのは夕方近かったから……、食事がてらギルドに寄って探そうと、ちょうどいい食堂を探してた。酒も飲めて、美味しいと評判の店があって……入ったらほとんど満席で、妙に気にかかる男が壁際の席に座ってた気がする。思い出せないけど、どこか影のあるような雰囲気で、変に色気があって。直感で、何かあると思った。その男に、相席を頼んだんだと思う」

 その話を聞き、その場に居た全員が息を呑んだ。ラザールというこのハンターは、犯人――恐らく吸血鬼らしき男と接触していたのだ。出会いもせずに襲われた訳ではなかった。
 ミライアは更に問いかけた。

「……続けろ。何を話した? 男は何に興味を持った?」
「彼は――、俺がハンターかと聞いてきて、……何を調べているか、しきりに聞いてきた、かもしれない」
「どこまで話した?」
「ほとんど、何も。人探しだと言って……彼女の絵を、見せた。反応を見ようと思って。それで……何か話をして、何処かへ行って……そこからはもう思い出せない」
「ふむ……十分だろう。おい、戻っ――」
「彼が素敵な人だったのは覚えてる。俺みたいなのにも優しくて――」

 その瞬間、ミライアは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……んなのは聞いとらん、戻って来い!」

 叫ぶように言うと、ミライアは素早くバチンッと両手を叩いた。すると男はハッとして目を見開くと、目の前に立っていたミライアを見上げた。

「あれ、今……俺、何か話して――?」
「ああそうだ。一旦は今ので十分だ。……お前は犯人と接触した可能性が高い」
「犯人……? 何のだ」
「お前の探していた女を攫った下手人だ」
「え……」
「これは、参ったな。こ奴、放っておくのは危険かもしれん」
「は」

 呆然と呟く男――ラザールを見ながら、ミライアはため息を吐くようにそんな事を言った。
 隣で同じように、ヴェロニカも反応する。

「……そうですわね。わたくし達が気付いたと分かれば、この方を狙う可能性も考えられますわ」
「ああ。それに、この中途半端なやり口は慣れていないからだろうな。他にもボロを出しているかもしれん。情報源として持っておきたい」
「え? ええ?」
「それくらいなら問題ないでしょう。所長にはお話しておきますわ。彼宛の依頼は、ナザリオにでも回しておきましょう」

 何も解らず戸惑うラザールに向かって、そこでミライアは告げた。

「お前、この件が片付くまでは我々と共に行動しろ」
「え」

 その場で目を見開いたラザール。
 そして、困ったような表情で彼を見つめるミライアとヴェロニカ。

 大変面倒なことになった。ジョシュアは眉間に皺を寄せながら、彼らの様子を黙って見つめるだけだった。





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