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43.放蕩息子*


 ベッドに着の身着のまま倒れ込んだジョシュアは、気疲れの余りに体を動かす事さえ億劫になっていた。もうこのまま寝てしまおうか、なんて。エレナが聞いたら怒り出しそうな、そんな気分で目を瞑っていた。

 そんな時だった。ふと、ジョシュアは直ぐ近くに気配を感じた。警戒なんてする必要はない。この場に居るのはイライアスだけなのだから。
 ただジョシュアに声をかけるか何かで近付いてきたに違いない。面倒くさいな、なんて随分と呑気に考えていたジョシュアだったが。
 突然、そんな男に上にのしかかられ、その衝撃に悲鳴を上げた。

「ぐえっ!」
「なに、その蛙が潰れたみたいな声……色気がない」

 突然上に乗ってきておいて、随分な言いようである。ジョシュアは眉間に皺を寄せ、首を後ろに捻りながら声を絞り出した。

「イ、ライアス! いくら二人だけでもびっくりする、突然はやめろ」
「ええー、そんじゃつまんないじゃん」
「つまらないって……」

 こんなつまらない人間を捕まえて何を、だなんてジョシュアは思ったりもするのだが。
 イライアスには色々と前科がある。ジョシュアは今、それをすっかり忘れてしまっているのだ。今日は一日、真面目な彼しか見ていないものだったから余計にか。
 そんなジョシュアに対して、イライアスはいつも通りにあっけらかんとして言い放つ。そして、何故彼がこんな行動に出たのか、ジョシュアはすぐに知る事になるのだ。

「その方が楽しめるでしょ、お互いに」
「楽しめるって――」
「今日のさ、あのナザリオとかいう奴。アイツはいっつもああなの?」

 突然そんな事を聞かれ、ジョシュアは思わずポカンとしてしまう。ナザリオについて聞かれるだなんて、余りにも予想外だったのだ。良くも悪くも、イライアスは他者に興味が無さそうだから。
 ジョシュアは戸惑いながらも、自分の知るナザリオについて思い起こしていった。

「あの人は……まぁ、ずっと昔からああだった。誰にでもあんな感じだぞ」
「ふぅん……それにしてはさ、あの目付きさ。アレなーんか気に食わないんだよなぁ……」

 そんな事を言うイライアスを見るのは初めてのことで、ジョシュアは少しばかり目を見開いた。

「彼が、嫌いなのか?」
「まぁ、ね。俺はどちらかと言えば。ああいうタイプの人ってさぁ、案外裏の顔持ってたりするんだよ」
「な……」

 ジョシュアはその言葉に衝撃を受ける。何せナザリオは、ジョシュアにとって大切な仲間の一人には違いない。そして彼は、誰にでも分け隔てなく接すると、どこへ行っても人気者であったから。そんな事を言われたのは初めてで、ジョシュアは余計に戸惑ってしまう。
 ただし、当てずっぽうのそれとは違って、イライアスの見立ては案外馬鹿にできない所がある。ジョシュアもそれを何となく理解しているのだが。
 普段のナザリオを知っているジョシュアだからこそ、それはとても信じ難い事だった。

「君みたいな仲間とかには絶対に見せないし、それを外にも出さないだろうけどねぇ。雰囲気はさ、老獪な聖職者、って感じかな。聖騎士だって言ってたし、俺らみたいなのを本心では嫌ってるような気がする」

 続けて口に出されたイライアスの説明にも、納得してしまう部分はあった。ナザリオは元々は聖騎士だ。
 国の中でも、モンスターや魔族を専門とする騎士団がある。それこそが、聖騎士達なのだ。
 彼らは国の中でも特に、聖教会に属する。ハンターと担う役目は同じだが、その領分が異なる。聖教会に属する事のできる、聖職者や聖騎士となれる素質のある者は、ハンターと比べると圧倒的に少ない。
 聖教会は、王都レンツォと、全国で4つの大都市にのみ置かれている。貴族による献金で成り立っている教会は、謂わば金持ち貴族用の護衛と言った所だろうか。それが故に、聖教会の持つそれらは、どう頑張ってもハンターの代わりにはなれっこないのである。
 そして、ハンターとの最も大きな違いは、神や聖なるものに対する信仰心だ。彼らは心から、聖なるものを崇拝している。その気持ちがなければ、聖教会の一員などにはどうしたってなれないのだ。

 ジョシュアも常識としてそれを知っている。聖教会とハンターにはそれぞれ領分がある。それらを犯してしまわない為にも、ハンターには絶対に必要な知識だった。だからこそ、イライアスの言葉には説得力があったのだ。
 口ではああ言っていたし、昔のよしみで普段通りに振る舞ってはいたけれども。
 本当のところはどうなのか。

 ナザリオの中には、未だ熱心な信仰心があるのではないか。
 それが故に本当のところ、ジョシュア達吸血鬼を嫌っているのではないか。
 彼が元聖騎士だからこそ、ハンターギルドは見張りのために自分達に付かせたのではないか。
 深く考え疑い始めてしまうとキリがない。
 ジョシュアは慌てて話題を変える事にした。咄嗟に思い立った事を口にする。話題を、そのナザリオから逸らす為でもあった。
 ジョシュアはそれでも、思い出の彼らを信じていたかったのだ。

「……聖職者に、会ったことがあるのか?」
「うん。あるよ」
「襲われたのか?」
「うん。でも普通の鈍臭いヤツだったし、眠らせて記憶消して女の子のところにポイって捨ててきた」

 聖職者に襲われたと聞けば、心配してしまいそうにはなったが。やはり赤毛は赤毛だった。イライアスを相手に、いくら聖職者とは言え、普通の人間が相手になるはずもない。
 それでも少し、ジョシュアはホッとしたのは事実だ。彼があれ以上、嫌な事に巻き込まれなくて良かったと。
 そして同時に、その話の違和感に気付いてしまう。

「女の子のところ……?」

 思わず聞き返してしまうと、イライアスからは驚くべき返事が返ってくる。

「娼館だよ」
「……聖職者を娼館へか」
「うん。アイツ、最終的に破門されたって聞いた」

 ジョシュアは思わず同情した。実力を見誤ったばかりに返り討ちにされ、おまけに二度と元には戻れないだろう、一番最悪な形で破門を受ける事になっただなんて。心底同情した。

「それは……気の毒な」
「相手が悪かったねぇ……ま、俺ら吸血鬼には相手にもならない程だったし。どっちみち死ぬ前に引退できて良かったんじゃない? 気持ちいい事されてヨガってたらしいから。普通の生活くらいできるでしょ」

 その話を聞き、その聖職者につくづく同情してしまう。イライアスの事なんか放っておいて、教会で祈りでも捧げていれば良かったものを。

「……災難だ」
「あっはは、触らぬ神に祟り無し、ってね。実力も測れないなんて自業自得だし、殺されなかったことに感謝すべきだよね。首突っ込まなきゃいいんだ」

 ケラケラと笑いながらイライアスがそんな事を言った。未だ上に乗られているせいで、笑うとその振動がジョシュアにまで伝わってくる。ジョシュアにはそれが、少しだけ奇妙に感じられた。
 そこで一旦言葉を切ったイライアスは。更にジョシュアに向かって聞いてくる。

「あのさ、それよりも気になったんだけど……」
「? 何だ」
「ジョシュアって、娼館とか行ったことあるの? 真面目な話さ、童貞じゃないとかは言ってたし」

 そうして突然降ってきた衝撃のネタに、ジョシュアはしばらく絶句した。
 ようやくその意味を正確に理解して頭が回るようになって、改めてジョシュアは聞き返す。一体何のつもりなのかと。聞き返したその声は、明らかな動揺に揺れていた。

「な、なぜそんな事を聞く……童貞ではないのは本当だからな?」
「だって、気になるじゃん。あんなんで女の子喘がせられるのかなぁーって」
「……」
「へたくそとか言われた?」
「言われてない! 普通だ普通!」

 自身の名誉のためにも、ジョシュアは真っ向から否定した。思わず声が大きくなってしまったのは致し方あるまい。だが、そんな態度だからこそ揶揄われるのだと云うのを、当人が理解しているのかどうか。
 そして、そんなジョシュアの反応に気を良くしたイライアスは。ここぞとばかりに増長するのだ。

「ふうん? ……じゃあ、実際どうヤッたのか教えてよ」

 またしてもジョシュアは絶句した。
 上に乗られたこの体勢では逃げる事もできない。いつもいつも、逃げる機会をことごとく逃しているジョシュアらしい、普段のポンコツ具合だ。
 ジョシュアはここで途端に焦り出す。ようやく自覚したのだ。イライアスに毎度そんな要求をされて、そして逃げる事もせずにジョシュアはいつもあんな事になっているのであると。

「っまて、待て待て! どうしてそうなるっ」
「うんー? 何か今日はムカついたから」
「は?」
「ジョシュアには教えてあげなーい」
「――っ!」

 背後からジョシュアの正面へ、イライアスの手が伸びてくる。モゾモゾと体の下でその指が器用に動き、ジョシュアの下服を寛げにかかる。
 何とか逃げ出そうと腕やら脚やらをジタバタさせるも、ローブのまま寝転がったのが仇となった。ジョシュアの腕がローブを踏んで滑って巻き込んでしまい、上体を起こすどころかイライアスの腕の元へと辿り着くのさえ苦労した。
 ようやく犯人の腕を掴む頃には、すっかり下着にまでたどり着いてしまって。するりと直接入り込んできた手に、ジョシュアはびくりと震えた。少しだけ体温の低いその肌が直に触れ、思わず腰が引ける。

「お、いっ、ちょっ――イライアス!」
「俺の機嫌直してくれたらやめたげる」
「――っ!?」

 耳元で囁かれて背筋が震え、力が一瞬入らなくなる。その間にイライアスは、自分の脚をジョシュアの脚に絡めると、ぐいと体勢を横向きへと変えさせてしまった。いつかの夜と同じだ。
 これで逃げやすくなったのは良かったが、生憎とジョシュアの息子が人質に取られてしまった。下手な動きは出来ない。
 その先を想像して焦りを覚えるその反面、ジョシュアは先日与えられた快楽をまざまざと思い出してしまって。期待だか何だかで体が疼いてしまう。人質のはずの放蕩息子は勝手知ったる顔、当人の理性とは裏腹に頭をもたげてしまった。過去の偉大な先人達が言うように、自分の分身ながらもそこは、思い通りにはならないようだ。

「ふふ、想像した? 何されるのかな、って?」

 囁かれて首筋を緩く噛まれ、ゾクゾクとしたものが背筋を駆け抜ける。
 ジョシュアは混乱していた。不機嫌だなんて言っておいてこの男は、一旦ジョシュアの何が気に食わなかったというのか。今日の事だっていつもと変わらない調子でいたはずなのだ。唯一、予想外だったのは、昔馴染みのナザリオに会ったことくらいで。
 とここで、いやまさかとジョシュアはようやく思い至る。まさかこの男、ナザリオとああやって昔話に花を咲かせた事が気に食わなかったのではなかろうかと。言ってしまうと多分、セナと話をしたあの時も同様だ。
 あれ位でそんな阿呆な、と思わないでもなかったが。イライアスの訳の分からなさは折り紙付きであるので、ジョシュアは素直にそう思う事にした。
 何せこの男は、何百年とあの街に引き籠もっては放蕩生活に明け暮れていたような男だ。しかもそれが、他所で馬鹿をやらかさないようにと自ら閉じ籠っていたらしいと言うのだから。他所の人間を許容できない多少の卑屈さがあったとしてもおかしくはない。
 どこかジョシュアと似ていて、けれども全く違う。相変わらず理解には時間がかかりそうではあるが。この男の、人間に対して優しくなれる点においては、好ましく思えるのであった。

「やけに静かだけど……何考えてんの」
「っ!」

 ジョシュアが考え込んでいる事に気がついたのか、拗ねるようなイライアスの声がジョシュアの耳に入った。言い終わるのと同時に頸を強めに噛まれ、背筋をゾクリとしたものが駆け抜ける。
 あのギルドでは借りてきた猫のように大人しかったが。一歩自分の領分になった途端にこうなのだ。
 幾分、ジョシュアの師匠的な扱いの男に対してこんな事を言うのはなんだったが、ジョシュアはやはり思うのである。随分と手の掛かる男だなと。
 ただいかんせん、手の掛かり具合が毎度毎度エスカレートしている気がしてならない。このままいけば早々、ジョシュアはとんでもない事になる。拒めない己も悪いのだが、どうしてだか拒絶できない。ジョシュアにはその温もりが離れ難く、思われるのだ――。

「気持ちいい? 腰が揺れてる」

 耳元で囁かれ、羞恥に益々興奮を煽られる。そうすると余計、快楽を拾おうと腰が勝手に動いてしまった。わざとそうしているのだろう、与えられる刺激が、大層ヌル過ぎるのだ。
 始まりに一度強めに掻かれたっきり、イライアスの手はただ強めに握っているだけ。それ以上、動かそうともしなかった。
 時折、せっつくようにぐいと擦られはしたが、それもほんの二、三回の話だ。すぐに手は止まってしまう。
 もうすっかり勃ち上がってしまったそれは、今更吐き出してしまう以外にどうにもならなそうである。己の息子の癖に、途中で帰ってこれもしない。ジョシュアは羞恥心で死にそうになりながら、内心で己の体に文句を垂れた。

「ビクビクいってる……」

 どうやら、今日は言葉責めの気分らしい。一人でまるで、自慰のように腰を擦り付けるジョシュアをそう言って揶揄いながら、イライアスはジョシュアの首筋を甘噛みしていく。時々強く噛まれると全身が震えて腰が止まった。その代わりに訪れる強い快楽の波が、ジョシュアの頭をじんと痺れさせる。自然と、息が荒くなった。

「イく?」
「っん」

 幾分か優しい声音で囁かれ、もう達する事しか考えられなくなっていたジョシュアは。何も考えずにその声に頷き返しながら、はぁと吐息を漏らした。
 最早イライアスの腕を握り締め、自分から引き寄せるようにして腰を打ち付けている。何をしているのかすら曖昧で、すぐそこまできている快楽の頂に一直線に向かっていた。
 絶頂は、それから直ぐの事だった。

「ううっ、――ん!」

 腰を強く突き出して吐精する。何度か擦り付けるように動かし、全て出し切ったところで弛緩した。荒い息を整えるように口を開きながら、その場で目を瞑った。
 そんなジョシュアをただずっと見ていたのかどうなのか。すっかり黙り込んでしまったイライアスの様子に気付く訳もなく。
 ジョシュアはそこで、すっかり呆けてしてしまったのだった。





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