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54.勇者

 まるで軍服のような出で立ちである女吸血鬼ミライア(マヌエラ)は、いつものように仁王立ちをしながら言った。
 
「――あの連中の手綱、しっかり握っておけ。あれは厄介だった。この件にも変に首を突っ込まれでもしたら困る」
「丁度こちらの報告にもあがっていたのだが……あの集団と戦ったのは貴女だと? 貴女も、彼らについては話に聞いていたと?」
「ああ、そうだ。こちらにも情報を得る手段はある。その程度把握するのは容易い。例の【S】級の大剣士も居たしな」
「そうだったのか……」
「だが、あの大剣士を除いたとしても、アレらは並の腕では歯が立たんだろう。私以外の吸血鬼があれらと戦ったとして、一人で連中全員を相手にすると厳しい」

 ミライア(マヌエラ)の言葉に、デメトリオは言い淀みながら口を開いた。感情を外に出さないようにしているのだろうが、その顔には疲労感が滲み出ている。彼も苦労しているのだろう。ジョシュアにはそう思えてならなかった。

「それはつまり……」
「それ相応の腕を持った厄介な連中ということだ。突然見破られて攻撃されたものだから……流石の私も泡を食ったぞ。殺さんようにするのも中々骨が折れる」
「……」
「安心しろ。殺しはしとらん――それにしても、奇妙な術を使う人間たちだ。私が見たことのない魔術も使ってみせたぞ」
「魔導剣、だろうか?」
「恐らくはそうなんだろう。私も実際に目にするのは初めてだった」

 そんなミライア(マヌエラ)の話に、デメトリオは思い付いたように次々と質問を浴びせていった。随分と積極的な様子で、例の集団の戦力を詳しく知りたいという思惑が透けるようだ。
 
「それ以外の魔術師たちはどうでした?」
「魔術師……あれらは無詠唱、強力で射程が長いものをよく使うようだ。その辺の魔術師とは格が違うのは確かだろうが。距離を詰めさえすれば相手にはならん。一流にはまだ程遠い」
「無詠唱……強力というのであれば、【三級】や【二級】以上の魔術にはなるだろうか……」
「ああ、その位の威力はあったぞ。たまに、聞き覚えのない言葉を口にする」
「聞き覚えのない言葉?」
「ああ。この国の言葉ではなかったな。他所の国から流れてきた者達だろうが――、お前は先ほどから質問ばかりだな。聞いてないのか? アレからの報告には無かったのか? アレが一番長く傍に居たはずだろうが」

 デメトリオの矢継ぎ早の質問に、ミライア(マヌエラ)は片眉を吊り上げながら言った。確かにそれはその通りなのであって。デメトリオが把握していないのがおかしな話なのだが。
 デメトリオは、悲しそうな声で言った。

「……報告者が幾分、無口なもので」
「無口かどうかが報告者に関係あるのか?」
「彼は報告書上でもかなり無口なんだ……」
「おい、それは……人選、合っていたのか?」
「不幸にも彼以外は皆出払ってしまっていた……その時はそうするしかなかったし、幸いにもそう無口なお陰で下手に勘繰られる心配はない」
「……そうか」
「ああ」

 ギルド中央所長は本当に苦労するらしい。ほんの一瞬、その場を奇妙な沈黙が走った。けれどそんな雰囲気をデメトリオはものともせず、努めて明るい声で言った。
 
「何はともあれ、情報提供感謝する」
「……礼には及ばん」
「いや、本当に助かった。……そういえばマヌエラ殿、ここに張られていた結界は一体どうやって抜けて……?」
「ああ、それはすまん、穴を開けてしまった。場所を後で教える」
「そ、そうか……後で張り直しだな……ゴホンッ、失礼。では、先を続けよう」

 ジョシュアは改めて、デメトリオに同情した。

「先程の彼らの対処だが……君らと鉢合わせにならないよう、特に王都内の移動区画を指定させて貰いたい」

 そう言うと、デメトリオはこの場の皆に見えるよう、地図を机の上に広げた。指で指し示しながら、彼自身が説明を加えていく。

「見ての通り、王城から南側に商店が集中している。彼らは其方へ誘き寄せて、北側には近寄らせないようにしたい。君らにはこの辺り――人の少ない城壁近くを中心に滞在してもらいたい。もちろん、場所はこちらが定期的に提供しよう。口の固い、しっかりとした宿を」
「成る程な。それはいい手だ。保険程度にしかならんだろうが」
「ああ……そういう《目》を持つ者がいるから仕方ないだろう」
「ふむ」
「なるべく王城付近――つまり中央区画から南側を避けてもらえれば接触も可能な限り避けられるだろう。北門に裏口もある――」

 デメトリオは報告を受けてしっかりと対策を練っていたようで、ジョシュア達はただそれを聞き、たまに口を出す程度で済んだ。こういう点は、巨大な組織をきちんと率いている人間ならではの手腕だろう。ジョシュアは改めて、所長と呼ばれる人間の凄さを理解した。
 ミライアもそれに否やもないようで、一つ、大きく頷くだけだった。
 
「ああ、それでやってくれて私は構わん」

 そこで言葉を切って。一度考える素振りを見せたかと思うと、ミライアは少しばかり険しい顔で言った。

「お前たちにも一つ、聞きたいのだが」
「? 何だろうか?」
「アレらは何者だ? ただの人間ではないだろう」
「!」
「名のある者達が現れれば、噂も徐々に拡大していくものだが……アレらは本当に突然現れた。前触れすら何もなかった」
「彼らについては……正直、我々もよくは分かっていない。マヌエラ殿から聞いた話と同じ程度しか知らないが」

 そこで一度言葉を切ったデメトリオは、かなり言いづらそうに、口を再び開いた。

「《勇者と魔王》が、という話があったかと思うんだが……これもその一部だとは思わないか?」

 そんな彼の言葉に、ジョシュアは思わず顔を顰めた。つい最近、聞いたような覚えがあったのだ。思い返したくなかった事柄の中に、ヒントが隠れていた気がした。
 固まるジョシュアの横で、ミライアはチラリとジョシュアに視線をやっていた。

「いや別に、アレは伽話の中の話で……まぁ、信じるかどうかは君ら次第だが」
「アレが、その《勇者》の類いだと?」
「この話題が出た際、パッと頭に浮かんだ。……まさかとは思ったが、それくらい私たちにとっても突飛な事だったんだ。だが、あなた方から受けた情報の中にもあっただろう? 魔王の身内の魔族だ、というそれだ。それと関わりがあるのではと……」

 しばらくの間、その場は沈黙に包まれた。そんな馬鹿な話があるか、とは思っていても、余りにも事態がその伽話と被り過ぎているのだ。
 不審な事件の増加、《魔王》は存在するのだと叫んだ魔族、常軌を逸した魔族の力、そして、人間たちの中に現れた恐ろしく強い人間たち。まるでかの、《勇者と魔王》の伽話のようではないか。
 
 もやもやと胸の中に燻る嫌な予感に、ジョシュアは思わず目を瞑った。あのヴィネアと名乗った魔族に植え付けられたものは、そう簡単に消えそうにはない。
 かの《勇者》紛いの連中に付いていけば、己の本願を成就できるのでは。ジョシュアはふと浮かんできた思考に慌てて首を振りながら、そんな馬鹿な話があるか、と自分を納得させようとした。
 けれどもその思考は、その後も会議の間中ジョシュアの頭の中でずっと燻り続けたのだった。


◇ ◇ ◇

 
『私の居ない間、お前たちの方は他に何かあったか?』

 会議の終了した後、久々に三人が連れ立って屋根の上を駆けている時だった。ミライアが不意に、後ろを走るジョシュア達に聞いた。それに嬉々として答えたのは、いつものようにイライアスだった。

『姐さん居ない間? いや、“ツェペシュ”に伝えた以上の事は特に……あ、そういやジョシュアがチューしてくれた』

『んな情報はいらんわ! 貴様の心の内にでもしまっとけ、このド阿呆ッ』
『グェッ、酷い、本気で殴るのは酷い……腕もげるぅ』

 いつもと同じようなふざけたやり取りだ。時折、イライアスの言葉にドッキリやら羞恥心やらを植え付けられながらも、ジョシュアはすっかり黙り込んでいた。
 
 会議中に考えていた事が、未だに頭の中でもやもやと心の中を漂っている。この二人と離れてその《勇者》と共闘する事になったら。それは願ってもない事なのではないか。あのヴィネアの命さえ絶つ事ができれば、ジョシュアはその後どうなっても構わない。例えその後に《勇者》とやらに狩られる事になったとしても、本懐を遂げた後であるならば仕方の無い事なのではないか。
 ジョシュアは少しばかり奇妙な気分になりながら、そんな事を考えていた。そんなだから。ジョシュアはミライアが自分を呼ぶ声に気付けなかった。

『――ぃ、おい、下僕!』

 大きく声を張り上げたミライアにびっくりとして、ジョシュアは肩を揺らした。自分が無意識に立ち止まっていたことにも気づかず、先の方で振り返っているミライアに慌てて顔を向けた。

『っ! あ、悪い、聞いていなかった』
『……全く、ボーッとしおって。また余計な事考えてるんではないだろうな? あの魔族について。魔王とやらの話も出ていたからな』
『……そう、だな』
『どちらにせよあの連中からはしばらく距離を置いて様子見だ。話が理解できるなら共闘もやぶさかではない。お前もそう思うだろう』
『……願ってもないと思う』
『ただ、連中が協力的だとは限らんからな、過度な期待はするなよ? 私に気付いた奴らは開口一番、“こんな街中で人に紛れるなんて、この化け物め!”だなどと叫んでいたからな。話が通じる相手かどうかもさっぱり分からん。いいか、期待はするな』
『……』

 そんなことを言われ、ジョシュアが俯きかけた時だ。ジョシュアとミライアの中間ほどで、腕をつかみながら悲しげな声を上げるイライアスの声がその場に響いた。ジョシュアが目をやると、イライアスのその腕からは何故だか血が滴っていた。

『姐さんは相変わらずバッサリ……俺の腕もバッサリ……』

 そのようなイライアスにも、ミライアは容赦しなかった。

『近寄るな赤毛。お前はしばらく腕が治るまでその辺に座ってろ』
『ひっどいのこれ、俺の扱い。ねぇジョシュアー、待っててくれるでしょ?』
『下僕、こ奴はここに置いていく。後で取りに行ってこい。部屋を取るのが先だ。腕が取れた血まみれの人間が歩いてたらおかしいだろうが』
『俺だけ置いてけぼり酷いっ! そもそも姐さんがヤッたからこうなったのに……横暴……』

 イライアスとミライアの阿呆らしいやりとりに、すっかり毒気やら込み入った思考やらを抜かれながら、ジョシュアはミライアの後ろを付いて行ったのだった。
 背後から飛んでくるイライアスの情けない声に苦笑を浮かべながら、ジョシュアはこっそりと笑みを浮かべる。先程まであんなにも考えていた事が馬鹿らしくなるのだ。イライアスのいつもの調子にどこかで救われながら、ジョシュアは引きずっていたその思考をバッサリと切り上げたのだった。

 
『ジョシュアまで先行っちゃうなんてひっっどいの……』

 ジョシュアとミライアが目的の部屋を取った後で。ジョシュアが迎えに行くと、イライアスは案の定その場で不貞腐れていた。

『ミライアがそう言ったんだ、俺は従わないとならない。そもそも、あれはイライアスが余計な事を言うからだ。ちゃんとこうしてすぐ迎えに来たろう。機嫌直せ』
『チッ』

 本当にもげてしまった腕を傷口に押し付けながら、彼はその場でジッとしていた。不意に、ミライアにやられた腕の傷に目をやれば、その腕から未だに血が流れ落ちている。この時間で未だ治りきっていない。ジョシュアの目には、イライアスの傷の治りが少しばかり遅く見えた。ここのところジョシュアにばかりかかりきりで、イライアスも以前ほど血を飲んでいないのだろう。元々大食感な事もあって、必要な血の量は通常よりも多いはずだ。

 この時それにハッと気付いてしまって、ジョシュアは大層申し訳ない気分になる。勿論、イライアスが望んでそうしているのだから、ジョシュアにはそれを止めさせる権利はないのだけれども。やはりジョシュアの性格上は気にしてしまう。
 だからこそこの場で、ジョシュアは彼に言うのだ。

『イライアス』
『んー?』
『俺の血、いるか?』
『!』
『傷の治りが遅すぎる。今飲めばすぐだろう?』

 言った途端、イライアスは目を見開いた。そのまま何も言わなかったけれども、その目は語っている。その血が欲しくて堪らないのだと。我慢の苦手なイライアスが、これだけ我慢出来ているのが奇跡だろう。

 ジョシュアはその返事も聞かず、その場で自分のナイフを取り出した。止める間も無くその腕を裂いて、イライアスの顔の前へと腕を差し出す。もう、ジョシュアには戸惑いすらなかった。

『ん、くれるってんなら貰う』

 目の前のそれに視線が釘付けになりながら、素直にそう言ったイライアスは。そのまま、ジョシュアの傷口へと舌を這わせた。恐らく、そこで牙を立てなかったのはワザとだろう。上目遣いになりながら、しゃがみこんでいるジョシュアを見上げている。傷口から溢れ出るそれをみな舐め取ってから、イライアスはようやく唇をその腕に付けた。

「ッ、」

 這わされる舌の感触に妙な気分になる。軽い気持ちで腕を差し出してしまったジョシュアだったが、早速それを後悔し始めていた。まさか、こんな所でおっ始めるつもりはないだろうけれども。イライアスのその舌は、明らかにそういう意図を含んだような動きをしていた。
 本当に年柄年中発情しているのではないか。失礼ながら、ジョシュアはミライアの言葉にこの時ばかりは頷くことしか出来なかったのだった。唐突に、羞恥の限界が訪れる。

『ッもう、いいだろ! 治ったか?』

 微かに赤くなった顔を見られまいと、顔を隠しながら腕を取り上げた。イライアスはまるでいつも通りで、にやにやと笑みを浮かべながら、ジョシュアの反応を眺めて楽しんでいるようだった。
 
『ああーん、もうちょい舐めてたかった……けどまぁ、腕は治ったから行こっか? 続きは部屋で』
『アンタは本当……面倒な奴だな』
『え
『少しは大人しくしていたらどうだ』
『……姐さんの影響かな? 随分と生意気な事言うようになった』
『彼女は関係ないな。イライアスがそんなだからだろう』
『……後で覚悟してなよ』

 恐ろしい言葉を後ろ背に聞きながら、ジョシュアは宿屋に向けて踵を返した。今度は自分が、イライアスにちゃんと血を飲ませなければ。そう心に決めて。





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