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59.人間と吸血鬼


 「ジョシュア?」

 早く話せとばかりに、イライアスはジョシュアへと詰め寄っていた。
 ヴェロニカとジョシュアとの関係について、何故だかここまで詰められている訳なのだが。

 ナザリオとの間にもヴェロニカとの間にも、仲間である以外は特別な事情なんて何もない。それをどうしてだか、イライアスがナニかを疑ってくる。ジョシュアには若干、理解し難い感覚だった。
 イライアスは一体、何を心配しているのだろうかと。
 恋愛経験値なんぞゼロのジョシュアは、イライアスの詰問のようなそれに恐る恐る口を開いた。

「特に、何もないと言っているだろう。彼女はエレナの信奉者だっただけだ」
「信奉者って……」
「あの二人、ヴェロニカもナザリオもそう表現するのが一番相応しいと思う。俺に対する態度も多分……エレナと親しかったからで――」
「ふぅん……? 俺にはそうは見えなかったけど」

 そう言って一度言葉を切ると、イライアスはジョシュアの背後から首を伸ばし、彼の横顔を間近で見ながら言った。

「もう何度も言われてて陳腐に聞こえるかもしれないけどさ、あれは本心だったと思うよ。単純に仲間だから、っての。エレナって人は関係なく」
「……」
「俺から見てもそうだし、あの二人の口から出た言葉なんだから……そのままの意味で受け取ればいいのに」

 イライアスの言う事は間違いではないのかもしれない。彼らの言葉を直で受け止める事が出来ないのは、ジョシュア自身の気の持ち方のせいでもある。
 長年の考え方はそうすぐには変えられない。こうして状況が変わっても、ジョシュアはその考えに縛られてしまっている。ジョシュアは何も言う事が出来なかった。

「そういや君は、彼らの仲間であったことを隠そうとしてたね。その考え方は一体、どこからくるのかなぁ? 弱かったら仲間ではいれない? 役に立たなかったら仲間ではいけない?」
「……」
「それは君自身の思い込みからくるものじゃないのかなぁ……? 自分のせいで以前の仲間達を馬鹿にされたくない、とか?」
「!」
「正解かな?」

 そんなイライアスの言葉にジョシュアの心臓が跳ねた。思っていた事を皆、言い当てられた気分だった。
 横顔を見つめる視線を感じながら、ジョシュアは木張りの古めかしい床を見つめる。

「君の人間だった頃の事なんて、俺は何も知らないから大した事は言えないけど。それが今に影響を与えてる、ってんなら俺も口出ししちゃうからねぇ」

 そんな事を口にしながら、イライアスは固まるジョシュアの首筋に顔を寄せている。

「ああー、正直みんなお子ちゃまでザマァない。伝えもせずに優しさに甘え過ぎた結果がこれだよ。俺が良いとこみーんな掻っ攫ってあげちゃうから」

 上機嫌にそんな事を呟きながら、イライアスはジョシュアの首筋を甘噛みする。散々その身を繋げた後で性欲はすっからかんだったが、彼にその急所を晒しているというその事実に背筋が震えた。

「ジョシュアは俺らと比べたらそりゃ弱い部類に入っちゃうけどさ? 君にしか出来ない事だってあるんだよ。その辺は自覚持ってもらわないと。――もう、ジョシュアは俺らのもんだしねぇ。俺らが君を一人前の吸血鬼にする、それは覚悟しておいてね」
「ッ!」

 そんな事を言いながら、イライアスは一際強くジョシュアの頸に噛み付いた。いつだかのように、恐らく血も滲んでいるだろう。
 そこに何度か唇を押し付けると満足したのか、イライアスはジョシュアを抱き寄せたまま、その場で横になった。最早どうして良いかも分からず、ジョシュアは無言でされるがままだ。

 昔の仲間に対する思いや思い出は確かに、楽しいものばかりではない。辛い時期の方が長かった。
 けれど、ジョシュアは本当に彼らが嫌いであった訳ではないのだ。彼らの輝かしい活躍に水を差してはいけない。どちらかと言えばその気持ちの方が大きかった。

 ジョシュアは彼らを自ら遠ざけていたに過ぎない。一線を引いていた。
 エレナとはまた違った形で、彼らからも逃げ続けていたのである。そして誰も、追いかける隙がなかった。ジョシュアが追いかけさせなかったのである。

 それをイライアスは根底から覆した。掴んだら離さず逃さない。ズケズケと入り込んで来ては居座り続ける。
 彼らとイライアスとの間にはそれほど大きな違いはなかった。けれどもその違いで、ジョシュアはこうも別人のように変われたのだ。
 時折鬱陶しくもあるけれども、ジョシュアはそんなイライアスとの関係も悪くないと思ってしまっているのである。
 もうとっくに決めてしまっていた。

 もうこのまま寝てしまうつもりなのだろう。そう察したジョシュアは、イライアスの腕の中で大きく一度息を吐き出すと、その場でぐるりと体を反転させた。
 目の前にきた大きな胸板へ無遠慮に額を押し付けながら、彼は目を閉じた。頭上で息を呑むような声が聞こえたが無視を決め込み、散々行為に付き合わされたその身を休めるように、ジョシュアは眠りについた。
 その間際、頭に何かが触れたような気がしたが、すっかり疲れ切った彼は気にする事もできずに意識を沈めていったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 宿からの帰り道での事だった。
 暗い夜道、人っ子一人居ない王都のメインストリートを、ナザリオとヴェロニカは目的地に向かって歩いていた。
 そんな時にふと、ナザリオが口を開いた。

「ヴェロニカ」
「はい?」
「さっきのは少し、やり過ぎだったんではないかな……彼らも君の剣幕に驚いていた」

 苦笑しながら、隣を歩くヴェロニカを上から見下ろすように目をやっている。大きな帽子の下からチラチラと見える彼女の顔は、どこか不機嫌そうにも見える。
 ナザリオの言葉に目を少しばかり見開いてから、ヴェロニカは言葉を返した。

「それはっ……確かに、わたくしも少しやり過ぎたかもしれません。で、す、が! そもそもあなた方が隠していたから悪いのですわ。そこは自覚なさってね」
「ああ、そこについてはごめんよ。……私も、彼をただの魔族として処理できるかと思っていたんだが。無理があったようだ」

 遠くの方を見つめながら、ナザリオは少しばかり声のトーンを落として言った。そして、それにはヴェロニカも同意する。

「ええ……そう、ですわね。……彼ら、他の魔族どもとはどこか違うわ」
「元人間だからだろうね。違和感なく人に紛れられるほど、彼らは一見して普通の生活を送っている」
「ええ。……あの、窓際にいた吸血鬼」
「うん?」
「わたくしの事、見向きもしませんでしたわ」

 ふと、ヴェロニカの言った言葉にナザリオは一瞬言葉を失う。その言葉が意味するところを理解しかねたのだ。
 ポカンとした表情で、彼女の方を見た。

「はい?」
「わたくしのこの見た目、普通の殿方ならどう思うと思います?」
「えっ……、ああ、そうだね……綺麗とか美しいとかではないかな……」
「ですわよね? わたくしは美しいですから、もちろん観たくなりますわよね? あの男、チラリとも見ようとしなかったのですわ」
「ああ、うん……そうかい」

 その理由を聞いて、ナザリオはすます遠い目をした。

「私の美しさに見向きもしないだなんて。……燃えますわ」
「待て待て、君は一体何をする気なんだい?」
「何って、あの男をギャフンと言わせるのですわ」
「ギャフン……? 何をどうやって……いや待てヴェロニカ、赤毛の彼はジョシュアとペアで組んで――」
「勿論、そんなのは分かっていますわ。ジョシュアが先程倒れた時、あの男は目の色を変えて飛んで行きましたもの」
「そこまで分かってるならどうして……」

 ヴェロニカの考えている事が理解出来ず、ナザリオは困惑しながら聞いた。彼の知る限り、ヴェロニカがこのような様子になるのは初めての事だったから。
 するとヴェロニカは、まるで子供のように口を尖らせながら、低い声で言った。

「……気に食わないのですわ。どちらも」
「どちらも?」
「わたくし達を頼ろうとしないジョシュアも、わたくし達からジョシュアを奪っていった彼らも。ジョシュアはもう二度と人間として生きる事が出来ないのですわ」
「それは……」

 ナザリオも思っていた事だった。彼女の言った通りだ。どうにも、もどかしくて堪らない。
 魔の者を蛇蝎のごとく嫌う教会に所属していたナザリオも、複雑な思いを抱えている。魔族に出逢えばそれこそ、問答無用で始末してきた過去だってある。

 ジョシュアだけが特別であるというのは確かにそうであるが。今まで正しいと信じて疑わなかった行動を変えるというのは、思っている以上にその精神を削った。

 自分のしてきた事は本当に正しかったのか。ジョシュアのような者が実は、居たのではないか。元々、教会に愛想が尽きたからハンターへの道を歩む事にはなったのであるが。

 ナザリオは未だに迷っている。
 そのような中でも尚、彼らを擁護してしまうのは、誰にでも優しい彼の、博愛精神のなせる技だろうか。

「腹立たしいではありませんか。わたくし達が一体、どんな気持ちで――」
「ヴェロニカ」
「なんですの? わたくしの言葉を遮らないでくださいます?」
「君の気持ちを否定する気はないのだけれど……ジョシュアは今の方が楽しそうに見えるよ」

 それはナザリオがずっと思っていた事だった。もし、彼らが無理やりにジョシュアを囲っているのであれば、ナザリオは喜んでその解放の手助けをしたことだろう。けれども実際はそうでなかった。

 ジョシュアは以前よりも見違える程に力を付けているようであったし、何より、自分からハンターとして戻るという誘いを断る程には、彼らに対する信頼を見せ付けてくれた。
 彼は自分で、吸血鬼として彼らと共に居る事を選んだのである。

 ジョシュアが自ら進んで魔族に加担するだなんて、思うところがない訳ではないが。自分達には与えられなかった何かを、彼ら吸血鬼達はジョシュアに与える事ができたのであろう。
 この数日程で、ナザリオはそのように結論付けていた。

「……どうしてそんな事が言えるのです?」
「何となく、かな。あの赤毛の彼と居る時は特に、ジョシュアも肩の力が抜けているように感じる」
「……」
「昔、私達といた時に彼がどういう表情をしていたのか、正直あまり思い出せないんだ。ただ、ほとんど変えなかったように思う」
「それは……ええ、確かに、そうだったかもしれませんわ」
「君はまだ、彼らと今日顔を合わせたばかりだ。これからは共に行動する機会も増えるだろうから、少し彼らを観察してみるといいよ」
「……分かりましたわ。ちょっかいはそれからかける事に致しますわ」
「結局止めないのかい……?」
「少し八つ当たりたい気分なのですわ」
「それにはぜひ、私を巻き込まないでくれるかな」
「あら、何て薄情なのかしら」

 そんな事を言い合いながら、二人はギルドへと真っ直ぐに向かっていた。ギルドに、二人から見た吸血鬼という魔族についてを報告する為に。
 どんなに夜遅くとも、ギルドには必ず誰かが居る。緊急事態はいつ起こるとも限らないのだ。民を守る為に、ギルドは常に稼働している。

 ハンターギルドへと足を踏み入れ、その日の報告を済ます。ナザリオもヴェロニカも、道中とは全くの別人のような態度で微笑みながら、無表情になりながら、淡々とその事実を伝える。

(わたくしの事、あんな風に心配をして手当てしようとするひとなんて、エレナ達以外では初めてでしたわ。あのくらいなら、魔術で綺麗に治りますのに。女の子なんだから、って。……わたくしのあんな姿を見た後なのに――)

 波乱の予感を孕みながら、人間達と吸血鬼達の共闘作戦が間も無く本格的に始まろうとしていた。





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