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矛盾するきみのすべて



学校の自動販売機の前で、彼は内心舌打ちをしながらあれに命令された通り、人数分のドリンクを購入する。所謂、パシリというやつだ。これが自腹になる所は痛いが、あの人からの依頼なのだから仕方がない、と自分を納得させる。

その一方で彼は思うのだ。わざわざ、こんな面倒くさい仕事を背が小さいから、だなんて馬鹿馬鹿しい理由で推薦してくれた憎たらしい悪友は許さないと。そして、せびられた金は全額払わせてやると。

そんな事をつらつらと考えた後で、彼は多少緩んでしまった気を取り直しながら、最後の一本を買った。

(調子に乗るのも今の内だ)

授業中で誰も見ていないのを好いことに、彼は普段からは考えられないような冷笑を浮かべた。良い具合にだらしのない髪と、プラスチックフレームの眼鏡が、彼の整った顔立ちを覆い隠している。しかし、冷ややかで毒々しい雰囲気までは隠しきれていない。彼は、あれの顔を思い浮かべながら鼻でひとしきり嘲笑した後、おどおどとした調子を再び表面に貼り付けて溜まり場へと戻って行った。


「遅い」

彼が(演技で)息を切らせながら旧体育倉庫に入れば、厳ついが大層整った顔をしかめた男を中心に、10人程がたむろしていた。誰も彼もガラが悪く、着崩した制服にアクセサリーやカラフルな髪などが目立つ。テンプレート通りの不良だ。

「ご、ごめんなさい……本数が多くて、――」
「うっさい、早くかせよ」
「え、あ……っ、」

おどおどとした調子でボソボソと彼が告げれば、リーダーらしき男は彼にドリンクの入った袋を渡すよう声をかけた。途端、彼の持つ袋は近くにいた青年に奪われてしまった。それが周囲の人間伝いに男の元に行けば、彼は満足したような顔でお目当てのドリンクを手にする。

(今日はいちごみるく……相変わらず甘いもの好きだな。ギャップが……)

男の手にしたそれをチラリと目にしながら、彼は溜まり場に集う青年達の好みを観察していく。彼はこの数ヶ月間、この不良グループをずっと観察してきた。実はこのグループ、ここ最近になり、この街を中心に急速に勢力を拡大しつつある新興のチームなのである。その勢いは古株の上位実力者たちも危惧している程。そして、ここに集まる青年達は、彼の通うこの高校の生徒達がチームの幹部となっているのである。

中央のリーダーが中心となって、これらがチーム内の強力な戦力を作り出している。そんな彼らの中には、武道経験者も混じっており、下手に手を出せば尽く返り打ちにされてしまうと専らの噂であった。

そして今回、彼がチームに紛れ込むことになったのも、このチームの情報収集ーーつまりは男たちの弱点探しのためだった。この危険なチームは、早い内に潰しておかなければならないと、彼の慕うあの人はそう判断した。それだからこそ、彼は今こうしてここにいるのだ。今、彼は不良たち全員の名前や学年、家族構成や交友関係等々を調べ上げ、計画も残るは実行に移すのみとなった。あとは、あの人のGoサインを待つばかりであった。

しかし、この計画に際して彼は冴えない生徒を演じる必要があった。取り入るために、わざわざ男たちのパシリをする。彼にとっては拷問のような、骨の折れる仕事だった。素直に彼らの言う事に頷けば下手に手出しされる事はないが、彼らに取り入るようになってから、彼の身体に生傷が絶えなくなったのも事実。理不尽な暴力に、度々切れそうにはなったが、自らの正体がバレては計画が水の泡である。それだからこそ、彼には黙って打たれる意外に選択肢はなかった。自分よりも明らかに格下の連中に虐げられるのは、プライドの高い自信家の彼にとって屈辱であった。何度となくぶちのめしたくなったのではあるが、あの人の顔を思い浮かべることで耐えきった。後であの人に思いきり撫でてもらおうと、心に決めて。

(あと少しで終わる、それまでの辛抱だ)

彼は彼らの様子を暗い目で見つめながら、この潜入が終わるその日を待ち侘びる。あと数日。
彼の言うあの人達の用意が済むのも、あと少しだった。


 * * *


その瞬間は、突然始まった。
開始の合図は、街のたまり場への襲撃から始まる。


その日、彼は放課後、いつものように街の外れにあるたまり場へと連れてこられていた。50人近い大人数の集まる中で、彼はパシリとしての買出しや、軽いイジリのネタとして使われる。幹部の一人に羽交い絞めにされるようにして、定位置へと座らされた。そこは、言いつけがしやすいようにと、幹部たちのすぐそばで、リーダーの真正面だ。どうやら不良たちは用心深いらしく、リーダーの側にだけは絶対に寄らせてはくれなかったのだ。

それ故か、それとも男が手を回しているのか、リーダーの男の情報収集だけは、どうしても上手く集まらなかった。苦労してようやくかき集めたものも、あまり使えそうにない、趣味や好きなもの程度。それ以上の情報は全くと言って手に入らなかった。情報収集に走る彼は奔走して、上手くいかない状況に幾度となく気持ちが爆発しそうになった。そんな彼の苦労を察してか、あの人は、仲間を通じてリーダーの情報はもういい、と彼の苦労を労いながら収集の打ち切りを宣言した。そうして彼は一仕事を終えて、後は合図を待つばかりとなった。

今日も今日とて、チームで弄られパシられながら、彼は合図を待ちわびる。
彼が今日ここへ来て数時間、すでに日が暮れて夜が始まりを告げているのだが、未だに合図は無い。彼は、今日も突入はなしか、そう半ば諦めながら何時ものように抑え続けていた。

だがそんな時だった。
突然、大きな破裂するような音と共に、何かがぶつかるような音が辺りに響いた。

「…何だ!?」

幹部を含め、不良達は驚いたように音のする方へ視線を向けるが、すでにその場では殴り合いが始まっており、状況の掴めない人間が戸惑う様子が見られた。そして彼は、その光景を目の前にして、気分が一気に高揚するのを感じた。始まりの合図が、今打ち上げられたのだ。しかし、彼の役目はまだ残っていた。急いては事を仕損じる。本当に本当に、ここぞという瞬間を待ってから、彼の出番はやってくる。今はまだ、計画は始まったばかり。あの人に有利に事を進めるために自分はここに居るのだ、彼は飛び出しそうになる体を押さえつけながらそう自分に言い聞かせた。

「ちっ、奇襲か……行くぞ!さすがに多すぎる」
「俺も行く!」

続々と登場する敵の多さに顔を顰めながら、ひとり、またひとりと男側の幹部が戦いに参戦していく。この流れで幹部を打ちのめした処で、あの人と彼がリーダーの男をヤる。彼らが仕組んだのは、そういう計画だった。

しかし、相手も一筋縄ではいかない。計画通りに事が進んでいても、有力な実力者は残ったままだ。武器持ちの不意打ちにも関わらず、さすがに壁は厚い。彼はそれでも焦らず、ただじっと彼らが減っていくのを待った。リーダーと幹部たちが体力を温存しているのはこちらとて同じ、彼はそう自分に言い聞かせながら何とか演技を保ち、安全な物陰に隠れていた。


それから数十分がたち、段々と動く人の数が減りだした。両者はほぼ互角で、男の幹部たちも全員が動き出し、あの人の方も徐々に参戦し始めていた。そろそろだろうかと判断した彼は、すっと立ち上がった。隠れていたその場所から抜け出し、幹部たちの戦うフィールドへ足を向ける。彼の突飛なその行動に、男側の連中が目を剥く。

「おいパシリ!何やってんだよ、アブねぇだろっ、てめぇは引っ込んでろ!」

そう言い放った男側の幹部は、彼の悪友と戦いながら、必死の形相で食ってかかってくる。彼はその声に何の反応も返さないまま、喧嘩の様子を観察した。見る限りほぼ互角で、悪友も苦労しているのが見てとれた。だらしが無い。そんな事すら考えながら、彼は持ち上がりそうになる口端を無理矢理抑え込み、さらにその現場へと近づいていく。悪友が、戦いながら嫌な笑みを浮かべるのが見えた。

(早く早く、奴らをぶちのめしたい)

彼は、相手の目の前で一頻りニヤリと笑うと。素早く間合いをつめ、悪友を押しのけその頭目がけて飛び蹴りを食らわせた。蹴り上げる瞬間、大きく目を見開く表情が目に入った。

「あ、のヤロッ」

男側の誰かが、そう呟くのが聞こえた。
力の抜けた幹部の身体が地面に落ちるのと同時に着地した彼は、かけていた眼鏡を足元に投げ捨ててそれをぐしゃりと踏み潰すと。髪を掻き上げて冷たく笑った。

「そろそろ俺の出番じゃね?」
「ひゅー派手にやんね」
「だまれカス。てめぇ、終わったらぶちのめしてやる」
「……いや、だってさ、あれはーー」
「あ”?」

呆ける男側の連中と、彼の登場に歓声を上げるあの人側の連中を無視しつつ、彼は悪友にビンタを食らわす。そうしている内にも、我に帰った男側の人間が何事かを叫び、彼らに向かってくる。叫びながら襲い掛かってくる青年に目を向けると、彼はお得意の嘲笑を浮かべた。生ぬるい攻撃に、思わず笑みがこみ上げる。

「テメ、俺たちを騙してーーっ!」
「ああ?ダマされる方が悪いんでしょ?カス」
「〜っ、このっ、ヤロッ!」
「……チッ鬱陶しい。とっとと沈めよこのクズ」
「があっーー」

イライラとしながら軽く3人をしっかりと床に沈めてから、彼は手強い敵を求めて喧騒の中に飛び込んでいった。殴って蹴って、確実に人数を減らしていく内に、彼はとうとう、あの人の元へとたどり着く事に成功した。

「一之宮さん!」
「おう、ヒコ。お前、よくやった。これならイケそうだ」
「えへへ。こんだけヤッとけば、あとはあのリーダーだけっすよきっと」

ニコニコと笑顔を向けながら、彼は嬉しそうに話す。周りの喧騒も忘れ、彼がその人をうっとりと見つめる様は、どこか倒錯的だ。この人も満更ではない様子で、彼の頭をやさしく撫でると、自然な動作で彼に口付けを送る。

「あと一息だ。潰すぞ」

離れ際、ベロリと彼の唇を舐めて言い放つと、彼はコクリと頷き、足を前へと進める男の後を追った。あと少しでこの人の天下になる。彼は高揚した気分をそのままに、舌なめずりをした。


 * * *


聞こえる音は自分の荒い息遣いだけ。
彼は、今の状況に表情を歪めながら痛む脇腹を押さえた。

「もう終わりか?」

男は言った。今や立っているのは自分と、男の実力者たちだけ。あの人と、あの人の元に集った仲間はみんな、ヤられてしまった。すぐ後ろに力なく倒れているあの人に意識を向けながら、彼は悔しそうに唇を噛む。純粋に、男に負けてしまったことがーー自慢のあの人がこの男に敵わなかったことが悔しかった。


時を遡ること数十分。
彼らの計画はほぼ完璧だった。人海戦術で押切り、幹部を半数以上沈め、かつ自分達戦力を十分に温存できていたはずだった。
勝利は目前かと、そう思われた。

だがそんな時だった。
男のたったひと言で、状況はあっという間に覆された。

『もういいだろう。ヤれ』

言うやいなや突然、男の手下と思しき人間が、数十人も現れたのだ。中には、倒れたハズの幹部も混じっていて、彼らは予想外の混乱のさ中、次々と仲間が倒されていくのを必死に抵抗しながら眺めている事しか出来なかった。それでも、足掻いて暴れて、しかし人数の多さに疲弊していた所を襲われ、皆ヤられてしまった。
そして何より。

こちら側のリーダーであるあの人が、男に負けてしまったのだ。戦いにはあまり参加せず、体力も温存していたというのに、それでも敵わなかった。彼もあの人と一緒に戦った。しかしそれでも、男は倒せなかった。
そうして、倒れたその人のため、彼が必死に男に食い下がっている間にも。
彼以外、全滅してしまった。

この場に味方はもういない。
どう考えても、彼の負けだった。


だがそれでも、高いプライド故、彼は降参することは許さなかった。誰もいなくなっても、身体が悲鳴を上げていても、彼は男に向かい続けた。傷ひとつつけられなくて、悔しさは募るばかり。それでも、彼は自分の身体が倒れるまで攻撃を止める気はなかった。

「ち、くしょっ」

そろそろ限界がきていて、血の滲む唇を噛み締めた彼は、最後だと、力を振り絞って男に蹴りを入れた。
けれど。

「無駄だ」

案の定、蹴りは軽々と受け止められてしまって、足を捕えられてしまう。彼はそれでも、捕まれていない方の足で男の懐を狙う。
だがしかしーー

「があっーー!」

最早ガードすら出来ない鳩尾に、男の拳が入った。痛みに呻く彼を、男はそのまま地面に殴りつけ、馬乗りになった。そんな男から受けた痛みに彼は呻き、荒い息を吐きながら、ようやく諦めたようにダラリとその動きを止めた。息を整えるように目を閉じて、彼はそのまま男が離れるのを待つ。
しばらくそうやって、じっと目を閉じていたが、男が退く気配が無い。彼はそれを不思議に思って目をそっと開けた。
その顔はいつものように無表情だが、美しい顔立ちが、それを神々しく見せている。至近距離から男を見るのは初めてで、彼はぼんやりと男を見つめた。

「……おれは、最初から知ってた」
「……」
「お前、アイツんとこの副長なんだろう?」

それを知られているとは思ってもみなくて、しかし驚きは表情には出さない。男の合図と共に生き残りが出てきて戦力を削られた時点で、この計画が漏れていた事は承知のうえではあったが、まさかこの男が自分の事を知っていたとは、と彼は感心する。しかし、何をする気も起きない今の彼には、返事をすることさえ億劫だった。
じいっと、男を見つめる。

「チームを残したいか?あの男のために」

何を言いたいのか分からなくて、眉を寄せる。何を思ってそう言うのか、この男の真意が、掴めなかった。

「俺らが勝った今、俺はチームを潰すことも、残すこともできる。お前はどうしたい?お前答え次第では、アレの存続を決めさせてやる」
「何で、アンタは……」

何を言い出すのかと、彼は本当に混乱して思わず声を上げる。何が目的で、どうしたいのか。彼の不安は煽られるばかりだった。

「お前はチームを裏切った」
「それは勝手にアンタらがーー」

何を言うんだ、と彼は思う。勝手に入れさせておいて、パシらせて、仲間意識を持って、それを押し付けるだなんてと。彼にとっては鬱陶しい以外の何ものでもなかった。彼にとっては、あの人が全てだったのだから。しかしそんな彼の考えも、男の衝撃的な発言によって中断させられる。余りにも、突飛だった。

「皆は裏切り者だとお前を悪く思う連中ばかりだ。だが、ーー俺はお前を嫌いになれない」
「!」
「……いや、違うな。俺が、お前を気に入ってる。だから選べ。お前が俺のものになるなら、チームを残してやる。ならない時は、お前を強制的に従わせる。チームは潰す。ーーさあ、お前はどうする?」

理不尽ーーいや寧ろ情けというべきか、彼はぼんやりと思いながら、男の言葉の意味について考える。この男の求める物は、自分。それさえ差し出せばあの人がチームを失う事はない。何を血迷ったのだ、そう思わないでもないがしかし、自分の魅力に骨抜きにされた人間を何人も見てきた彼にとって、それは何分不思議なことではない。思えば、あの人だってそうだったかもしれない。

この男の問いかけの答えは迷いそうで、しかし決まりきっているものだ。あの人さえよければ、自分はどうなってもいい。今までもずっと、そうだったのだから。彼は大きく溜息を吐くと、

「……そんなん決まってんじゃん。アンタのものにはなる、……だからあの人のチームは残してよ」

男の目を見つめながら、そう言い放った。
この時も、彼は最後の意地で、挑戦的な態度だけは崩さなかった。

「分かった」

男は、彼の言葉に一瞬不服そうに顔を歪めるが、それもすぐに無表情に戻った。彼はそれに訝しげな視線を送るが、男は気にもとめずに突然、彼に噛み付くような口付けを落とした。

「ふぅ、んんっ」

長い、絡みつくような力強い口付け。その最中でも、幹部達はその場から離れることはなくって、ただ無表情にその様を眺めていた。


「ふぅ、あ、はああっ」

最早抵抗する気力も無い彼に、男は押し入った。初めて、だなんて初心な事は言わないが、熱に浮かされて強い快楽に揺られながら、彼は男を見た。澄んだ瞳の力強さや突き上げる男の荒々しさに、これはこれで良いかも、だなんて、彼はぶっ飛んだ思考のまま考える。男の強さや、その反面のギャップに少なからず惹かれていたのは、隠しようのない事実だった。

これから自分はこの男に支配されるのだろうか。
それを想像して、ますます強まる快楽に、彼は溺れた。


END






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