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39.心通わす*


 以前同じような事になった時から、ジョシュアは常々思っていた。
 この男は一体、自分の何を気に入ってこんな事をするのだろうかと。面白味もない、ただ普通の、少しばかり特異な人生を歩んできたこんな自分の何が良かったのだろうかと。
 セナのように若く美しくて強いわけでもない。エレナやヴェロニカのような女性にすら劣る。こんな何の取り柄もない壮年の男のどこが良かったのだろうかと。
 ジョシュアはふと、そんな事を思うのだった。


 絶頂を繰り返してすっかり力の入らなくなってしまった体を、ジョシュアは持て余していた。背後から抱え込むようにジョシュアのものを愛撫するイライアスは始終楽しそうだ。

「また、イッちゃったねぇ……でもまだまだ、イけたりするんじゃない?」

 その言葉にふるふると首を振りながらジョシュアはそれを否定した。
 何度目かになる絶頂を迎えてもう、息も絶え絶えだ。そうやってぼんやりとしながら、荒い息を整えていると。再びイライアスから声がかけられた。

「ふうん……? こっちは元気になれそうだけど」
「あっ! も、やめろ……んん、寝、たい」

 イッたばかりのものをその手で擦られ、強すぎる快楽に悶える。イライアスはやはり人の話をさっぱり聞いてくれなくて、先程よりも強くビクビクと震えるジョシュアを逃してはくれなかった。
 自分でも制御できないほど悶えているそんな中で。イライアスはジョシュアへと口付けてくる。首を後ろへやりながらの苦しい体勢だ。けれどもう、それすらも気持ち良くなってしまって。互いに密着しながら、その快楽を追いかけるようにジョシュアは舌を突き出した。

 そんな中でだった。互いにひどく密着した体勢で、腰辺りに当たる固いものを、ジョシュアはその時感じた。
 口付けをされて思考を快楽に染めながらも、ふと思う。イライアスはきっと、一度も自分のものに触れていないのではないかと。以前こうして触られた時も、彼は自分のものは後回しにしていたはず。いくらこういったことに慣れているからといっても、その状態のままでは苦しい。それをジョシュアは知っている。自分にばかり構って、当人のものは後回しだなんて。
 それは少し、寂しいような気がした。
 すっかり馬鹿になっている頭で、ジョシュアそんな事を思った。

 そうして彼は、おもむろにイライアスの昂りに手をやる。優しく撫で付けるようにゆっくりと触れれば、わかりやすくイライアスの体がびくりと震えた。
 口付けも愛撫も中断されて、目の前で驚く男の顔が見える。そんな反応に勇気づけられるように、ジョシュアは更に顔を真っ赤にしながら、初めて自分から触るイライアスのものを服の上から擦っていった。

「ジョ、シュ……んっ」

 気持ちよさそうな声が聞こえる。
 その内、ジョシュアのものに絡みついていたイライアスの手もいつしか動きが再開され、互いのものを擦り合うような形になる。
 ジョシュアはそのまま、イライアスの下着へ手をかけた。引き下ろして、すっかり張り詰めたそれに直接手を触れる。恐る恐るゆっくりと擦り始めれば、背後に感じるイライアスの息が乱れるのがわかった。何故だかそれが嬉しく感じられて、ジョシュアはすっかり快楽に犯された頭で考える。
 何て気持ちの良い行為なんだろうかと。先日、自分ばかりが恥ずかしかったあの時よりも、断然イイ。ジョシュアは快感に溺れていた。

「ん、キモチイイ……ジョシュアは?」
「……ん」
「ふふ、それなら、良かった。ね、……君はいつもこうやって自慰するの? ひとりで? 姐さんいる時は?」
「っ、うるさ、い……聞くなっ」

 時折そんな会話を挟みながら、彼等は共に、絶頂までを駆け上がっていく。ひとりでするよりも、されるだけの時よりも。この時ばかりは互いに、ひどく感じていた。

「あ、でる……俺、もう気持ち良すぎてイっちゃう。ジョシュアは? イく? イける?」
「はあ、あっ……も、でる……」
「ふふ、じゃあ一緒にだね……ん、ねぇ、そのまま後ろ向いて、キス、しよ」
「ん」

 素直にそうやって口付けを交わしながら、互いを高め合い、そして。ふたりはほとんど同時に射精したのだった。悲鳴にも似た嬌声は口付けの中に消えた。頭の中が一瞬白けるほどの絶頂に、ジョシュアはしばらく酔いしれていた。何も考えられなかった。

 先に動き出したのはイライアスだった。そのままだったジョシュアの手をそっと外して、むくりと起き上がる。すると彼は、未だに惚けていたジョシュアの下服をなんと、剥ぎ取ってしまったのだった。
 それでさすがに我に返ったジョシュアは、目の前でニッコリと笑っているイライアスに、少しばかり怯えたような表情で問いかける。

「おい、待て……なに、する気だ」
「何って……そりゃ、ねえ?」

 そう言うが早いか。イライアスは逃げようかと構えていたジョシュアの脚を、素早くまとめて引っ掴んでしまうと。それを腹につくほど折り曲げてしまった。
 これではもう、ジョシュアは逃げる事だって難しい。たゆたうようだった快楽の余韻が、瞬く間に吹き飛んでしまう。ジョシュアは思わず顔を引き攣らせた。

「素股って知ってる?」

 ギラギラとした目を細めながら、イライアスはさも楽しそうに言った。快楽の余韻でか、薄らと赤くなっている頬と、とろんと甘く溶けたような表情はきっと、世の女性達が見ればたちまち骨抜きにされてしまうほどにいやらしいものだったろう。
 けれどもジョシュアは違う。この男がどれだけ恐ろしい戦い方をするのか、そしてどれだけ性欲に対して貪欲か、それを知ってしまっている。
 だからその笑みの中に、凶暴な男の本性が透けて見えるような気がして。ジョシュアはほんの少しだけ怯んでしまった。

「まて、お前、さっきイッたばかりだろうが……寝れると、思って――」
「そんなわけないっしょ……あんだけ煽っておいて一回で終わり、って俺が我慢できるはずないじゃん。だから、今日はこれで勘弁してあげる」

 ニッコリと笑いながら、イライアスは既に緩く勃ちかかっていた自身に手をやった。逃げられないよう、ジョシュアに緩く体重をかけながら、その先端を脚の隙間に押し付ける。
 ぬるりとしたそれが自分に触れるのが分かって、ジョシュアは思わず息を呑んだ。

「大丈夫、ジョシュアもキモチイイはずだから。本番はまぁ、いつでもチャンスはありそうだし、少し俺も本気で……いや、何でもないよ。覚悟してね」

 そう言うや否や。イライアスは自身を、その隙間にずるりと滑り込ませたのだった。
 ジョシュアのものも一緒に擦り上げるように刺激され、思わずビクリと体が震えた。そうして何度も、まるで本当の挿入のように腰を叩き付けられた。もちろん、このような経験がジョシュアの過去にあるはずもなくて。まるで本当のセックスのようなこの状況に、倒錯的な気分になる。挿れられて犯されて、そんなジョシュアで気持ちよくなっているイライアス。
 自分が何をしているのか、ジョシュアはさっぱり分からなくなってしまった。もどかしいはずなのに、イライアスのものを押し付けられて擦り上げられて、すっかり感じ入ってしまっていた。仰け反る体をそのままに、ジョシュアはベッドのシーツを握り締めながら悶えた。

「んっふ、……これ、結構いいね。……ジョシュアも結構ヨさそう」

 そう言うと、イライアスは顔を近付け、ジョシュアへ口付けをおくった。互いにすっかり高められ、その頂上まではもう、すぐそこだった。
 イライアスはその唇を離すと、ジョシュアの脚を抱え込み、フッと笑いながら言った。

「ねぇジョシュア、今度はちゃんとヤろうね。何なら、これからずっとね――君の大事な人よりもさ、俺だったら、ずっとそばに居られる。だからさ、いいよね、俺がもらっても……」

 言うや否や、本気で腰を動かし始めたイライアスに、ジョシュアはただ翻弄された。頭はすっかり空っぽだった。
 イライアスですら、自分で何を言ったのかすら分かっていないのかもしれない。そうやって彼等は、ふたりきりの空間で互いにこころを通わせたのだった。
 後にも先にも、これがふたりにとって初めてであったのは言うまでもなかった。



* * *



 次の日の朝。ジョシュアの気分はそう悪いものではなかった。
 眠りについた時と同じように、同じベッドにはその男の姿もあったし、起き上がってからも男は甲斐甲斐しくジョシュアの世話を焼いてくるし。他人に世話をされるというのも存外心地良くて。ジョシュアはすっかり身を任せてしまっていた。
 何せ、昨夜の出来事はジョシュアにとって、一日や二日で回復できるようなそんな軽いものではなかったのだ。何もやる気が起きないのは当然だ。だからすっかりイライアスの好意に甘えて、その日もまた、ジョシュアはされるがままだった。

 外はすっかり日も落ちていて、彼らのような夜の生き物達が活動を始めるような時間帯だ。ジョシュアとイライアスはこの日、気晴らしも兼ねて外へと繰り出す事にしたのだった。闇に紛れて窓から外へ出て、屋根の上へと登る。
 すっかり人通りもなくなった大通りを見下ろしながら、ふたりは散歩をした。

『事件もあったせいか、ほとんど人居ないねぇ』

 ふたりにしか聞こえないそれで、言葉を交わす。

『ああ。夜間の外出自粛も出されてるようだから……イライアス、お前、食事の方は平気か?』
『え、ああ、うん。大丈夫。昨日のアレで結構満足したから』
『……アレで足りたのか?』
『うん。ほら、素股とか手コキとか』
『…………』
『ふふ、君って案外、そういう話苦手だよね。もしかして童貞?』
『それは違うっ! 何で、どいつもこいつもそう言うんだ……』
『いやだって、……あの程度でウブすぎるし』
『…………』
『ああごめんごめん、拗ねないで! 俺ら長く生きすぎてるし、能力のこともあるから、結構慣れすぎてる奴らが多いんだよ』

 そんなどうでも良い、取り留めのない話をしながら、ふたりの吸血鬼は夜の街を歩くのだった。

 それからしばらく、ぶらりと歩き回った後での事だった。ジョシュアは突然、ふたりに近付く気配があるのに気付いた。
 音を上手く消している。吸血鬼ではない、けれども手練れの者による近付き方だ。ジョシュアは咄嗟に羽織っていたローブのフードを被りながら、その場で立ち止まった。
 隣のイライアスも遅れて気付いたようで、同じようにフードを被りながら立ち止まり、周囲を見回した。
 静かな夜だ。それ以外の気配は、ほとんど感じられなかった。

 フッ、と屋根の上に姿を現したその気配は、真っ直ぐにジョシュア達を見上げていた。この暗がりだ。向こうにはジョシュア達の顔が見えてすらいないだろうが、ジョシュアにははっきりとその男の顔が分かった。途端にジョシュアは目を見開く。
 男はその場で静かに、ふたりに声をかけた。

「アンタら、もしかして……」

 小柄な体に鋭い眼光、金髪頭のトレードマークは、月の光に照らされて微かに光っていた。
 ジョシュアは、その声に応えるように口を開いた。ハッキリと音にして、目の前の人間に伝える。

「セナか」
「あれ? 知り合い?」

 ジョシュアが声をかけながらフードを下ろすと、男――ハンターのセナは、少しばかり警戒を緩めたようだった。それに倣い、イライアスも素っ頓狂な声を上げながらフードを下げる。
 今この場で、彼等は昨夜以来の再会を果たした。
 相変わらずマイペースなイライアスは、少しばかり緊張した雰囲気の二人にも構わず。普段と変わらぬ調子でジョシュアに聞くのだった。

「ね、あれ、誰?」
「昨日、居たろう。“彼女”と話していた」
「……俺、覚えてないや」

 そんなイライアスに多少呆れながらも、ジョシュアは二人をこの場で紹介する事にした。静かな夜に似合いの小さな声で、彼等を引き合わせる。

「セナ、こいつは“赤毛の”吸血鬼だ。前も説明した通り、名前は勘弁してくれ」
「昨日、途中から乱入してきた奴?」
「ああ、そうだ。“彼女”――ミッシャ並みには頼りになる。これからはコイツも強力してくれるそうだ」
「ん、わかった」
「“赤毛の”、コイツはハンターのセナだ。昨日、ハンターギルドに繋ぎをとってくれた」
「ああ、確かに、居た、かも? どう呼んでくれても構わないよ。ヨロシクねぇ?」

 首を縦に振って目配せをしたセナと、ニッコリと笑いながら軟派に言った赤毛のイライアス。
 この二人の相性は大丈夫なんだろうか、なんて、多少不安には思いつつも。その三人での話し合いの場を設ける事にする。

 宿へと戻る道すがら、始終無言でいる二人を横目で眺めてジョシュアはこっそりため息を吐く。
 今日も長い夜になりそうだ。少しばかり憂鬱になりながら、彼は夜の街を駆けるのだった。





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