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55.専門家がいうには


「ナザリオもセナもあの時の吸血鬼も皆この事を知っていて、わたくしにだけ伝えていなかっただなんて、一体全体どういう了見なのかしら!?」

 その部屋中に、彼女の声は大きく木霊した。

――すまない……その、バレてしまった。

 もうすぐ日も暮れようという頃、突然部屋を訪れた三人の人間達をひきつった顔で出迎えたジョシュアが。彼女らを部屋の中へと招き入れ、その扉を閉めた途端にだった。

 彼女は部屋の真ん中程でパタリと歩みを止めると、その場で突然叫び出したのだ。魔術師らしく、器用にその場で瞬時に防音効果のある結界を張って。これでもかという程思いきり、ジョシュアとナザリオを主に睨みつけながら。

「ええと、ヴェロニカ?」
「ええそうですとも、貴方ほどの方が会議中ずーーっとフードの吸血鬼の方を見ているんですもの。それはそれは問いただしたくなるに決まっていますわ! まさか、元聖騎士ともあろう者が吸血鬼に恋恋慕でもしているのでは、と!」
「あの、その……落ち着いてくれ――」
「これが落ち着いていられますか!? この場においてわたくしだけが除け者にされていただなんて!」
「いや、別にね、君を除け者にとかそういう――」
「ではナザリオ、なぜわたくしに黙っていたんですの!? わたくしだって仲間だったのに――!」

 珍しいことに、あのナザリオがヴェロニカにやり込められてしまっている。こうして大声を張り上げる事も本当に稀な事で、ジョシュアも驚くばかりだ。

 しかし、この一方的な言い合いの原因となっているのが、まさかのジョシュアであるからして。下手に口出しをしては、彼女によって蜂の巣にされるに決まっているのである。申し訳ないとは思いつつも、見守ることしかできない。ジョシュアは可哀想な位責め立てられているナザリオを哀れに思いながら、しかしホッと胸を撫でおろしていた。彼女の主な怒りの矛先は、何を隠そうナザリオなのだから。

「いや、それはその……別に、隠したくて隠していた訳ではなくてだね、彼らにはま――」
「その話ならば結構! わたくし魔族専門ですもの、魔族における真名の効力やその他諸々についてはこう見えて熟知しておりますの!」
「ああそうだ、そうだったね……君は――」
「だからってわたくしがジョシュ相手に何か仕出かすとお思いだったの!? あんなにエレナと一緒に探し回ったというのに!」
「……」
「わたくしはそれ程の信用にも値しなかったという事ですのね!」
「ち、ちが、待ってくれヴェロ――」
「ジョシュア!」
「あ、はい」

 その時突然矛先を向けられ、油断していたジョシュアは思わず気の抜けた声を上げてしまう。ぐるんとヴェロニカに顔を向けられ、ズイズイと目の前に詰め寄られてしまって、ジョシュアは思わず後ずさった。しばらくすると、その背中が入り口の扉にトンと当たる。

 いよいよジョシュアの目の前に、見慣れた色素の薄いヴェロニカ美しい顔が突き付けられた。不思議なほど昔と変わらない。怒りの余りにか随分と興奮しているらしい。

 色の濃い紫水晶のような目を怒らせ、珍しく顕にしているプラチナブロンドの姿が、ジョシュアの目の前にあった。ふわりと甘い香りが漂ってくる。普段以上に赤みの差したその頬が、やけに可愛らしく映った。

 ジョシュアよりも年上であるはずである彼女は、まるで少女のような顔立ちをしていた。

「貴方は何か、わたくしに言う事はなくって!?」
「う……いや、その……」

 そう言ってギロリと睨み上げてくるその迫力に、ジョシュアはただ視線を逸らして微かに声を漏らすばかりだった。
 けれどもやはり、これはジョシュアがどうにかすべき問題であるには違いなくて。しばらく考えた後で、ジョシュアは意を決してぽつりぽつりと話し始めた。

「……正直に言って、エレナもヴェロニカも、そこまで探してくれているとは思ってなかった。だから少し、こういう反応なのにも驚いた」
「何を言っているの……わたくし、貴方とも付き合いは長い方なのよ。途中で離脱したからと言って、捨て置くほど冷たくはなくってよ。エレナの家族でしょう?」

 溜息混じりのヴェロニカの声が、するりとジョシュアの中へと入ってくる。彼女は真面目な人間だ。こういう時、嘘を吐くような人ではない。それが、彼女の本心からの言葉であるのが、ジョシュアにも分かった。
 
「……血は、繋がっていない」
「今時、そのような事をおっしゃる人間などおりませんわ。わたくしだって、貴方たち二人と似たようなものでしたもの。わたくしが貴族に戻らない理由、貴方もご存じのはずよ」
「……」
「わたくしは、エレナの才とその強固な意志に惚れ込んでこの世界に入りましたのよ。そんな愛おしいエレナの大切な人を、そう易々と忘れるものですか」
「……ああ、すまない。……それと、ありがとう」
「ええ、そうでしょうとも。貴方がわたくしの事をまだ仲間だと思っているのなら、わたくし達の間で隠し事はナシですわ」
「……分かった。伝えられないものも多分、あるだろうけれど。なるべく話はする」
「……まぁ、今はそれでいいでしょう。わたくし、こう見えて欲張りなのよ。モノに興味はないけれど、こうして手に入れてきた繋がりは死んでも離しませんことよ。覚えてらしてね?」
「肝に、銘じる」
「……本当に分かっていらっしゃるかしら? わたくしのような可憐な乙女に思われる事を幸運に思いなさいね。真正の魔術師の思いはとても重くってよ」

 そう言って、両腕を組んでぷいとそっぽを向いた彼女は、随分とスッキリした顔をしている。
 そんな中で。ナザリオの小さな呟きは、やけに大きく響いた。
 
「可憐な、おとめ……」
「何か文句でもあって、ナザリオ?」
「いえなんでもございません……」

 ナザリオの情けない謝罪を最後に、ヴェロニカの怒りはスッと溶けて消えるようになくなっていった。一通りの文句を吐き出してスッキリとしたのだろう。可憐な乙女は、いつもの冷静な彼女へと戻っていったのだった。

 そして、先程までの興奮した彼女の口調はどこへやら。片手にメモを取り出すと、ほとんど無表情のまま言ってのけた。

「――それでわたくし、まぁもちろんジョシュアの事もあって、謝罪やら何やらも含めて色々としたかったのだけれど。実は吸血鬼には初めてお会いするの。色々と聞きたかったのですわ」

 彼女の変わり身の早さには舌を巻くばかりだ。ジョシュアはその様子にいっそ感心すら覚えつつも、ふと彼女越しに窓際のイライアスの方を見遣った。

 彼はぷいと視線をジョシュア達から逸らしながら、窓の外を眺めている。表情には乗せてこそいないけれども、あれは完璧に拗ねている顔だ。この数ヶ月で、ジョシュアにはそんな事まで分かるようになってしまった。

 吸血鬼として血を頂戴しに出かける間際の訪問だった。元より我慢の苦手なイライアスの事だ。ようやく自分の時間だ、と思ったところでのこの事態。自分よりも優先されるこの状況も気に食わないだろう。仕方のない事だと分かっていているから文句も言えない。流石のジョシュアも、イライアスが可哀想に思えてくる。けれどもこれはどうしようもない。明日に持ち越しになってしまうだろうか、なんてそんな事を思いながら、ジョシュアは目の前のヴェロニカに向かって口を開いた。

「ハンターがそれでいいのか?」
「あら、わたくしだって利用するものは利用しますのよ? ジョシュアは別口だわ。なってしまったのなら仕方のないことよ。わたくしが追うのは、人を害する悪魔達だけですもの」
「……そうか。何が、聞きたいんだ? なり立ての俺よりも適任がいそうだが」
「だって、貴方なら身内だもの。気にせずガンガンいけるではありませんか」
「……そうか」
「ええ。どうせ上の方々は知っていても教えてくれないでしょうから。わたくしだって弁えておりますのよ」

 それからしばらく、ジョシュアはヴェロニカの質問攻めにあった。吸血はどれくらいの頻度でどのくらいの量だとか、噂で聞く話と違うがどうなっているのか、催眠や催淫の効力はどの程度かなどなど。ジョシュアも答えに詰まるようなものが混じっていたり、途中でちゃっかりナザリオが混ざってきたりと、大分白熱した。

「催淫の程度が分からない? そんなはずがないではありませんか。吸血鬼は相手を酔わせて楽に捕食するのでしょう? 毎度必要になるのではなくって?」
「いや、大抵催眠で何とかなる。それに、俺はそういうのは、まだ弱いのか、効果なんてそんなのは試したことがない」
「……本当かしら?」
「なぜそこを疑うんだ……」
「だって貴方分かりやすいんだもの。ジョシュア、相変わらず嘘が下手ですわね。それに――、あのように美しい吸血鬼が二人もいらっしゃるのに、付いて行って何もないってことはないのではなくて? 直接貴方に関係はなくとも、少しくらい見ていてわかるのではなくて?」
「いや、それは……」

 さすが、ナザリオの嘘を見破ったヴェロニカである。的確にジョシュアの隠したかった事を狙って突いてくる。元々ジョシュアが口下手であるのも災いしている。次から次へと、ジョシュアの逃げ道が塞がれていくのが分かった。

「ああ、そういえばそれは私も気になっていたね。君のパートナーとは随分、仲が良いと思っていたんだ」
「あら? ナザリオ、その話私にも詳しく聞かせてくださる?」
「……」

 ダメ押しとばかりにナザリオまで加われば、それはもう、吸血鬼の生態の話でも何でもない。俗に言う、コイバナの類いの話が始まってしまったのである。ここにはセナもイライアスもいるのに。今の二人には、遠慮という文字なんてどこにもありはしなかった。

「それでジョシュア? はっきりとおっしゃってくださいます?」
「な、なにを……」
「そこのお方とイイ関係なのかしら?」
「……ノーコメント。吸血鬼どうのこうのってのはどうなったんだ」
「もうそれはいいの。だって気になるじゃないですか」
「……」
「これを機にはっきりとさせておくのが良いと思うよ」

 ジョシュアも頑なに話を拒んでいたが、何せこの二人が相手だ。一歩たりとも引いてくれそうにない。しばらくの間押し問答が続いた。セナもイライアスも、助けに入ってくれるような雰囲気はない。

「ふむ……貴方も昔から頑固よね……それならいいわ」
「……」

 何やら怪しげな雰囲気を醸し出したヴェロニカは。そこでくるりと向きを変えたかと思うと、その場にいるもう一人の吸血鬼、イライアスの方へと歩いて行った。ジョシュアはもうこの時もう、嫌な予感しかしない。ハラハラとしながら、その様子を見ているだけだった。気分はまるで、保護者に口を出される子供のそれだった。

「もし、そこの吸血鬼さん。貴方、うちのジョシュアとはどのようなご関係?」
「は?」

 ヴェロニカに早速そんな事を問われ、イライアスは何とも名状しがたい表情をしていた。先ほどのやり取りを聞いていなかったのだろう。まるで不審人物でも見るような顔だった。

「わたくし、ジョシュアとは古い友人ですの。初めて出来た相手らしいので少し、興味がありまして」
「……」
「ジョシュアを取られて不機嫌なのね、ごめんあそばせ。これが終わったら帰りますので、少しお力を貸してくれませんこと?」
「何なのアンタ……」
「いえ、ただのお節介ですわ。ジョシュアに悪い虫がくっつかないように見て差し上げたいだけなの」

 イライアスはひどく迷惑そうな顔をしている。けれどもおとなしい分、ちゃんと余所行きの顔である。ジョシュアはそんな事を思いながら、助けを求めるように横に居たナザリオを仰ぎ見た。止めてくれ、と。けれども案の定、ナザリオはヴェロニカの派閥だ。ただニコニコと笑みを返すだけだった。

 次にジョシュアはセナの方を見た。先ほどから存在感が薄くて忘れそうになるのだが、最初から彼もくっついてきていたのだが。強烈なヴェロニカの性質にすっかり委縮してしまっているのか、何やら恐ろしいものでも見たような表情でちっとも役に立ちそうにない。

 八方塞がりだった。

「貴方、ジョシュアのことはどう思っていらして? 別の都市から追いかけて来て助けに入る程には、大切に思っていると考えていいのかしら?」

 ヴェロニカによる鋭い指摘が、彼らに勢いよく突き刺さったのだった。






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