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44.嫌だなんて思わない*


 この日だって別段、そんな事を言う気なんて更々無かったのだ。ただこの時突然、何故だかそうしなければならないという焦燥に駆られた。
 他所の男にも女にも優しいこの男が、いつまでも彼の傍に居てくれるとは限らない。それを今日、思い知ってしまった。
 旧知だか何だかは知らないが、ああやって自分の知らぬ男の話をされると、無性に負けた気がして堪らない。今ならば何もかも、自分の方が上であるはずなのに。そのような考えばかりが彼の頭に浮かんだ。
 だから、こうして自分を受け入れてくれている今しかないと。イライアスは衝動的な感情を抑え切れなくなってしまったのである――。


 すっかりと微睡みの中にいたジョシュアは、全身から力を抜いたまま、背中に居る男の体温を感じていた。人間よりも少し低い、けれど確かに鼓動の聞こえるその温もりが、何とも離れ難い気分にさせる。心地良くて仕方なかった。
 いかにこの男が変態性を発揮しても、例え圧倒的な力でジョシュアを抑えつけにかかってきたとしても。ジョシュアはきっと、彼を邪険に扱う事なんてできないのだろう。この男の心根には、未だ優しい人間の頃の彼がしぶとく根を張っている。本質的なところではジョシュアともそう大して変わらないのだ。
 他の吸血鬼だったらどうだったかは分からない。ミライア達から聞かされる話はどれも耳を疑うようなものばかりで、人間と吸血鬼との間には深い溝がある。どうしたってそう思わざるを得なかった。
 だからこそジョシュアは心底思うのだ。ミライアが引き合わせたのがこの男で良かったと。

 意識が揺蕩っているような心地で、とりとめのない事を考えていた時だった。不意に、背中の温もりが消えた。途端に背中が冷える。
 ジョシュアはその気配を追うように、首を捻ってイライアスに顔を向けた。理由なんてなかった。ただ気になっただけ。
 だというのに。追いかけた先で見たものに、ジョシュアは一瞬、呼吸を忘れた。
 そこには、普段のあの調子からは想像もできない、真剣なイライアスの表情があったのだ。笑みも浮かべずにどこか緊張した面持ちで、イライアスはジョシュアを見下ろしていた。
 男の豹変に驚く以上に。ジョシュアはイライアスに見蕩れてしまった。その真っ直ぐな眼差しに魅入られてしまったのだ。
 魅了なんてそんなものではない。男の本気を感じ取って、ジョシュアの心が震えた。
 イライアスはゆっくりと口を開いた。

「ジョシュア、ねぇ、してもいい? 君には本気で嫌われたくない。ジョシュアが嫌だと言うなら、最後まではしないよ。こんなとこまで強引に進めて何だって思うかもしれないけど……でも、本気なんだ。こんなの初めてでどうしていいか分からなかった。今までみたいに、他所でこれを何とかする事だってできる。でも――俺、どうしようもなくジョシュアが欲しいんだ」

 まるで心の底を絞り出したかのような、切羽詰まった声だった。こんな声音は今までに聞いたことがない。

 この男はいつも、ジョシュアにだって本心を悟らせなかった。のらりくらりと受け流し、飄々とした態度はを崩さなかった。
 それが一体どうしたことか。この街に来てからというもの、まるで塗りたくった分厚い石膏がポロポロと剥がれ落ちるように。普段とはまた違った部分が時折姿を見せる。
 それがきっと、この男の本来の姿なのではないか。それを思うと、どうしてだか胸が苦しくなる。

――寂しがりなんだよねぇ

 ジョシュアは、ただ無言でそれを聞いていた。

「ジョシュアがいいって言ってくれるんなら、もう他所ではシないし、ジョシュアの事だけを見るよ。他は要らない、大事にする。嫌な事はしない。だから、お願い、俺だけのものになってよ」

 ジッとその目を見上げながら、ジョシュアはその瞬間に再び息を呑んだ。ここまで必死な叫びを聞かされて、ジョシュア自身がどうすべきなのか。
 揺れる心を自覚しながらもしかし、何故だか迷う気にはなれなかった。全く意識すらした事はなかったけれども、その心は恐らくとっくの昔に決まっていたのかもしれない。
 互いに戦い抜いたあのひと月か、あるいは本名を明かしたあの時か。
 恥ずかしいだ何だというのはもう、何の言い訳にもならない。今この時は、誤魔化す事なく正直に、ジョシュアは本心を告げなければならない。そんな気がしていた。

 言われて初めて気付かされたけれども、ここまでの事を同じ男の吸血鬼にすんなりと許している時点で、ジョシュアはもうすっかり心を決めてしまっていたのだろう。ただ誤魔化し誤魔化し、ここまでその結論から逃げ続けていただけなのだ。今までの彼の人生と同じ。決定から逃げ続けていた。
 だがそれももう、ここで終わらさなければならない。これが最後だ。逃げ続けていたその過去の自分と、ここでキッパリと訣別するのだ。そう、ジョシュアは意を決した。
 体を横にずらして男の正面を向く。不安そうに見下ろしているイライアスの目を見ながら、ジョシュアはゆっくりと口を開いた。

「今更、何を言ってんだ」
「……」
「そうでなきゃ、ここまで許してないだろう。本気で嫌なら、攻撃してでも止めた」
「!」
「あの時だって――イライアスが我を忘れた時だって、腹に一撃を入れただろ……。あの時、一度だけだ」
「それ、って……」
「……俺だって、そういうのはイマイチ良く分からない。今、自分でもそうかもしれないと思い始めただけで……、こういうのは苦手だ」

 そこまで言うと、ジョシュアはとうとう耐えきれずに、目元をその片腕で覆った。羞恥に、そのイライアスの視線に耐え切れなくなってしまったのだ。
 けれど勿論、その言葉の先を言わない訳にはいかなくて。ジョシュアは両目を自分の腕で暗く塗り潰しながら、いっそ一思いにぶちまけてしまう。

「兎に角、お前以外は嫌だと思う事を、俺はお前ならと許してる。イライアスと、共にこうして居るのは悪くない。だから――っ、今は、もうこれで勘弁してくれ。後でちゃんと、言うから……今はまだ、荷が重すぎる」

 最後の最後で、羞恥に堪えられなくなってしまった。ジョシュアは弱り切ったような声で言った。
 シンと静まり返った部屋の中で、ジョシュアの心臓は暴れんばかりに高鳴っている。それが目の前の男に聞こえていやしないか、そんな想像をするとより一層恥ずかしく思えて、益々鼓動は早くなるばかりだった。
 思いの丈を告げるのがこんなにも恥ずかしいものだとは。ジョシュアは悶えていた。

 目の前でイライアスが動いたのを、その空気の流れと気配とで感じ取った。
 きっと、彼は何も言わずにジッと見下ろしている。その顔にはきっと、先程よりも少し柔らかい表情を浮かべているに違いない。嬉しさを堪えるような、無邪気さを滲ませるようなそんな表情で。
 そこに、ジョシュアですら見惚れる程の妖艶さをすら湛えながら。
 それを妙に意識してしまって、ジョシュアはその腕を外す事ができなかった。

「ジョシュア……後で絶対、言わせるから」

 その声が、すぐ目の前から聞こえて来る。きっと、目と鼻の先にイライアスの顔があって、ジョシュアを真っ直ぐに見つめているのだろう。
 そう思うと、余計に耐えられそうになかった。

 吐息が相手に掛かってしまう程近付いたかと思うと、イライアスはそっとジョシュアの唇へと口付けを落とした
 最初は啄むようだったそれが、徐々に深まり彼の舌がジョシュアの口の中を蹂躙していく。苦しかった。けれどそんな中でも、じわりと頭を痺れさせるような気持ちの良さがジョシュアの全身に駆け抜けて行った。

 すっかり口付けに夢中になる頃には、ジョシュアの両手はイライアスに取られてしまっていた。両脇に腕を押さえつけられ、上から貪るように舌を絡めている。
 苦しくて切ない。このような気分になるのは、まるで初めての事だった。
 はぁ、と時折吐息を漏らしながら舌同士を擦り付ける。イライアスが誘う通りに動かせば、背筋がゾクリと震えるような快楽をジョシュアにもたらした。
 こういった男同士の何もかも、イチからジョシュアに教え込んだのはイライアスだ。
 それを思うと、より一層興奮した。

 どちらからともなく唇を離せば、一瞬糸が伝った。その様のいやらしさにまた興奮を煽られながら、ジョシュアはイライアスの顔をようやくしっかりと見る事が出来た。理性が吹っ飛びかけている今だからこそ、ジョシュアは素直になれたのかもしれない。
 燃え盛るような情欲をその目に宿しながら、イライアスはひどく興奮したような様子で下服を寛げていた。その性急さがいつもとはまるで違って、何故だかジョシュアはゾクゾクとした。頭が痺れるような感覚を覚える。
 マゾヒストの気は一切無いはずだったが、目の前の男にこれから暴かれるのだと思うと、得も言われぬ程の興奮を覚えた。女などではない、この男は自分が欲しくてこうも余裕が無くなる程に昂ぶっているのだ。そう思うと、何故だかそれ程悪くないような気がした。

 イライアスは、ジョシュアのものに自分のそれを擦り付けながら、それらを片手で握り締めていた。ふたり分を纏めて擦って、時折腰も揺すりながらジョシュアのあちこちに口付けを落とす。
 性急さをそのまま表しているかのように、ふたりのローブや上服はさっさとベッド下へと投げ捨てられてしまっていた。
 ジョシュアの唇はもちろん、その顔中や首筋、鎖骨、胸元の飾りなど、時折その感触を味わうように舐め取りながら互いの興奮をより一層高めていった。

「っふ……、うぁっ、あ!」
「は、……ジョシュア、イきそ? ……俺も、もう少し」
「ん」

 かけられた声に素直に返事を返しながら、ジョシュアは身悶えんばかりの快楽に酔いしれる。
 しかし、目を瞑ってそれに浸ろうとすると、咎めるように唇を噛まれた。
 それすらももう快楽に成り果ててしまっていて、ジョシュアは途端にビクリと震えた。勘違いでなければ、その衝撃で軽く達してしまったかもしれない。じんじんとする唇の微かな痛みと、脳味噌が痺れるかのような快楽に堪らず目を開ける。目の前のイライアスは、おかしそうに笑っていた。

「んふふ、ビクビクいってる。ジョシュアって、意外とこういうの好きだよねぇ」

 はて、こういうのとは一体何を指すのか。疑問に思いながらその反応を窺っていると、イライアスは笑ってジョシュアに再び口付けながらこう言った。

「痛いの、実はそんなに嫌いじゃないでしょ」

 んなわけない。内心ではそんな事を思って眉根を顰める。その途端に深く口付けられ、舌を絡め取られる。その舌を吸われながら不意に、先程よりも強く噛まれた。突然のその刺激に頭がジンと痺れるのと同時に、ジョシュアは思い出してしまった。
 この男には以前も、こうして血液を与えられた事があった。あの時は何が何だか分からずにされるがままだったが、今思えばその時から、ジョシュアはおかしくなっていった気がするのだ。
 気持ちいいのも痛いのも人肌の心地良さも全部が全部、ジョシュアはこの男によって与えられた。教え込まれてしまった。それがどうして嫌だと思えなかったのか。
 あの時この男は、自分を何も否定しなかった。ただ、それだけなのかもしれない。

「んぅっ!」

 あの日とはまるで真逆で、ジョシュアは血が滲む程に唇を強く噛まれた。自分の唾液とイライアスのそれに混じり、自分の血液の味がする。
 他人の血にはああも反応するのに、自分の血液はあまり美味しいとは思わない。随分と不思議なものだなんて、舌も唇も吸われながらそんな事を思った。

 苦しい位の口付けと痛みと育ち切った自身への愛撫に夢中になってしまって、そうしてとうとう、ジョシュアは一気に昇り詰めた。

「んっ、ぅあぁーーっ!」

 口を吸われ小さく悲鳴を上げながら、びくりびくり震えた。何度か大きく震えて吐精しながら、快楽に浸る。
 それから間も無く、イライアスも同じように吐精したようだった。
 腹にかけられたそれを薄ら感じ取りながら、ジョシュアはしばらくその余韻に浸った。相変わらず、この男とのこれは気持ちが良い。癖になる。
 極自然にそんな事を考えてしまいながら、ジョシュアは目を瞑って微睡む。いつの間にか上がっていた息を整えながら脱力していると。
 腹の方で何やら、イライアスが手を動かし出した。吐き出した二人分のそれを、ぬるぬると指で塗り広げているようだ。

 滑りを伴った指が肌を滑る度、未だ敏感なそこがぞわぞわと震える。何度かそれを繰り返されると、さすがのジョシュアも再び兆すような感覚を覚えた。
 堪らず目を開け、止めようと手を伸ばしたが、その手はイライアスに取られてしまった。

「ジョシュア、リラックス。前とおんなじ、大丈夫。なんも、考えなくていいから」

 そう言うと、イライアスはジョシュアの唇に口付けながら。その手を、そこに伸ばした。






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